おかしくなるほどおかしいラジオ
夏のホラーに出そうと思ったけど、構想が降りてきたのが締切30分前でした。
間に合わなかったので供養のために通常投稿します…
とある夏の日。
灼けるような酷暑に焙られた校庭で、友人が……狂い、死んだ。
「おいおい、聞いてくれよ!すっげぇ面白いラジオ番組見つけちまった!!」
朝一の教室。
少しずつ人が増えて、それに合わせて雑多なざわめきが音量を加えていくそんな時間。
ばたばたと呵責のない足音を響かせ、育ち始めた緩やかな喧噪をぶち壊す大声を伴って友人が駆け込んでくる。
「は?昨日のラインナップにそこまでの番組なんてあった?」
隣に腰かけて駄弁っていたもう一人の友人が、ボクに疑問を投げてくる。
ちなみに受験生の嗜みとしてラジオやユーチューブの環境音なんかはそこそこ網羅している自負はある。
しかしその問いに思い返してみるも、やはり心当たりはない。
昨日もそれなりに深夜までダラダラと参考書を眺めつつあちこちの周波数を渡り歩いていたが、ありきたりなものしか流れていなかったはずだ。
「いや、そんなウケる番組なんて聞いた覚えないな。」
「だよなー?なぁ、“A“。どこの局で何時ごろやってたヤツなんだ?」
「くひひっ…いや、それがさぁ…深夜2時30分頃に寝ぼけて操作間違ってさぁ。周波数サーチがかかったんだけど、そこで偶然個人発信の周波数拾っちゃったみたいで。」
こらえきれないような笑みを浮かべた“A”が語る。
「最初はなんだかボソボソ言ってんなぁーって感じだったんだけど、しばらくしたらなんか聞き取れるくらいにはなったんだけど…それがまた面白いのなんのって…あは、あははっ!ヤベ、思い出したらまた…」
そう会話の途中で思い出し笑いを始めた“A”を呆れたように眺めるボクら。
一頻り笑って落ち着いた頃を見計らって、
「で?具体的にどう面白かった―――」
―――キーンコーンカーンコーン
詳細を聞き出そうとした時、丁度響いたチャイムに遮られその話は立ち消えに。
慌てて席に着いた時にふと頬を湿った風に撫でられて、窓の外を見るとさっきまで晴れていた空は不穏に曇り始めていた。
それが、始まりだった。
数日後、あの朝から降り続く雨に陰鬱な空気が漂う教室。
心なしかざわめきも色を失ったように密やかな中、一人空気も読まずニヤニヤとした嗤いを浮かべた“A”がやってきた。
「いやー、今日も面白かったァ。笑いすぎて腹筋と表情筋が痛ぇよ。」
「ん?前に話してたあのラジオ?え、偶然周波数キャッチしただけじゃなかったのかよ。」
そう聞くと、腹の立つほどのドヤ顔をした“A”は
「いやいやぁ!あんな面白ぇ番組、一回だけで諦めるなんてできるわけねぇって。あれから夜中になると何回も何回も何回もサーチかけてさぁ…今日ようやく捕まえたってワケさ!おかげで眠くって…ふわぁ。」
「良くやるよ全く。てか今日テストだよな。大丈夫なのか?」
「だーいじょーぶっ!……なワケないじゃん!全然勉強してねーし。」
興味も無さ気に吐き出されたその言葉に、ボクらは目を剥いて驚く。
「は?だってお前今日のテストで赤点取ったら補修で部活禁止だって言ってたよな!今レギュラー決めの大事な時期だからぜってー落とせないって!!」
そう、“A”は1年にして部活のレギュラー候補だ。
次の選手権のメンバーに選ばれるため、ここしばらくは見ていて感心するほどの努力を重ねてきていた。
そのせいで成績が悪化したのはご愛嬌だったが、教師の温情もあって今日のテスト次第ではお目こぼしも頂けることになっていたハズなのだ。
「あーーーー、そうだったっけ?まぁしょうがねぇよ。アレ聞き逃したら一生後悔するもんな。今日なんてパーソナリティーがさぁ…ぶっ!うひゃひゃひゃ!!」
なのに、“A”はそんなことにはもう何の興味もないかのように切り捨て、馬鹿のように大笑いを始めたのだ。
その様にうそ寒いものを感じたボクは声をかけようと
「おい、何してる!HR始めるぞ、席に着け!!!」
―――いつの間にか教壇に立っていた教師の声に遮られ、なし崩しにその話は断ち切られた。
何故ボクはあの時、話を打ちきってしまったのだろう。
あの時ならばまだ、間に合ったかもしれないのに。
更に数日。
雨は止んだものの重苦しい曇天はまだ続いていた。
そして空模様に感化されたかのように、“A”の様子も奇妙さを重ねていた。
毎晩毎晩、夜中2時30分のラジオを聴くために夜更かしをしているようで日々、その目の下の隈は色を濃くし。
部活に打ち込んでいたスポーツマンの代名詞の様な健康優良児は、ホンの十日かそこらで病人の様な不健康な顔色に塗り替わっていた。
