大泥棒プルムの捕獲
そこには冒険者らしき男がいた。
切れ長の目に前髪がかかり、いかにもキザっぽい。ずいぶん高級そうな両刃の剣を腰につけている。
受付嬢も剣士も「いったいどこの誰だ?」という目を彼に向けた。
「おいおいみんな、そんなに熱い視線を向けてくれるな。たしかに、あの超有名パーティー『ブラッククロウ』がまさかまさかこの町に来ていたなんて、驚くのも無理はないだろうが」
男はいかにも自信たっぷりな口調で話す。
彼のほかにもう二人いる。一人は弓矢を肩にかけた小柄な女性。もう一人は巨大な幅広の刀剣を二本腰に刺した、大柄の男だった。
「知らないですけど、有名なんですか?」と受付嬢ノルン。
「聞いたことがないな」と剣士ネビル。
「ブラッククロウって“黒いカラス”ですか? え? そのまんま?」と受付嬢。
「いやノルンさん、たぶんクロウは“爪”のほうじゃないですかね?」とカナタ。
「いや爪はネイルでしょ」とユレイナ。
「クロウとも言うじゃないですか。たしか鉤爪とか、なんかそっちのほうの爪ですよ」とカナタ。
「ああそっちね……でもやっぱりブラッククロウは知りませんね」と受付嬢。
「クロウはリーダーの名前よ! パーティー名いじりで勝手に盛り上がらないでくれる?!」
弓手の女性が地団駄を踏んだ。リーダーのクロウがまあまあと手を上げる。
「そうかっかするなリディ。オレたちの実力を見ればそんな態度ではいられなくなるさ。さあ受付のお嬢ちゃん、手続を進めてくれ」
ノルンが彼らのギルド登録やクエスト受注の手続を進めているあいだ、カナタはユレイナに耳打ちした。
「ユレイナさん……たしかあの人たちってあっという間にプルムに返り討ちに合う役回りでしたよね?」
「知らないふりしときなさい。勘繰られても面倒よ――そう。彼らにはプルムを捕まえられないから安心していい。でも先を越されたわね。さっさとクエストを受注して先へ進みたかったけど、意外と早い登場だこと」
クロウたちは手続きを済ませると、意気揚々とギルドを後にした。
「プルムが盗みに入るのはだいたい深夜です。それを伝えたら、観光して時間を潰すと言っていました。『悪党にお灸を据えてやる』ですって。自信家ですよね」
ノルンはそう言い、一際大きいあくびをした。
◆ ◆ ◆ ◆
その日の夜。
カナタとユレイナがギルドの酒場で夕飯をとっていると、すっかり意気消沈した「ブラッククロウ」の三人が入ってきた。
あんなに自信たっぷりだったリーダーのクロウだったが、今は見る影もなく、しおしおとテーブル席にへたり込んだ。ひたいに大きなこぶができ、赤く腫れている。弓手のリディももう一人の巨漢の男も、ところどころあざや傷があり、同じようにうなだれていた。
「すんません。ジブン、調子に乗ってました。身の丈にあったクエストからコツコツこなして、地道に頑張ります」
周りではひと仕事終えてきたらしい冒険者たちが酒をあおりながらゲラゲラと笑っていた。
「早速洗礼を受けたな! どれ、今日はオレが奢ったる!」
「プルムじゃあ仕方ねえさ。そう気落ちすんなよ」
「みんな一度は報酬に目が眩んで挑むんだ」
冒険者たちはあっという間にクロウたちを取り囲み、肩を叩き励まし労う。
「なんだか、めちゃくちゃいい人たちばっかりですね」
「ふふっ、不思議な連帯感があるのよねぇ、うちのギルドは――はい、おかわりのビールよ。駆け出しソーサラーさん」
カナタのところへ、受付嬢が飲み物を運んできた。ノルンではなく、ふわりとした栗色の髪をした受付嬢だ。
「ありがとうございます。不思議な連帯感、ですか?」
「そうよ。大泥棒プルムのおかげでね」
カナタとユレイナは顔を見合わせた。
栗色の髪の受付嬢はふふっとそよ風のように笑った。
「プルムはハレノの冒険者たちとってちょっとした憧れなの。『オレたちのプルムは誰にも捕まったりしないんだ!』って、みんな誇らしげなのよ。何様って感じよね」
本当に実力がある人物なら、たとえそれが敵でも敬意の念を抱く。
カナタはなんとなくその気持ちがわかった。
「しまいには『自分はプルムに何回負けたか』とか『どんなふうに返り討ちにあったか』を競い出す始末よ。プルムに挑むのはもうウチの通過儀礼みたいになってるわ」
