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襲撃

「ギルド長さん……?!」


 その瞬間、カナタは「しまった」と思った。


 ギルドの大多数を招集するような会合を勝手に開いておいて、ギルドの長にひと言も断りを入れていない。


 かなり礼節に欠ける行為だ。


「も、申し訳ありません! 先にご挨拶に行かなければならないところを! 僕、礼儀知らずでした! 大変失礼いたしました――」


 だが予想に反し、ギルド長はにこやかに手を振った。


「なになに気にしなくていい。元々ギルドなんぞ礼儀知らずの集まりだよ。それに挨拶ならそちらのオールラウンダーの方がわざわざ出向いてくれた」


 ユレイナを見ると、その顔にははっきりと「ケツ持ってやったわよ」と書いてあった。


 ユレイナ様。本当にありがとうございます。


「それより今の件だが、まずは礼を言わせてくれ。うちの大切な従業員のことを見捨てず、話を聞き、こうして行動に移してくれた。本当にありがとう。本来なら私が気がつき、対応策を考えなければいけないところだった。面目ない」


「アーノルドさん……ごめんなさい。こんなことになってしまって……でもカナタさんが提案してくれたとおり、私にはギルドしか頼れるところがなくて……」


 ノルンが背中を丸めて俯きがちに言う。


「そんなことは気にしないでくれ。とにかく、君と君のお母さんを現状から救わなければ。皆同じ気持ちだ」


 冒険者ギルドはにわかに士気が高まっていた。


「でもギルド長さん……威勢よく言っておいて申し訳ないんですが、まだ策がありません。イェスター商会は傭兵も雇ってますし、市民の支持は根強い。どう立ち回るのがいいか、ご意見いただければ――」


 ギルド長の目がギラリと光り、なにやら企み顔になった。


「カナタくんと言ったか。もう一度彼らをよく見てみろ。どう立ち回るかなんて考えられる連中だと思うか?」


 冒険者たちの七割は筋骨隆々の荒くれ者たちだ。残りの三割がカナタと同じソーサラーや弓手。中にはどう戦うのかわからない珍しいかたちの武器の者もいる。


 そして九割男で、正直むさ苦しい。


「ええと……」


「思わんだろう? 私も思わん。こいつらのやれることはな、ただのひとつなんだよ」


 ギルド長は受付のデスクに飛び乗り、今や暴動寸前の冒険者たちに向き直った。


 長の登壇に静まり返る場内――


「おいお前ら準備はできてんだろうな!」


 ギルド長は大声を出した。


「オレたちのノルンがこんな目に遭わされて、黙ってられるヤツぁこの中にいるか?! いねえよなぁ!!」


 冒険者たちが武器をかち鳴らし、怒号を上げた。地面が揺れたような気がした。


「イェスターのド畜生のクソ野郎は誰が討ち取るんだ?! 『大斧のブライ』! お前か?! それとも『馬斬りのザカライヤ』! お前なのか?!」


 ほとんど全員が我こそはと声を上げたため、誰がブライなのか、ザカライヤがどこにいるのか、カナタにはまったくわからなかった。


「最後に! 出来の悪いお前らには逆立ちしてもできなかった『大泥棒プルムの捕獲』! このクエストをクリアしたソーサラー、カナタから一言ある! 耳かっぽじってよぉく聞きやがれ!」


「えっ?!」


 突然の指名にぽかんと口を開けたまま固まる。


「ひ、ひと言って……なにを言えば!」


「こういうのは勢いよ! ほら登って!」


 ユレイナとギルド長が、カナタを受付によじ登らせた。


 またもや静寂。


 カナタは一手に視線を集める。


「えっと……じゃあ、一言だけ……」


 後から振り返ってみると、もう少し気の利いたセリフが思いつけばよかったなと思う。


 こういうときに言うべき言葉を持っていれば、ユレイナさんがいう“風格”も身についてくるものなのだろうか。


 ただ、冒険者に対しては結果としてこれが正解だった気もする。


 盛り上がってたし。


 カナタはすうっと息を吸った――


「イェスターをぶちのめせ!!!」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 その夜。イェスター商会本部。