家族がなんとかしないのか、との思いもあるが、両親共にワーカホリック気味な“A”の家庭は半ば崩壊しており、同じ家に住んでいても顔を合わさない日もザラだと言う事情も知っている。
おそらく親の助けは期待できまい。
こうなれば一度無理にでも“A”の家に乗り込むべきかと検討していると、バァン!!と荒々しい音を立てて教室のドアが開かれた。
何事かと見やってみれば、ここしばらくは不健康ながらもニタニタ笑いを絶やさなかった“A”が恐ろしく荒れた様子で立っていた。
目が合うと、ダンダンっ!と地団太を踏むかのような勢いでこちらにやってきた“A”は挨拶もせず、唾を吐き散らしてがなり立てはじめた。
「おぉいっ!聞いてくれよォ!!!あの番組聞き逃してたんだっ!!!!あーーーーーーっ!!クソっ!聞き逃した内容が気になって気になって気になッテ!!!!!」
「は?」
常軌を逸した雰囲気の“A”を二人がかりで何とか宥めすかして話を聞く。
随所で壊れたように激昂する“A”からようよう聞き出した話をまとめて見ると、どうも例のラジオ番組。
不定期に他の時間でもゲリラ放送をやっていたらしい。
今日の放送で、自分が知らない回の話を出されてそのことに気づいたらしい。
今までどれだけの回を聞き逃してしまったのかと考えると後悔で気が狂いそうになるのだと。
―――半月前に初美容院で整えてもらったと。
毎日30分かけてチェックして整えていると自慢していた髪型を血が出るほどにぐしゃぐしゃにしながら、喚き散らしていた。
ようやく雨雲が去り、空が晴れ渡った翌日―-―-“A”は学校に来なかった。
「なぁ…。」
「あぁ…。普通に考えれば寝不足が限界を超えてぶっ倒れたとか、気づいた親にドクターストップされたとかなんだろうけど。」
「「……ラジオ、だよなぁ……」」
二人そろって大きくため息を吐く。
昨日のうちに強引にでも“A”の家に押しかけていくべきだったと後悔に苛まれる。
困ったことにボクらは“A”の家を知らないのだ。
其の家庭環境のせいか、“A”は自分の家に人を呼ぶことをかなり嫌う。
親友と言うカテゴリに入っているだろうボクらですらそこに脚を踏み入れたことはない。
よって、帰宅する“A”にはりついてそのまま押しかける算段だったのだが……一手遅かったようだ。
こうなればせいぜい、教師経由で“A”の両親に働きかけてもらうくらいしか思いつかない。
仕方なく担任を捕まえ、ここしばらくの経緯を添えて支援を依頼した。
とは言え、担任は事なかれ主義の権化のような無気力教師だ。
どこまで動いてくれるものかと、自分たちに出来ることは終えたにせよ、不安感は拭えない。
最後の日。
“A”が不登校となって以来数日続いた好天のせいで気温はとどまるところを知らず。
遮る雲一つない黝い中天に、真夏の太陽は王のように神のように居座って動かない。
アスファルトを焼く輻射熱で火傷をするのではないかと不安になりながら登校すると、陽炎の立つラウンドに人垣ができていた。
何事かと汗に塗れた人の隙間に身をねじ込み、中に押し入ってみると中心にぽつん、と“A”が立っていた。
がっしりとしていたスポーツマン特有の肉体は見る影もなく、幽鬼に似た風情で立っていた。
その変わり様に声も出ず立ち尽くしていると、ふと何かに気づいたように"A“がこちらを振り返る。
「お~~~、久しぶりィ。聞いてくれよォ、アイツらにラジオ取り上げられて家追い出されてサァ~~~。親だからって横暴ジャネェ?」
ボクを見ていながら見ていない、そんな目でこちらを眇めつつこの世の終わりのような顔でふらつきながら近寄り、話しかけてくる。
何故か歪んだように聞こえる“A”の声に生理的な嫌悪を感じ、無意識に一歩、後ずさった。
「ああああああぁ~~~んなにとてもとてもとてもとてもとぉぉぉぉっても面白いのにサァア!あ、ヤベ。また思い出しちま…ぶっ!ひゃははあははああははあはあはははあはあはひゃひゃひゃはやぁっはははははあはははははははあああははああっはうっひひひひひひひひひくくくくくくおひゃひゃぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っははははあははははははははあはははははあははははぐひひひひうふへほへひゃひゃひゃひゃ!!!!」
虚ろな顔で口を開き、更に言葉を重ねようとした瞬間、爆発したように“A”は嗤い出した。
腹を抱え、のたうちまわり、口が裂けるのではと思うほどに開き、破れた喉から血を吐きながら、げらげらげらげらと。
げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらと。
断末魔に似た蝉の絶叫と、断末魔そのもののような“A”の狂笑だけがグラウンドに響き続け………
―――そして蝉の声だけになった。