アデラは逃走を企てる
一話更新
アデラの意識が覚醒した時、彼女が真っ先に感じのは背中に感じる柔らかさだった。それは背中だけでなく腕や脚でも感じることができ、ほのかに感じるシーツの匂いから、何処かに寝かせられているのだと推測できた。
身じろぎひとつすることなく、まぶたを閉じたまましばらく沈黙しているが、身体に違和感はなく内心でほっとする。
何故アデラが冷静さを保っているのか。
それは眠りの魔法を掛けられる直前、兵士と思われる一団とその中をにいる杖を構えた魔法使いと思われる人物を、彼女が目撃していたからに他ならない。
(まさか宿の中で誘拐されるなんて。しかも眠りの魔法まで。兵士ってことは、女将さんが言ってた関所の人間よね)
アデラは戦闘に関しては素人だが、一人前の薬師になるため薬学の他にも色々学んでいる。特に魔法に関しては、患者が悪い魔法の影響を受けている可能性を考慮し、学びの時間を多くの設けてきた。
そのため実際に眠りの魔法を受けた事もあり、意識が覚醒してもパニックになったりせず、考える余裕すら持っていた。
とはいえアデラは目を閉じたまま周囲の気配を探ったりはできない。うっすらとまぶたを開け、こっそり周りを確認しようとした時、ノックもなしに扉の開く音が聞こえ、彼女は気を失ったフリを続ける。
素人のアデラでも自分に近づいてくるのがわかるほど、扉を開けた人物の歩みは騒々しい。
「なんだ、まだ目覚めておらんのか」
「はい。起こしましょうか?」
ベッドの傍に立つ者の声は男。それに対する声は女のもの。アデラは起き上がらず無反応を貫いて良かったと、バクバクする心音を抑え自然な呼吸を意識する。
目を閉じるアデラはわからないが、この男こそが関所の責任者であり、悪事を働く貴族。でっぷりした腹が贅を尽くす生活をしていることを物語っていた。
女は貴族の家に仕えるメイドで、既にお手つきにされた女性だ。原作における寝取り男のひとりである彼の調教を受けた彼女は男の言いなりであり、こうしてアデラの見張り役をしている。
「一度立ち寄っただけだ。彼奴等があまりにも自信たっぷりに報告しおったからな。確かに良い乳をしている。ふふふ、今夜は楽しめそうだ」
ゾッとする台詞だが、アデラは無反応を貫く。ベッド脇に立つ男は、仰向けに寝る彼女の豊かなおっぱいばかりに目を奪われており、ズボンの下で股間を大きくするばかりで、アデラが目覚めているとは思いもしない。
「少し試されていかれますか?」
メイドがほの暗い笑みを浮かべているのは、彼女もかつてはアデラと同じで攫われた身だからだ。同じ身の上のメイドは他にもおり、誰もがこの男に堕とされ、彼から離れられない身体にされている。
抱かれている時こそ多幸感に包まれるが、そうでない時は不幸に嘆くほかなく、すっかり歪んだメイドは幸せそうな他人が許せない。
彼女は不幸な女が増えることに、喜びを感じるようになっており、こうして悪事に加担している。彼を唆すのも、早く同じ境遇に堕としてやりたいという思いからだ。
「いや先に風呂で汗を流す。この娘も目覚めたら風呂に入れろ。衣服を取り上げてワシのクロークの中にあるネグリジェを着させておけ。その方が楽しめるからな、ぐふふ♡」
「かしこまりました……んっ♡」
その言葉が男を魅了する、レースをふんだんに縫い込まれたスケスケなネグリジェを指すと察したメイドが、唐突に尻を掴まれ甘い声をもらす。ねちっこく臀部を撫でる男の鼻息は荒く、もう片方の手がメイドの肩を引き寄せる。
「その前にワシと風呂だな。ウォーミングアップに付き合え……いいな?」
「っ、仰せの通りに……」
「気にせずとも部屋の外には見張りがいる。この女が目を覚ましても部屋からは出られん。お前はワシの奉仕に集中しておればいいのだ」
「んあ♡ わ、わかりました……♡」
色気たっぷりの声が聞こえ、アデラの頬が若干赤らんでしまうが、男とメイドはとっくにベッドから離れている。スケベな顔をした男はメイドしか見ておらず、メイドもご主人様しか見ておらず、ふたりはそのまま部屋を出ていった。
(行った……。あの口ぶりだと部屋の中にはもう誰もいないわね)
足音が聞こえなくなってから、アデラはゆっくりと起き上がる。予想通り部屋にいるのは彼女のみだった。
室内は広く、見るからに高そうなインテリアが並んでいる。窓はひとつしかなく、そこには防犯を意識してか鉄格子が取り付けられており、出入りは不可能に見える。
窓から外を見れば、建物の二階に居るのがわかる。日は既に完全に傾いており、月明かりが地表を照らしていることから、誘拐されてそれなりの時間が経っていることも推測できた。
部屋を出る扉はひとつ。彼らの言葉とおりなら、外には見張りが立っているので、不用意に物音を立てるわけにはいかない。
(これの他に使えそうなものがあるといいんだけど)
不幸中の幸いと言えるのは、衣服に一切手を付けられた形跡がないことだろう。護身用の短剣は荷物と一緒に宿へ置いてきてしまったが、衣服の内側に仕込んであった護身薬は手つかずのままだった。
アデラの衣服が村娘が着る厚手の長袖ロングスカートのシンプルなワンピースだったため、不真面目な兵士たちは身体検査をやる必要ないと思い、検査を怠ったのである。
彼女の手元にあるのは痺れ薬と眠り薬の2種類。即効性が高く強力で、扱いを誤ると危険なモノだ。
(私を風呂に入れるように言われていたのはメイドよね。ワシが来る前にって事は、先にメイドだけが戻ってくるはず。逃げるならその時を狙うしかないわね)
薬を取り出したアデラは、取り出し易い袖口で隠し持ったまま、ベッドの上に座った格好でメイドの帰りを待つ。
もしメイドがひとりではなかったら、という不安はある。しかし逃げるには賭けに出るしかない。何もしなければ噂とおりの目に合うのはわかりきっていた。
アデラはレジナルドを愛している。ゆえにたとえ何があろうとも、最後まで諦めず抵抗してやるという決意に心を燃やす。
(女は度胸……! レジナルド……私に力を貸して!)
果敢に小鬼へ立ち向かい、救い出してくれた愛する男を思い、扉を睨む。そんな彼女の前で、ゆっくりとドアノブが回った。




