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7 【残り 24時間00分00秒】

「オイオイ見ろよ相棒。このご時世にヒトが無防備に寝てやがるぜ?」


「落ち着けヴォラス。例の勇者の伝説を忘れたか? かの勇者は死んだふりをして我らの偉大なる戦士たちを誘い込んだのだぞ」


「でもよう? こんなハゲたおっさんが勇者なわけないだろ?

なあ相棒、次は俺にヤらせてくれよ。朝からなにも食ってねえんだ! 肉と内臓をぐちゃぐちゃのミンチにしてジュースみてえにしてやりてぇんだ!」




 響き渡る粗暴な濁声で、津久井志信の意識は覚醒した。



 ――な……んだ……? 異様に体が重……というかなにが起こって…………?



 鉄門のように重たい瞼をなんとか開けると、そこには黄色い砂漠がどこまでも広がっていた。


 風が荒々しく吹きすさび、舞った砂塵が針のように志信の肌を刺していく。


 ――クロムザーやリファさんは……?

 

 なんだこの砂漠……? いくらなんでも砂漠なんて『クラフト』した覚えはない。一体ここは……


 しかも見たところ空は明るい。

 ついさっきまで午前0時を回るところで、松明の炎に照らされながら、クロムザーとリファと会話をしていたはずだ。


 いくら数時間もぶっ通しで『オールクラフト』を使っていたとはいえ、会話の途中で突然卒倒するほど体力は消耗していなかった。

 途中でステータスも確認したが、自分の魔力は10000も減っていなかった。



「お、ヴォラス。『お食事』が目を覚ましたようだぞ?」


「げへへ。いいねぇ? 意識のあるヒトの方が美味ぇからなあ?

おいオッサン、行き倒れか? 今から俺たちが楽に――いや、楽には死なせてやれねえか? グッハッハッハァ!!」


 乱暴で耳障りな声が、砂塵の向にうからどんどん近づいてくる。


 大きな影が、ふたつ――いや、大きすぎる影が、ふたつ――。


「ひいぃっ!?」


 その姿を目の当たりにした瞬間、本能が志信の全身を恐怖で突き動かした。


 尤も異様に全身が重かったため、体を引きずるようにして尻餅をついたまま無様に背後に転がっただけだったが。


 ――なんだあれ!? モンスターってやつか!?

 てか今の俺の声――


 五メートルはあろうかという体躯。

 全身の肌は緑色で、武骨な甲冑を纏っている。

 額には角が生え、白眼を剥き、巨大なこん棒のような得物を片手に握っている。


 それが二体。


 ゲームや漫画で見覚えがある――オーガやトロールといったモンスターに類似している。



 ――いや、望むところだ!


 なぜか体調が急に悪いし、なんで急にこんなことになってるのかもわかんねえが……


 俺の最強チート魔法を試すチャンスだろう!? どうせ醜悪なモンスターだ! 焼け焦がしてしまっても犯罪にはならねえだろ!



「――『災火サイカ』ッ!!」



 覚悟を決め、志信は先ほどステータスで見た『火炎魔法』最高峰と思われる魔法――『災火サイカ』を惜しげもなく唱えた。


 クロムザー曰く災害級の魔法らしいが、恐怖と焦燥に駆られた志信にはすぐに他の魔法は思いつかなかった。



 ――――!?



 しかし、魔法が発動する様子はなかった。いや、それよりも――


「なんだァ? 魔法かなにかか? なにも起きねェけどなあ?」


「ククッ、たとえ起きても無駄だがな」


 ――おかしい――おかしい――おかしい――!


 志信は慌てふためき、あの「懐中時計」 を探した。


 時計はポケットの中にあった。ボロ布のローブのような服の、 ポケットの中に。


 自身の体をまさぐっている最中でとっくに気づいていたが、この体は――この声は――



 もはや〝天才魔法使い美少女エルフ〟のものではない。



「そ……んな…………!」



 懐中時計の金色の光に反射している志信の顔は、美少女とは程遠い――小汚い中年男のそれだった。


 無精髭が無造作に生え、頭は禿散らかしているのに無駄に髪を伸ばしていてまるで落ち武者のようだ。


 ――これが、俺?


