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9 レンミン薬

「……アシュ族は単細胞で、無知で、暴力的なこの世界の支配者だ。

こことは違う大陸――モルグン大陸に彼らの文明や国家があるらしいが、私もこの目で見たことはないし、古い文献での知識しかない」


 エルトロは再び険しい顔つきに戻ると、静かに語りだした。


「今からおよそ一五〇〇年前に、アシュ族がはじめて我らの大陸――ザルコア大陸へ足を踏み入れたと文献には書いてある」


「……よくある、侵略戦争か……」


 聞こえないようにシノブは呟いた。

 シノブのいた地球では散々繰り返されてきた人類の過ちであり――発展と進化の歴史でもある。


「文献には、当初アシュ族は我らヒト族や魔法動物とも友好的であったと記されている。

あまりに古い文献だし、脚色も見られるし、どこまで信用していいかわかったものじゃないけど……。

とにかく、ある時を境にアシュ族は我らザルコア大陸の者たちへ暴虐の限りを尽くし始めた。


そしてそれは今もなお続いている。

それだけが事実で、それだけが我らの世界のすべてだ」



「……さっきやつらに襲われた時……やつら、まるで俺を食料と見てるような……」


「そうだ。アシュ族にとって我らはなによりのご馳走らしい。

ただ、もちろんやつらの根城であるモルグン大陸にもやつらの食料があるんだろう。そうでなければ飢え死にしているはずだからね。

……それくらいに、我らヒト族の人口は減ってしまった」


 確か、彼女自身もこの隠れ里以外に生存しているヒトを見たことがないと言っていた。

 『勇者ダムス』の子孫であり、先ほど民からも「エルトロ様」と呼ばれ慕われていた彼女でさえ、だ。


 ――一体何人だ?


 何人がこの里で暮らしている?


 ……少なくとも百人はいないだろう。

 小高い丘から里にある家屋全体を見渡せるような規模だった。多くても五十人か……そこら程度の数しか……。


 途端に、シノブは猛烈な吐き気と寒気に襲われた。

 脳をつんざくような鋭い絶望が、全身で脈打った。


 ――そんな。

 た、たった五十人程度? それしかこの『ゼ・ルドー』には生存者がいないって?


 いや、もちろんエルトロが把握していないだけで、他の地で大勢が生きている可能性もある。

 あるけれど、そのことすらわからないような低次元の文明と苛烈な迫害の中に彼女らは生きているのだ。



 そして、たとえ大勢がどこかで生存していたとしても――。



 シノブの脳裏に、あの憎たらしいハロワ職員シュピノの笑顔と、『ゼ・ルドー』の資料に記載された一文が蘇る。



〝アシュ族の絶対的な力と彼らの無尽蔵な賛沢により、滅亡は100年以内と目されている。〟



「……どうしたの? シノブ。顔色が………

……ごめん。私、少し勝手に話しすぎちゃったね。ただでさえシノブは記憶も混濁してて混乱してるのに……」


 突然青ざめ震えだしたシノブを見て、エルトロはまた年相応の少女らしいロ調になってシノブを心配した。


 恐らく普段は『勇者ダムス』の子孫として里の者を勇ましく率いてはいるが、これが本来の彼女の姿なのだろう。



「……いい薬があるんだ。さっきもこの薬の材料をとるために私も外に出てたくらいで……。『レンミン薬』」



 布団にくるまって震えるシノブに、エルトロは水の入った木のコップと白い錠剤のようなものを差し出した。


「ちょっとした魔法と調合でできる、休息薬の一種だ。飲むと、一瞬で眠りに落ちて体をほぼ一日中休息させてくれる。

いい夢も見れるっていう効果付きだ」


 要は、この過酷な世界を少しでも忘れさせるための精神安定剤、といった類のものだろう。


 すぐにそんな考えに至ってしまうほど今シノブは負の思考に囚われていたが、しかしだからこそその薬は魅力的に思えた。



「……いただくよ。ありがとう……」


 もう、わけがわからないから。


 意識があること自体辛くて、さっさと意識なんて失ってしまいたかったから。



 これから自分はここで生きていくしかないんだろうか。



 だとしたら、さっきまでの二十四時間――『グリンパウル』で過ごした時間は一体何だったのか。



 あれが夢?


 それともこれが夢?


 まさか全部が夢?



 だとしたら、いや、だとしなくても、今シノブには眠りに落ちる以外の気力も選択肢もなかった。


 目の前の心優しい少女――エルトロは知らないことかもしれないが、彼女の敬愛する曾祖父『勇者ダムス』ですら複数のアシュ族にリンチされ死体が原型を留めぬほどに惨殺されたのだ。シュピノの提示した資料にそう記載されてあった。



 ……そういえば、『勇者ダムス』はこの世界での功績が認められ、その後【Cランク】の異世界への転生を斡旋したともシュピノは言っていた。


 異世界への転生は繰り返される。


 何度死んでも、その世界での『徳』がいわゆる『学歴』となり、それに従いあのハローワークで次の転生先を決めることができる。



 やはり、なにかが、おかしい。



 夢じゃないとするならば、シノブは『グリンパウル』とこの『ゼ・ルドー』二つの世界で既に転生していることになる。


 姿も性別も年齢も能力も違う自分自身なのだから、これは転生と名付けて良いものだろう。



 どうしてこんなことが起こっている?



 まさか自分の知らないうちに『グリンパウル』で殺されてしまったのだろうか?


 『オールクラフト』を意気揚々と駆使し、調子に乗りすぎて、暗殺者的ななにかの存在に気づいてなかった? 何者かに瞬殺されてしまった? そして次にこんな世界に転生してしまったのか?



 ――いや、それもない。おかしい。


 ――だって本当にまた死んだんだったら、もう一度あのハローワークに向かわなければならな……



 …………い……




 ……は…………ず………………




 ………………




―――――――――――――――――――




「――――きろっ! ――起きろッ!! シノブッ!!」


「――――!?」



 突如全身を揺さぶられ、一気にシノブの脳と体は無理矢理覚醒させられた。


「え…………!?」


 まだ頭がぼうっとしていて、夢と現実の狭間でふらついていて、なにが起こっているのか全くわからない。


 ただ、目の前に、シノブの肩を激しく揺さぶるエルトロの白熱した顔があった。


「くそっ! 襲撃だっ! これまでアシュ族にここが見つかったことなんてないのにっ! どうして!?

――くそっ! シノブ! 早く逃げる準備を!!」





【残り 00時間11分34秒】


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