関所クエストのボスキャラ
一話更新
新たに姿を現したのは、足音通り三人だった。
まずは関所の責任者の貴族アシホル。でっぷりした腹の彼はガウンを着ており、欠片も戦う気配を感じさせない典型的な駄目貴族という風貌である。
そんな彼は鎖を手にしており、その先の首輪に繋がれているのは、ぼろ切れのようはワンピースを着る素足の女の子。
虚ろな目をした彼女はぼさぼさの薄い赤毛をしており、見た目に反して高い魔力を感じ取ることができる。
最後の一人は大柄な男。鍛えられた身体は戦士のもので、転がっている兵士とは比べものにならない実力があるのを示すように、鎧には兵士長をしめす紋章が刻まれていた。
「なんだ。静かになったから捕らえたのかと思ったが……負けるとは我が子ながら情けない。ワシ好みの良い女を連れてきたから褒美を弾もうと思ったが、これではなしだな」
余裕たっぷりの笑みを浮かべ、自分の顎を撫でるアシホル。この場でもっとも身分が高く、無視できない存在なのだが、レジナルドはまるで会話に反応しなかった。
彼が一挙一動見逃さないのう警戒しているのは、兵士長と女の子だ。その理由は、彼らが原作において関所攻略イベントで立ちはだかるボスだからに他ならない。
(陽動作戦が完全に裏目になったか、くそっ)
今更カイトたちと連絡を取る方法はなく、レジナルドはどうやって切り抜けるか思考を巡らせる。しかし、敵が待ってくれるはずもなく、事態はより悪い方へと進行していく。
「アシホル様。殺しますか?」
「いや、捕らえよ。これほどの狼藉を働いたのだ。目の前で妻をぐちゃぐちゃにし、ワシに歯向かったことを後悔させてやろう」
「かしこまりました。……おい」
「……はい……。……『契約』」
アシホルから兵士長に鎖が手渡され、彼が強引に鎖を引いて女の子を引き寄せると、彼女がその身を武器へと変える。原作知識のないアデラは、そこで初めて女の子が剣乙女なのだと理解した。
兵士長は手には、元の粗末な姿からは想像もできない立派な剣がある。薄くとも赤い髪から、手にした剣が〈赤〉の剣乙女の系統であることがわかる。
(怪我を見ても手抜き一つなしか、剣乙女の契約者相手にどこまでやれるか……いや、勝つしかない)
彼の眼差しに油断の色はなく、淡々と全力で職務を果たそうという意図をレジナルドは感じ取り、痛む身体にムチを打ち槍を構えた。
「レジナルド……っ」
「あー……よし、痺れも取れてきた。大丈夫だからアデラは下がってて。相手が剣乙女の契約者でも俺は負けないよ」
「強がるのう! 戦士であれば圧倒的不利だとわかりきっているだろうに。今直ぐ投降するなら、少しばかり手心を加えてやっても良いぞ?」
ニヤニヤと笑うアシホルをレジナルドは鼻で笑い、アデラの耳元である事を囁きながら下がらせる。
「心にも無いことを言うものだ。目が笑ってないぞ」
「くく、良くわかっておるではないか。……やれ」
「はっ!」
剣を手に兵士長がジリジリと距離を詰める。主の付き人を選んだのは彼であり、人数差を覆して勝利したレジナルドを実力ある者と認め、間合いを測っている。
槍と剣。武器のリーチ差はレジナルドの数少ない優位点。不用意な攻撃をし、距離を詰められてはますます不利になるのは明白だ。
しかし兵士長の構えに隙らしい隙は見当たらない。剣乙女の契約者という優位性に胡座をかくことなく、きちんと鍛錬を積んでいるのが、その構えから見てわかる。
(これで原作最弱の剣乙女契約者とは。恐れ入るよ)
剣乙女シルトの契約者であるカイトだから、この兵士長を容易く叩き伏せられたのだと改めて理解し、攻撃のタイミングを見計らう。レジナルドが動いたのは、己の間合いに兵士長が踏み込んだ瞬間だった。
「ふっ!!」
放たれた鋭い刺突は、半身を引く兵士長にいなされる。槍を直ぐに引き戻しての刺突、振り下ろし、薙ぎ払い、一歩下がってまた刺突と、流れるような槍さばきで、レジナルドが槍の間合いを保ちながら一方に攻め立てていく。
それをいなし、受け止め続ける兵士長。怒涛の攻めをしのぐ彼に余裕はないが、防ぎきれないほどではないと判断する。
しかし剣乙女と契約していなければ危うい相手だとも感じており、アシホルに媚を売っておいて正解だったと思う。
兵士長が契約している剣乙女は、アシホルが非合法で連れてきた者だ。権力を振りかざせば悪事などもみ消せるのだと、手にする剣乙女が証明している。
権力に従う者が大きな利を得ることができる。自分は勝ち組になのだと兵士長は笑みを浮かべた。
「やるではないか! だがここまでだ!」
ジリジリと距離が縮まり、防戦のみだった兵士長の反撃が加わった。
無もなき剣乙女が姿を変えた剣の刀身が真っ赤に染まる。それは赤の剣乙女の持つ基本能力のひとつであり、刀身が高熱を放つ『赤刃』と呼ばれるものの影響だ。
極めればあらゆる物を焼き切ると言われる赤刃だが、アシホルたちに虐げられる剣乙女では十分な威力を出せないでいる。しかしごく普通の槍を扱うレジナルドには大きすぎる脅威であった。
(まともに受け続けたら槍ごと斬られる……!)