 馬鹿な。

 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なっ!!


 こんなことあっていいはずがない。これは夢だ。そうだろう?

 俺は異世界転生して、無事最強の美少女に転生して、あの平和でのどかな世界で、あの村の人たちとこれから共に暮らしていこうっていう流れだったろう?


 なんで――なんで、こんなことになってんだよっ!?


 まさか、逆にさっきまでのすべてが夢だったとでもいうのか。


 落ち武者のような汚い中年男に転生して、いま目の前のオーガのような化物に殺されようとしている――これが己に課せられた本当の運命だとでもいうのか。



 それでも。


 それでも一度、あんなにも甘い夢を見てしまった志信には、この現実は到底受け入れられない。



「『能力可視テタス・デジ』!」


 ステータス表示の詠唱。

 反応はない。

 志信の呼吸はどんどん荒くなる。


「『能力可視テタス・デジ』! 『能力可視テタス・デジ』っ!」


 反応はない。


「オイオイ相棒ォ? このオヤジ、ハゲた勢いで頭もおかしくなっちったんじゃねェか? 魔法すら使えねェのになんか唱えてやがるぜ?」


「フン……見るに堪えないほど滑稽だな。ヴォラス、お前に譲る。一人で食っちまえ」


 下卑た笑い声をあげながら、一体のオーガが志信の方へ一歩を踏み出す。


 威嚇するかのようなその一歩は地響きを齎し、爆風の如き砂塵で志信は咳き込んだ。


 わからない。状況が全くわからない。


 なにが夢で、なにが現実で、なにが起きているのか。


 自分は最強のチート魔法使いじゃなかったのか。誰からも愛されるエルフの美少女ではなかったのか。


 疑問と絶望がせめぎあい、渦巻き、志信の体はその場にくぎ付けにされてしまった。


 恐ろしい怪物が近づいてくる。一歩一歩、なにか志信を小馬鹿にするような言葉を吐きかけながら、志信の恐怖を御馳走だと言わんばかりに嗤う。


「ゲハハッ! オラ! せめて汚ぇ悲鳴あげながら血と臓物ブチまけろやっ!! 死ねぇ!!」


 オーガが両腕でこん棒を振り上げる。完全に呆けてしまった志信にはもはや身動き一つできない。

 

 ――これは悪い夢――夢――ゆめなん、ダ――……



「――おまえっ! こんなところでなにをしているっ!」



 運身の力で振り下ろされたこん棒は、志信ではなく砂漠を抉った。


「なにィ!?」


 オーガはすかさずこん棒を再度振り上げる。


「こんな砂漠のど真ん中に一人でいるとは……自殺願望者か? 違うというのなら首を横に振れ! 振らないのなら助けない!」


 志信の体は、一人の少女に抱きかかえられていた。


 大の男が――先ほどまでは十歳の少女だったはずだが――それこそお姫様だっこの形で。


「……ちっ…! 早く答えろ! 死にたいのか!?」


 頭にターバンのようなものを被った少女は、鋭くも凛とした眼差しを志信に向けた。


 わけもわからず、志信はなにも考えずに首を横に振った。


 それが合図だった。


 少女は志信の体を抱えたまま風のように身を翻し、砂漠を駆け出した。


「ゲカカッ! ヒト風情が俺らから逃げられると――」


「待て! ヴォラス!」


「――? 相棒! なんで止めるんだよ! 確かにあの小娘すばしっこいが――って、ア?