 ハレノの町の北側にあり、貴族街の屋敷と比べても遜色ない、立派なレンガ造りの建物だ。


 表の門には傭兵が二人、退屈そうに突っ立っている。


 そこへ男が一人近づいてきた。


 ごく普通の冒険者風情で、肩にかかるくらいの長髪という出で立ちだ。


「よう兄弟。いい夜だな!」


 男は陽気に話しかける。傭兵たちは不審がり、互いに顔を見合わせた。


「なんのつもりだ?」


 男は気にせず傭兵に近づいていく。


「おいおいただの挨拶だろうよ。少しは肩の力を抜いた方がいいぜ兄弟。どれ、少し揉んでやろうか――」


 彼は腰につけていた剣を素早く抜き、二人の傭兵の脚の付け根あたりを切りつけた。


「ぐふっ! ぐぁああっ!!!」


 鮮やかな血が飛び散り、持っていた槍が転がり、傭兵たちは膝をつく。鎧のおかげで致命傷には至らなかったが、満足に戦うことはもうできそうもなかった。


「貴様、騙し討ちとは卑怯な……」


 男は剣を方に担いでニヤリと笑う。


「卑怯で結構さ。オレは『騙し討ちのウィリー』。剣士さ。所属は港街ハレノの冒険者ギルド」


 傭兵のうち一人が不敵な笑いを浮かべた。


「くっ……ふははっ、貴様金目的か? このイェスター商会の警備はこんなものではないぞ! イェスター様の精鋭がすぐにここへ集結し、貴様ごときすぐに一網打尽だ!」


「おっと言い忘れてたぜ。()()()()の目的は金じゃない。報復だ」


 いつの間にか、イェスター商会本部の周囲に冒険者たちが、ざっと見たところ二十人ほど集結していた。


「さあ、イカれたメンバーを紹介するぜ!」


 ――無慈悲のドミニク!

 ――大斧のブライ!

 ――鷹の爪のトウマ!

 ――経理担当のジェレミー!

 ――馬斬りのザカライヤ!

 ――二児の父、パピー!

 ――まだ考え中、サンデル!

 ――ええと……忘れた! ボブ!


「ギルド長さん、みんな二つ名あるんですか?」


 カナタは聞いてみた。


「もちろん。そのほうがクールだ。カナタも考えておけよ」


 ギルド長は快活に言う。


 カナタとユレイナは冒険者たちと共にイェスター商会を訪ねていた。


 いや、訪ねたというのは少しぬるい表現だ。


 これは襲撃なのだ。


 ――キザ男のクロウ!

 ――弓使いのリディ!

 ――二刀流デブのプディング!


 約二十人分の紹介がなかなか終わらない。今のところ唯一忘れられたボブがいたたまれない。


 二つ名か……。


 ついこの前まで童貞! カナタ!


 なぜかとてつもなく自虐的な二つ名が瞬時に頭に浮かんだので、カナタはすぐに隅に追いやった。


 そのとき、ギルド長の目つきが急に鋭くなる。


「来たな。イェスターの“精鋭”とやらが。紹介の途中なのにな」


 商会本部の裏の暗がりにうごめく陰が見える。


 それはのしのしと足を踏み出し、街灯の灯りの元に躍り出た。


「なんだあのデカブツどもは!」と、大斧のブライが声を上げる。


 計四体。


 カナタは一瞬グムド族だと思った。


 しかしそれはオークではなく、明らかにべつの種族だ。黒い皮膚の巨体はだいたい背丈二メートルくらい。肩や胸、膝には不釣り合いに小さい鎧がついており、三又の槍を構えていた。


 そして顔は、人間というよりどちらかと言えば爬虫類や魚類のように見えた。


「サハギン族――でも様子が変ね……」


 ユレイナが異種族の兵士たちを見て不審がる。


「サハギン族?」


「海に住んでいる魔物よ。普段はほとんど人前に姿を見せないし、攻撃的な種族ではない。でも彼らはどうも様子がおかしいわ。皮膚の色も違うし、目つきももっと温厚だったはずなのに」


 サハギンたちは鼻息が荒く、目も血走っている。どう見てもこちらに敵対心を持っている。


「ノルンの報告では、イェスターは怪しげな術を使うのだろう? 操られているのかもしれんな」


 ギルド長が言う。


 すでに冒険者たちがサハギンと対峙していた。


 突然、サハギンはその巨体からは想像できないような速さで跳躍し、三又の槍でいちばん近くの冒険者へ突きを放った。


「ぐぉっ!!」


 突きを受けた「馬斬りのザカライヤ」はかろうじてそれを避けた。彼の右頬にかすり、血が飛び散る。


 彼はすかさず巨大な両刃の剣「斬馬刀」を振りかぶり、至近距離でサハギンを切りつける――


 しかしサハギンは高く跳ね、軽々とそれをかわした。


「ふん! なかなかすばしっこい魚野郎だ。しかし陸地に出てきたのが運の尽きだったな! オレが刺身にしてやるぜ!」


 ザカライヤは斬馬刀をサハギンたちに向ける。


 操られている可能性があるなら、できれば殺さずに制したい。だがあの身体能力だ。そんな余裕はないかもしれない。


 サハギン一体に対して冒険者は五人がかりで相手をする。


 さらに他の傭兵も駆けつけ、あたり一帯はあっという間に乱戦状態になった。


 カナタとユレイナはその戦場を駆け抜け、商会本部へと向かう。


 途中、冒険者の一人が吹き飛ばされ、目の前に倒れ込んできた。サハギンの攻撃を受けたのだ。


「あなたはボブ! 大丈夫ですか?! 今――」


 しかしボブはカナタの手を跳ね退け、剣を杖がわりに自力で立ち上がる。


「オレに構わず早く行くんだ! お前にしかできないことがあるじゃないか!」


 ボブは足を引きずっていたが、すぐに戦闘に復帰する。


 ボブ――なんて勇敢で気高い男だ。


 後で必ず二つ名を聞かせてくれ。

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