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魔女の魔法

 周囲の冒険者たちが騒然となり始めた。


 ある者はアーノルドに駆け寄り、ある者はイェスターに武器を向け警戒する。


 四体いたサハギンのうち一体はギルドが討ち取ったらしい。だが残り三体はまだ槍を振り回し、今は「無慈悲のドミニク」や「キザ男のクロウ」などが相手をしていた。


 戦える冒険者も減っていた。


「大斧のブライ」はサハギンと刺し違えたらしく、大量の血を流し、今は木の陰に横たわっている。


 ブラッククロウの一員「弓使いのリディ」は脚をやられたようだった。「二刀流デブのプディング」が包帯を巻いている。かなり痛むのか、ときおり叫び声が聞こえた。


「魔族には魔法が効かない? 聞いてないんですけど……」


 カナタは杖をイェスターにまっすぐ向け警戒しながらユレイナに聞く。


「ごめん、魔族については攻略本が別冊になってる……」


「世界を救う方法が一冊にまとまってるって豪語してたじゃないですか! 今さら別冊ってありえないですよ!」


「こんなに早く遭遇するなんて思わなかったんだもん! 人間のフリして、ポルタにまで入り込んでるなんて普通思わないから!」


「とにかく、今は相当ピンチってことですよね。まいったな……」


 そのとき、消毒液のにおいが鼻をくすぐった。


 あの声が聞こえる。


〈もう気づいているかもしれない。お兄ちゃんの魔法は、この世界のほかのソーサラーが扱う魔法とは違うの〉


「違う?」


〈お兄ちゃんのは、魔女の魔法。だから魔族にも効果がある。そもそも魔女の魔法は、()()()()()()()()()()()()()()()()


 魔女の魔法? 魔族を倒すための魔法?


〈ウィムで放った旋風落潮(つむじらくちょう)は、まさにそうだった。あのときの感覚を思い出して。望む未来を鮮明に思い描いて、それを手に入れると決意する。大魔女ライラ・ペトラの教えのとおりにね〉


 女の子の声は言った。


「でもさっきは防がれたけど……」


 カナタは素朴な疑問を投げかける。


〈えっ、ああ、うん……そうだね。ええと……たぶん、ちょっと気合いが足りなかったのかも〉


「えっ、急に根性論なの?」


〈いや、その――えっ? これ双方向で会話できるシステムだっけ? それでいいんだっけ? 私、リアクションしちゃいけなかったんじゃない? ていうか今まあまあ真面目なシーンなんだけど〉


「あ、そうか……すみません。僕の配慮が足りなかったです」


〈ううんこっちこそごめん。一応私、今のところまだ“謎の声”っていうキャスティングだから〉


「なるほど。メタいですね……」


「貴様……魔族を前にしてなにをつべこべ独り言を! 絶対に許さぬ!」


 イェスターが身体をのけ反らせて咆哮した。


〈こほん……とにかく、お兄ちゃんの魔法は効く。ただし相手は魔族。油断しないで! あと、気合いが足りない!〉


 その声の気配はそこで途絶えた。


 最後の最後すごい雑だったな……。


 でもなんとなくわかる。望む未来と強い決意を持ったときの、あの感覚。確かに雑に言えば気合いか。


 結局はそんなもんなのかもしれない。


 そんなもんなのか?


 まあいいや。とにかく、ノルンがイェスターから解放されて、また元気にギルドで働ける未来。


 ――それを僕は強く望んでる。


「ユレイナさん。ギルドのみんなが戦ってる。たとえ魔法が効かなくても、僕は逃げるわけには行きません。この襲撃の言い出しっぺは僕ですし」


「カナタぁ……ホント、魔族はマズいんだってば! あんたもっとビビりだと思ったのに……どうしてそんなに堂々としてるのよ……」


 そのとき、イェスターが胸を大きく膨らませ、口から黒い炎を吐き出した。


 視界いっぱいにそれは広がり、ジリジリと空気を焦がす。


「徹底した拒絶ノアズアーク――空断くうだん


 防御魔法を唱え、カナタは目の前に魔力で構成した壁を作り出す。


 黒い炎は壁で跳ね返り、行き場を失い、天へと舞い上がる。


「小癪な! 覆い尽くせ!」


 イェスターがオーケストラの指揮者のように腕を振る。炎は上空で二又に分かれ、カナタを挟み込むようにして襲いかかる。


「竜の水場ヴィダに満つる清流よ。憧憬の水瓶(アクアリウス)――華厳瀑布(けごんばくふ)


 カナタははっきりと詠唱し、杖を地面に突き刺した。


 魔力が溢れている。()()()()()。いったいどこから持ち出してきたのかわからないが、元々カナタが持っている魔力量を明らかに超えている。


 杖を中心に半径二メートルほどの、水飛沫でできた円が生成されていく。それは次第に激しさを増し、暴風を伴い、雨を降らせ、大地を震わせる。


 黒い炎がカナタの水属性の魔法に触れた瞬間、蒸発音とともに黒い煙が上がった。


 周囲の冒険者たちが息を呑む。ユレイナが両手を口に当てる。


「馬鹿め。人間どもの魔法などとうの昔に解析が終わっている。魔族の技にはそれを無効化する術式が組み込まれているのだ。『黒炎(こくえん)』をくらい、生き延びる人間などいない!」


「カナタ……嘘……いやぁ……」


 ユレイナは今にも膝をつき泣き崩れそうになっていた。


 分厚い煙が黒々と立ち上り、なかなか視界がはれない。いったいどうなったんだと、皆不安げな表情を浮かべる。


「フン……ヤツには多少手こずったが、見たところ残りの冒険者どもは赤子当然。ゆっくりなぶり殺してくれる――」


 イェスターが手近な冒険者を標的にしようとしたそのとき。


「魔女の魔法……本当にすごいです。座標跳躍(リープ)が基本魔法に分類されているんですよ」


 カナタはイェスターの背後にまわり、後頭部に杖を突きつけていた。


「なっ――」


 イェスターはその場に縛りつけられたように固まる。


 カナタの杖の先から強烈な風の魔法が放たれ、魔族の頭部に直撃する。周囲一帯に暴風が吹き荒れ、瓦礫が舞い上がり、その場にいた皆がどよめく。


 ――魔女の魔法は、魔族を倒すためにできた。


 でもどうして? 魔女と魔族はどういう関係にある? どういう経緯で、僕は魔女の魔法を会得できたんだ?


 僕を「お兄ちゃん」と呼ぶあの声。もちろん聞き覚えがある。懐かしくもあり、悲しくもあり、そして愛おしい声。でも、元の世界の人間であるあいつがどうして魔法のことを助言してくれるんだろう?


「この世界のこと、もっともっと……勉強しないと……」


 イェスターは頭部が消し飛び、首から下だけの姿でしばらくよろめいていたが、数秒ののちにどさりと地面に倒れた。


 それとほとんど同時に、カナタは昏倒した。

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