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女神ユレイナ

「私がこれまでに担当してきた転生者たちは999人。だからあなたで記念すべき1,000人目になるわね」


 カナタはいつのまにか真っ暗な洞窟の中で、見知らぬ女の子の前に倒れ込んでいた。


「まったく、転生者の管理が女神の担当になってからずいぶん経つけど、ここ数年でかなり増えたわ。ホント大変なんだからこの仕事」


 彼女は話し続ける。


 カナタは頭の中に霧がかかったみたいな気分だった。


 あれ……僕どうしてたんだっけ?


「しかもここ最近は『ああ、ラノベでよくあるやつっすよね!』だとか『それでオレのスキルなんすか?』とか知ったような口聞くヤツも多くなったわけよ。言っとくけどそういうヤツ、たいていすぐ死ぬから」


「――死ぬ?」


 なんとか聞き取ることができ、やっと口をついて出てきたのは、カナタとしてはあまり歓迎できない種類の言葉だった。


 彼女は眉をひそめた。


「なんだかあなた要領を得ないわね? 転生よ? 転・生! お・待・ち・か・ね・の! なにぼんやりしてんのよ?」


 自分がかなり不格好な姿勢で座り込んでしまっていることに気がつき、カナタは慌てて立ち上がった。


 そして少しずつ記憶が戻ってくる。


 吉祥寺にあるオフィスビル、騒々しい居酒屋の呼び込み、夜の横断歩道、部活帰りの中学生、急ブレーキと悲鳴――そして、4トントラック。


「そうだ! あの子は助かったんですか?! トラックに轢かれそうになって……」


「安心なさい。骨折で入院しているけど、命に別状はないそうよ」


 カナタははほっと胸を撫で下ろした。


 だがすでにべつの疑問が湧いてくる。


「……ええと、たしか僕、トラックに轢かれたと思ったんですけど……」


「ええそうよ? テンプレでしょ?」


「テンプレ? それにここは?」


 彼女は苦いものでも噛んでしまったような顔をしてから、少々大袈裟に顔を覆った。


「まったく知らないってのも面倒ね……いい? そういうもんなの。現実世界で交通事故に遭って、気づいたら目の前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がいる。それで『あなたは選ばれたのです』とかなんとか言われて、転生者は『オレは異世界に転生したんだ!』って脅威の理解力を発揮し、謎の使命感で魔王を倒しにいく。これが異世界転生のテンプレ」


 今「魔王」と聞こえた気がする。


 確認したいことがたくさんありすぎて頭が追いつかない。


「そう言われても……つまり僕は、まだ死んでないってことなんでしょうか?」


「それは微妙ね」


「微妙」


「あなたは現実世界に戻ることもできるし、こっちの世界でずっと暮らしていくこともできる。でもそれは、この世界を救うことができたらの話よ。そもそも、あなたはそのために喚び出されたんだから」


「世界を救うために……」


「そう。でも失敗すればそれまで。どっちの世界でも死亡したということになり、あなたの人生は終了。そのあとどうなっちゃうのかは女神の業務管轄外なんでよく知りません」


「ええ……」


 カナタは改めて辺りを見回してみた。


 声の反響具合からすると、この洞窟はとても大きい。薄暗く、目を凝らしても天井は見えなかったが、目の前の女の子だけがほんのりと輝いている。


 遠くで水のしたたる音が響く。こうもりくらいは生息していてもよさそうだが、不気味なほど生き物の気配は感じられなかった。


「それで、あなたはこの世界の『女神様』?」


「そうよ。私は女神ユレイナ」


 女神ユレイナ。


 そう名乗った彼女はたしかに容姿端麗だった。白く透き通った肌に、古風な白いドレスを来ている。青みがかった大きな瞳に、つややかな銀色の長い髪が腰のあたりまで伸びていた。見た目の年齢は人間でいうとちょうど二十歳くらいだろうか。ドレスの下には控えめな胸の膨らみがあった。


「そんなにジロジロ見ないでくれる?」


「あっ、すみません……」


 ユレイナは少し困った顔をした。


「まあそうよね……ごめん。いつもの調子で話しちゃったけど、この状況は普通混乱するわよね。ちゃんと説明するわ」


 聞けば、ユレイナたち「女神」はそれぞれ自分の「世界」を受け持ち、維持管理を行なっているらしい。


 だがその「世界」を手に入れようと、魔界から魔王とその軍勢が攻めてくることがあるのだそうだ。


 そこで女神は、別の世界から勇者を「召喚」し魔王に対抗する。


(ことわり)を超えた圧倒的な力で、魔王軍は容赦なく攻め込んでくる。その世界の人々はもちろん対抗するけど、たいていは力及ばず、魔王たちに支配されてしまうわ。魔族の奴隷にされたり、大虐殺が行われたり……ひどい状態に成り果ててしまった世界も多い。私が担当しているこの世界――アイクレイアはまだそこまでじゃない。この世界のみんながかなり健闘してくれているわ。でも最近、魔王の力が日に日に強くなっているのを感じる。滅ぼされてしまうのも時間の問題」


 魔界から魔王だとか大虐殺だとか、不穏な単語が平然と女神から出てきたことで、カナタは大混乱に陥っていた。


「ええと……女神様。大変申し訳ないんですが、その『魔王』というのはなにかの例えなんでしょうか? ごめんなさい。僕こういうのほんとわかんなくて」


「例えなんかじゃないわ。魔王は魔王。おっかなくて強くてわるーい、あの魔王」


「ああ、魔王。あの魔王ですか……その、滅ぼされてしまうっていうのは、具体的にどういう状態になるんでしょうか?」


「この世界が腐臭のただよう焼け野原になるって意味よ」


「なるほど」


 魔王に滅ぼされ腐臭のだたよう焼け野原になってしまうのも時間の問題な世界に来たとき、普通はどういう反応をすべきなんだろうか。少なくともカナタはその答えを持ち合わせていない。


「かなり深刻な話だと思うんですが、なんていうか女神様は……すごく()()ですね」


「なっ、なによ? なんか文句ある?」


「いえ、ないです……」


 女神ユレイナは大きなため息をついた。


「さっきも言ったように、過去に999人もの転生者がこの世界にやってきた。そりゃ私も駆け出しの頃は大真面目にやってたわよ。『どうかこの世界をお救いください。勇者様』って。でもさぁ……まあ、さすがにダレるわけよ。ベルトコンベアーみたいに次々転生者を受け入れて、決まった説明をして、世界に送り出すこの作業を999回もやってると。いちいち感情移入するほうが無理ってもんよ」


 彼女は腰痛持ちのお年寄りみたいに腰に手を当てて、ぐりぐりと曲げている。


「大変そうですね……で、でも僕はいいと思います。深刻な話を深刻にされたら、気が滅入っちゃいますし」


「そう! そうなのよね! あんたいいやつね!」


 女神はけっこう単純だ。

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