……嘘だろ……もう見えねえ……」


「……ターバンを巻いた碧髪の娘……俺もはじめて見たが……あの伝説の勇者の子孫だ。それにあの男……なにか妙だ…………。

ヴォラス! すぐに首都へ戻るぞ! 『老師会』へ報告だ!」




――――――――――――――




 少女は志信を抱きかかえたまま少しも休むことなく駆け続け、砂漠を抜けていつの間にか鬱蒼としたジャングルに風景が変わっていた。


 その間、志信はなにも考えることができず、目まぐるしく過ぎ去っていく風景と少女の顔をただぼうっと挑めていた。



 ただただ、これが悪夢なら早く目覚めてほしいと思っていた。

 美少女のエルフなんてわがままはもう言わない、せめて元居たあの平和な日本に――



「お前、名前は?」


 少しも息を切らさずに、少女が尋ねる。


「……シノブ」


 何度聞いても、耳を塞ぎたくなるほど汚い男の声だった。


「……初耳の名前だね。このへんで私が知らないヤツなんていないと思ってたけど……。

自分の名前がわかるってことは気が触れてるってわけでもなさそうだね」


 少女は少しだけロ元を緩めた。そのわずかな表情の機微で、シノブは少女がその気丈な立ち振る舞いに反してまだまだ幼いであろうことに気づいた。


 おそらく、十五歳前後だろうか。


「君は……ここは……」


 ……聞きたいことが多すぎる。言葉がうまく出てこない。

 ただ、どうやら残念ながら夢ではないようだ。


「私のことがわからない? 記憶の混濁か、それとも……

私は、エルトロ。『勇者ダムス』の子孫って言っても……わからないのかな?」



「……勇者……ダムス?」



 知っているはずがない。

 が、なぜだろう、どこかで、聞いたような気も…………


「それにしてもお前、まさかアシュ族のこともわからないとか言うなよ?

あんな砂漠のど真ん中にいくなんて、アシュ族のエサになりたいって言ってるようなもんだぞ。

シノブ……だっけか。自殺願望でもないんなら、あんなとこでなにしてたんだよ?」



 ――アシュ族。



 その言葉が耳に入り、脳に到達した瞬間、シノブの脳は壊れるんじゃないかと思うほどに揺さぶられた。


 ヒュンッと呼吸が止まり、息ができなくなり、気が遠くなっていく――。



「あの、こ、この世界って、名前は――」


「え? 世界の名前? そんな質問生まれてはじめてだよ……。お前完全に記憶喪失か……。

ここは『ゼ・ルドー』。何百年もアシュ族に支配され続けてる最悪の世界だよ」



 あの悪趣味ハロワの職員、シュピノの言葉が脳裏を巡る――




「資料にある通り、所詮は自分の『徳』を積むだけの使い捨ての転生先と思っていただければ。

一応、ここでちょー努力して、 ちょー強くなって、アシュ族の反感を買って、アシュ族五体と交戦するまでに至った『勇者ダムス』には死後Cランクの転生先を紹介させていただきましたよ?」



――――――――――――――



ランク【F】 固有世界名〝ゼ・ルドー〟


■基本情報

所属:宇宙外世界・内角群・日本支部管轄

基本基準安全度:E

支配種族:巨人型

文明レベル:C

資源レベル:D

異能レベル:C


■転生情報

種族:ヒト

性別:男性

年齢:26歳

容姿:E

性格:D

財力:C


■概要

「アシュ族」と呼ばれる巨大魔人族が長年に渡って支配を続けている世界。

アシュ族の知能レベルは地球でいう12歳〜18歳くらいの一般的な人間と同等とされているため政治・治安・財政などは全く安定していない。


アシュ族の絶対的な力と彼らの無尽蔵な賛沢により、滅亡は100年以内と目されている。

いわゆる人型や魔法使い、魔法生物なども存在するが、アシュ族にかすり傷一つつける魔術すら確立されておらず、アシュ族以外への転生はオススメできない。


が、万が一にでもこの世界で一定の活躍が見込めれば、次転生する時はよりランクアップした転生先を斡旋してもらえるかもしれないぞ!☆



――――――――――――――





【残り 23時間41分49秒】


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