カイトたちの陽動
一話更新
関所の兵士たちにとっていつもと変わらない一日で終わるはずの、なんら変哲もない黄昏時。気だるげに地下牢への階段前に立つ兵士の前に、赤い剣を持つ赤毛の男がとうとつに姿を現す。
「ーーは?」
「邪魔するぜ?」
間抜けな一言がその兵士が意識のあるうちに発した最後の言葉となる。剣乙女シルトの刀身で斬りつけられた兵士がその場に崩れ落ちた。
胴を薙ぎ払われたにもかかわらず兵士の身体から血は流れ出ていない。その理由は剣乙女シルトが持つ能力のひとつが関係している。
契約者の斬りたいものだけを斬る『白刃』は、肉体を傷つけず精神を攻撃する事が可能だ。
原作ゲームでは精神=魔法を使う際に消費するメンタルポイントを示し、メンタルポイントが0になるとキャラクターは気絶してしまう。
この世界でも魔法を使いすぎれば精神的に疲弊し、最終的に気絶することから、原作と同じ効果であると推測できる。
いくら不良とはいえ、兵士は兵士。殺傷してしまえば追手は厳しいものになるだろうが、全員気絶させてしまえば人的損失はなく、下手人の捜索より関所の健全化を優先する可能性が生まれる。
故にレジナルドは、カイトに兵士を殺さないようシルトの『白刃』で戦うよう求めた。カイトにとってもそれは望むところで、いくら悪人であろうと人命を奪いたいとは思えない。
そう思っていたのだ。地下牢へ入るより前は。
「ーーひどい」
そこはカイトとサリーナが想像するよりもずっと酷い有り様だった。不衛生な鉄格子の奥に閉じ込められているのは、女性だけでなく男性もいる。
ある牢屋では、死んだように動かない女性の背中を男性が擦っていた。ボロボロの身なりの彼らは、同じ指輪をしていることから夫婦だとわかる。
別の牢屋では、完全に息絶えた男性が収容されたままになっている。彼の絶望としか言い表せない表情は、よほどの事があったのだと思え痛ましい。
「ひどすぎる。お前ら、本当に同じ人間なのか!」
何人もの兵士を斬り倒し、カイトは地下牢のあるフロアを突き進む。牢屋の中へ入り、女性に乱暴をし楽しんでいる兵士がいれば、容赦無く兵士だけを斬り廊下へ投げ捨てては、また別の牢屋へと向かう。
アデラを助けるのを優先して、助けは後の人に任せよう。
そう決めていたが、この状況ではとても放っておけないと感じ、サリーナは簡易的な治療を始めてしまう。
汚された身を清め、ろくな治療を受けていない傷跡を癒やしながら、彼女は何故こんな酷い事ができるのかと涙を滲ませた。
カイトはそんな彼女を止めるどころかより動きやすいよう、自分が目立つように兵士を攻め立てる。そうすれば当然、関所には地下牢で暴れている存在が知れ渡り、続々と兵士たちが集まり始めてしまう。
しかし兵士の身分に逆らえない弱者ばかりを相手にしてきた弱兵では、カイトに敵うはずもない。
「どうした! こんなもんか!?」
地上から地下牢へ下りて直ぐのホールにカイトは陣取り、一気に大人数を相手取らなくても良いよう立ち回る。人数差という最大の武器を封じられ、兵士たちはなすすべなく斬り伏せられるのみだ。
「無理に突っ込むな! 地下牢から出さなければいい! 出口を固めろぉ!」
「仲間は気を失ってるだけだ! あいつの武器、きっと剣乙女だぞ! アシホル様に知らせろ!」
それでも兵士の数は多く、時が経って指揮のできる者まで姿を現すと、無意味な突撃が止まる。暴れている男がひとりなら、牢屋の人間を救い出すのは不可能だと考え、地下から出さないよう囲いを維持するよう指示が下ったからだ。
突撃が止んだことで、カイトも一息つくことができるようになる。汗を拭い、魔法で水を生み出し口を潤し、大きく息を吐いた。
『大丈夫?』
「ああ……シルトはまだ平気か?」
『ん、全然問題ない』
