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受付嬢

 とにかく今日ですべて終わる――たった今盗み出したネックレスをその手に握りしめて、彼女は思う。


「まだ遠くへはいっていないはずだ! 今日こそ必ず捕らえるぞ!」


 衛兵たちの叫び声と足音が聞こえる。音の響き方からすると、彼らはずっと遠く離れているし、中央通りの方角へ向かっているようだ。


 私のいる路地とは真逆だ。


 いつもこの瞬間は緊張する――でも、今回もうまく行った。


 彼女はネックレスを仕舞い込み、その場を離れようとする――


 そのとき、足首になにかが巻きついた。


 それとほぼ同時に、地面が音を立てて揺れ始める。


「きゃあああっ?! な、なに?!」


 地中からそのなにかが現れた。それはみるみるうちに伸び、うねり、素早く彼女を取り囲む。


 それは、植物のツルだった。


 ツルは一本一本が意思を持ったように蠢き、這い回り、素早く彼女の脚を絡めとる。腕や太もも、首にも絡みつき、あっという間に彼女の身体は宙に浮き、身動きがとれなくなってしまった。


「なっ、なにこれ……まさか魔法?!」


 路地の奥の暗がりから、誰かが歩いてくる。


「卑猥な魔法ね――見損なったわよカナタ」


「今日のために習得したのに、その言い方ひどいですよユレイナさん……」


 ◆ ◆ ◆ ◆


 なんとかうまくいった。


 ユレイナがくれた「転生者必見! 初心者のための戦闘技術(β版)」に載っていた魔法のうち、木属性の下級魔法「贄を欲する蔓―(シュライクプラント)糸瓜(しか)」。相手を拘束するのに非常に便利だ。


「あなたたちは……最近ウチのギルドに来たソーサラーとオールラウンダー? プルムのクエストを受けたとは聞いていたけど……まさか、新入りさんたちに捕まっちゃうなんて」


 カナタは拘束に使っているツルが緩まないよう、魔力供給を続けながら、彼女に近づいた。


「ノルンさん、どうしてこんなことを……」


 大泥棒プルム――ノルンはその質問には答えなかった。


「へぇ……()()()()()()()()()()()()()っていうのに、全然驚かないんだ。私のいる位置もお見通しだったみたいだし……あなたたち、何者なの?」


 冒険者ギルドの受付嬢ノルン。


 彼女がプルムであるということは、攻略本で事前にわかっていた。


〈気さくな性格で冒険者たちからの人気も高い彼女ですが、その正体は大泥棒プルム。同僚の受付嬢にはカトレアとニコルがおり、交代で勤務している彼女ですが、泥棒稼業とのダブルワークで慢性的な寝不足のようです――〉


「カナタ。ここでおしゃべりをしている時間はないわ。さっさと衛兵へ引き渡して、賞金を受け取りましょう」


「お願い……お願いです……私を見逃して」


 ノルンが掠れた声で、そう言った。


 カナタは息を呑んだ。


「そんなお願い聞き入れられるわけないでしょう」


 ユレイナは一ミリも表情を変えずに、冷たく言い放つ。


「今日で……今日で、全部終わるの。約束する。女神様に誓って。全部済んだら必ずあなたたちにこの身を差し出すから……お金でもなんでも、望みどおりにするから……だから今は見逃して……」


 カナタは目をつむった。


 ノルンが自分を逃すよう必死で懇願してくることはわかっていた。


 だがもちろん、ユレイナの攻略本はそれを許可していない。このままノルンを衛兵へ引き渡して、イェスター商会から金ルタを50枚受けとり、このイベントはクリアということになっている。


 それで問題ない。それで、物語は前へ進む。


 ノルンがその後どうなろうと、魔王討伐のストーリーになんら影響はない。彼女はどんな理由であれ、何度も繰り返し盗みを働いてきた悪党だ。その罪は償われなければならないし、罰せられなければならない。


 でも……


「ノルンさん……どうしてですか? せめて理由を話してくれれば……今日で終わるってどういう意味ですか?」


「それは……ごめん、言えない」


 ユレイナが一歩進み出た。


「カナタ。まさかとは思うけど真に受けてないわよね? 訳ありげなことを口から出まかせに言ってるだけよ。ここで逃したら、この女はもう明日にはハレノにいないわ」


 ノルンは硬いもので顔をぶたれたような顔をした。


 僕はただのお人よしなのか。

 それとも、可愛い子の前でただ格好つけたいだけのバカなのか。


「お……お願い……」


 ノルンの頬に涙が流れる。


 カナタは魔力を弱めた。彼女の身体中に巻き付いていたツルが緩む。


「カナタ!」ユレイナが批難の声を上げる。


「ユレイナさん、ごめんなさい……でも、攻略本にはここでプルムを逃したときにどうなるか書かれていませんでした。つまり、未検証なんですよね?」


「それはそうだけど……」


「なら、検証してみるのもありだと思います。それに、結局ノルンさんが逃げて失敗に終わったとしても、金ルタ50枚を逃すだけです」


 だけって、あんたねぇ……と、ユレイナは頭を抱えた。


 ツルが落ち、完全に拘束が解けたノルンは戸惑いと驚きの表情をカナタに向けた。


 そして小さく「約束する……ありがとう」と言い、そのまま夜の闇に消えていった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 明くる日の冒険者ギルド。


 昼ごろになってもノルンは来なかった。


 カナタが朝一人でギルドに行くと、受付にはどういうわけか「ブラッククロウ」のメンバーであるリディがいた。


「昨日の夜の交代時間になってもノルンが来ないから、夜間はずっとカトレアが通しでやってたみたい。朝来てみたら今にも倒れそうなカトレアが受付に突っ伏してたから、急遽私が代わったの」


 一応クエストの受注業務は資格がいるらしく、リディは飲み物を出したり掃除することくらいしかできないという。


「次の受付嬢の子が来るまで、クエストの受付は停止中だからそのつもりでね。でもノルンったら心配ね……しっかりしてる子だからこんなこと珍しいってカトレアも言ってた」


 カナタたちが受けた『大泥棒プルムの捕獲』はもちろん失敗したことになっている。すでにこのことを聞きつけた何人かの冒険者から、嘲笑と労いが半分ずつの言葉をかけられた。


 ユレイナといえば、朝からまともに口を聞いてくれない。


 今朝「また朝市で海鮮丼でも食べに行きましょうか?」とカナタが誘ったときに「はぁ?」と聞き返されたのが最後だ。


 時刻は十三時を回った。


 カナタは落ち着かなくなり、一度ギルドを後にする。特にあてもないが、少し歩きたい気分だった。


 やっぱりユレイナの言うとおり、ノルンはこの町から逃げていってしまったのだろうか。

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