栗色髪の受付嬢はいたずらっぽい笑みを浮かべる。
む……なんだろうこの雰囲気。
「そういうわけだ、新入り」
冒険者の一人に背中を叩かれた。今朝一人でコーヒーを飲んでいた剣士、ネビルだ。
「カトレアが言うとおり、プルムはうちの通過儀礼。ギルドに登録したからには一度挑んでおけ。さもないとほかの冒険者どもから別の洗礼を食らうことになるぞ」
カナタは今でこそご機嫌な冒険者たちの分厚い腕を見て、肩を縮めた。
「どうします? クロウさんたちが失敗に終わったので、絶賛クエスト受付中ですよ」
栗色髪の受付嬢は掲示板を指し示す。一際大きくて豪華な張り紙が元どおりに貼り直されている。
ユレイナは意味ありげな目線を送った。プルムが冒険者ギルドでこんな地位を得ていたとは知らなかったが、どちらにせよ受ける予定のクエストだ。
「わかりました。クエスト『大泥棒プルムの捕獲』。僕たちも受注します。“郷に入っては郷に従え”と言いますし」
栗色髪の受付嬢――カトレアが準備をしているあいだ、酒場内にはあっという間に“次の挑戦者”が決まったことが知れ渡り、カナタとユレイナは冒険者から怒涛の激励を受けた。ほろ酔い状態のクロウとそのメンバーからは「オレたちの仇をとってくれ!」と、握手まで求められた。
しばらくして、受付嬢ノルンがギルドに現れ、カトレアと挨拶を交わし、仕事を交代していた。
カナタはそれをぼんやり眺めながら、攻略本の内容について少し引っかかることがあり、考えを巡らせていた。
◆ ◆ ◆ ◆
それから数日後の夜。
カナタとユレイナは貴族街を歩いていた。
ハレノの街並みはおおむね整備が進んでおり、中心部から郊外にかけて道は綺麗だし、ちゃんと明かりが灯る街灯もある。衛兵が定期的に巡回しており、治安も悪くない。
その中でも貴族街は特に手入れが行き届いていた。
整えられた石畳に装飾が施された街灯、丁寧に切り揃えられた植え込み。そして貴族たちの住まう屋敷はどれも豪華絢爛だ。中には傭兵が門の前に立っている屋敷もあった。個人で雇っている貴族もいるらしい。
「僕たち、この街にはすごく場違いって感じですね」
カナタは美術品かと思うほど繊細な装飾の門扉を眺めながら言う。
「これから冒険が進めば、貴族たちにも協力をしてもらわなきゃいけないわ。各地の領主に対し直接交渉する場面もあるかもしれない。今のうちに慣れておくのね」
ただでさえ重い税金のせいでストレスを溜めている貴族。魔王軍との戦争が本格化すると、彼らにはさらなる課税を求めなければならない。
そうなればたとえ世界を救うためとはいえ、反発は不可避だ。
だから貴族には細やかな説明と、なにより礼節を守った上での“風格”を見せつけなければならない。
貴族は単なる金持ちではない。感情で納得しないと、金は一銭も出さない――というのがユレイナの意見だった。
「“風格”ですか……一生身につく気がしないんですけど……」
「そうかしら? ウィムの村でのことを思い出してちょうだい。村のみんながカナタを尊敬していたでしょ? あのときのあなたは一種の“風格”があったわ。どうしてかわかる?」
「それは――だってあの村はもともと転生者を迎え、歓迎する風習があって」
「違う。あなたがグムド族を倒し、村を守ったからよ」
ユレイナの言うことがわからないわけじゃない。でもカナタにはなんとなく腑に落ちない。
「あれは偶然なんとかなったというか……あとそう! 逆ですよ! 村の人たちがすごく良くしてくれたから、僕もなんとかしなきゃって思えたんです」
「でも、あれはどう見てもあんたの手柄。そう思うでしょ?」
「いやいや、手柄って大袈裟ですよ! ホント、ただ必死だっただけで……」
ユレイナは複雑な表情をした。なんとなく、カナタを憐んでいるような目だった。
「なるほどね……まあ薄々感じてたけど、あんたの課題はそこね」
「えっ? 課題、ですか――」
なんだかいろいろ言いたいことがあったが、そのとき怒号が夜の闇に轟いた。同時にけたたましい鐘の音も鳴り響く。
「現れたみたいね。さあカナタ、打ち合わせどおりに」
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