戦いっぱなしだったが、カイトの疲労はそれほどでもない。シルトを手にして身体能力が上がっただけでなく、彼女のサポートでスタミナが微量ずつ回復しているお陰だ。
原作でも剣技を使う際に消費するテクニカルポイントを微回復する効果を全ての剣乙女が持っている。剣乙女の契約者がやたらタフなのは、それが大きな要因とされている。
それ故に剣乙女の契約者とそうでない者には、大きな差があると言える。武器の性能面だけでなく、身体能力でも差がついてしまえば、よほどの要因が無い限り、剣乙女の契約者にそうでない戦士が勝利するのは難しい。
「……カイト、地下牢にアデラは居なかったよ」
「そっか。……それだけは良かった。となると、やっぱりレジナルドの方だな」
一通り地下牢を探し終えたサリーナがホールに戻ってくるが、彼女の顔色は良くない。無理もないことだろうと思うと、関所の兵士たちに再び怒りが芽生え、ホールの片隅で気を失う兵士たちをカイトが睨む。
アデラがこんな劣悪な環境に居なくて良かったと、ふたりは心から思う。もしアデラが酷い目にあっていたら、芽生えた報復心を抑える事が出来なかっただろう。
とはいえ理不尽に対する怒りは消えようもない。彼女たちの感じた苦しみや絶望を、ほんの僅かでも分からせてやりたいと思え、ぎゅっとシルトを握り込む。
「レジナルドの合図があるまで、こっちに引きつける必要があるよな。サリーナ、援護頼めるか」
「うん、任せて。カイト、やっちゃおう!」
グッと拳を突き出すサリーナを見て、カイト葉笑みを深める。彼女の使う光属性の魔法は、対象の身体能力を上昇させたり、不可視の盾や鎧を付与し守りを固めたりと、戦闘を補助するものが多くある。
それらで身を固めたカイトは、より一層手強くなるため、並の兵士が束になっても敵わない存在へと昇華されるのだ。
「危なくなる前には下がるようにするな。……いってくる!」
「気をつけてね! 怪我したら治すから!」
妻となった幼馴染の声援を受け、カイトは階段を登り地上階へと躍り出る。そして階段の入り口を固めていた兵士たちへと斬りかかった。
「で、出てきたぞ! ぐわぁ!?」
「ひ、ひぃ〜!? ぎゃっ!?」
無双っぷりを見せるカイトの周囲はてんやわんやの騒ぎであり、ますます地下牢へ注目が集まる。彼が剣を振るうたびに兵士がふっ飛び、数を減らすが援軍は続々とやってくる。
そんな中別行動のレジナルドは、地下牢へ援軍に向かおうとする兵士をひとり捕まえ、意識を奪い縛りあげると、兵士の軽鎧を奪い、建物の廊下を進む。
格好のお陰で誰かに呼び止められることもなく、速やかに二階へ上がった彼は、一番奥にある貴族の寝所を目指し歩を進める。そうしてたどり着いた先には、寝所へ続く扉があり、ひとりの兵士が見張り役で立っていた。
「ん、お前ーー」
「ふっ!」
「ぐえっ!」
反応の鈍い兵士がリアクションを取る前に、レジナルドは〈身体能力上昇〉で脚力を大きく上げ、槍を手に飛びかかる。
石突での鋭い突きが兵士の胴体にめり込み、彼が声を上げる間もなくうずくまると、レジナルドは素早く後ろ首に『麻痺』と刻まれた札を貼り付け、身体の自由を奪う。
その札は属性魔法の素質がない者でも使える使い切りの消耗品『錬金具』であり、レジナルドが身につけた技術で作り出した物である。
属性魔法の下位互換として見られているため、非常にマイナーな技術だが、彼にとっては便利な一手となりえるもの。
才能に恵まれないのなら、道具でも何でも使えるものは使って勝つ。それが他人に泥臭く見られようともレジナルドが気にせず習得した戦い方だ。
「アデラ!!」
倒れた兵士に目もくれず、レジナルドは部屋の扉を勢いよく開け放つ。その中で彼が目にした光景は。
「……レジナルド?」
ベッドで眠りこける女性からメイド服を剥ぎ取ろうとしている、下着姿のアデラだった。