槍の柄で刀身を弾くと、金属製の柄に細かな刃の食い込み跡が出来ていた。刃を弾かず、力任せに受け止めれば、柄を切断されてしまうのが容易に想像つく。
故にレジナルドは決して鍔迫り合いにならないよう、兵士長の攻撃を弾くかいなさなくてはならなくなった。
それでも攻防するたびにレジナルドの槍は加速度的に消耗していく。綺麗に研いであった穂先は削れ、柄も傷だらけとなり、槍そのものが熱されたせいで掴む手を焼く。
反射神経を〈身体操作〉で押さえ込み、レジナルドはひたすらに好機を待つ。槍から片手を離せる一瞬の時を。
一方で兵士長は苛立っていた。剣乙女を使ってなお、中々仕留められないということは、剣乙女の優位があってなお技量に差があるということに他ならない。
そしてアシホルは気の長い方でなく、満足させなければ剣乙女を取り上げられてしまう可能性がある。そんな事、権力者側に立ち鼻高々な気分を味わった彼が許せるはずもなく、原因になりえる目の前の男のしつこさに怒りを感じていた。
この男が憎い。斬れそうで斬れない槍が憎い。であれば、容易く斬れるだけの力を剣乙女に出させるのみ。兵士長はそう判断する。
『ぶった斬れるよう出力上げろや!!』
『〜〜っ!!??』
兵士長の心の叫びに怯える剣乙女は、更に刀身を赤く染め上げる。明らかに増した熱量は、槍で刀身を弾くことすら許さないものであり、兵士長が上機嫌に嗤う。
(槍ごと腕を切り飛ばしてやるよ!)
(ここっ!)
性能差に胡座をかく大雑把な一振りを見て、レジナルドは受けるでもいなすでもなく、〈身体能力上昇〉の脚力一点がけのうえでバックステップし、刀身を躱す。
同時に槍から手を離した右手で、速やかに取り出した閃光玉を兵士長に放り投げた。
ソレが何か知るレジナルドと、自分が何かを投げたら目を閉じるよう囁かれたアデラは目を閉じるが、正体を知らないアシホルと兵士長が目で追ってしまったところで、爆ぜる。
溢れる途方もない閃光が、彼らの目を焼く。
「目がっ!? 目がああぁぁっ!?」
「ぐおおぉぉっ!?」
レジナルドが両目を開くと、アシホルは狼狽え、兵士長は片手で両目を押さえるという致命的な隙が生じていた。この隙を逃すわけにはいかないと、彼は槍を握り直し、踏み込む。
(とった!)
確実に脅威を排除すべく、レジナルドは兵士長の喉を狙う。全く見えていない彼に防ぎようがない。
しかし兵士長の腕は、まるで喉が狙われているのをわかっているかのように動いた。刀身が穂先を受け止め、人を貫けないまでに熱で潰す。
レジナルドは知らなかった。剣乙女が契約者の身体を動かせることを。原作にて一切の描写が無かったせいで。
レジナルドを観察していた赤の剣乙女が、真似て視覚を遮断し、閃光から逃れていた事に気付けなかったがゆえの、失態だった。
呆気に取られてしまったレジナルドの隙を剣乙女は見逃さず、兵士長の身体を操り、腹部への蹴りを繰り出す。最小のモーションで放たれた蹴りをレジナルドは避けることができない。
「ぐあ……っ!?」
「レジナルド!!」
剣乙女の契約者の蹴りは、一般人の骨を容易く折る威力がある。蹴り飛ばされた彼の軽鎧はべっこりと凹んでおり、もし無ければ戦闘不能に陥っていただろう。
まだ戦える。しかし隠し球は使ってしまった。
よろめきながら立ち上がるレジナルドは、駄目になった穂先を見ても諦めず、視力を取り戻しつつある兵士長を見据えた。




