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5 夜が明けて、昂揚

「とりあえず今夜はもう遅いし、小さな子をこんな夜中まで付き合わせるなんて医師失格だから詳しい話は明日させてもらうね。

今日はゆっくり休んでね。明日昼頃に迎えにいくよ」



 と、クロムザー医師が部屋を去る時言ってくれた通り、翌日、懐中時計が十三時を指すころに彼は病室にシノブを迎えにやってきた。


 クロムザーは今日は非番なのか私服で来ていたが、もう一度シノブに『能力可視テタス・デジ』を唱えさせ、体カやステータスに異常がないかを確認した。


 やはり医師として入院したばかりの患者を連れ出すことに若干の懸念と心配があったのだろう。

 シノブの数値に問題がないことがわかると、クロムザーは安心したように優しげな目を細めた。



 ――それにしても、この懐中時計はどうなっているのだろう。



 クロムザーに連れられて草原の一本道を歩きながら、シノブは手の中の懐中時計をまじまじと見つめた。

 ちなみにパジャマで外出するわけにもいかないので、服は病院からワンピースを拝借した。

 足元から胸元まで風が入り込んでスースーする感覚は……初めてである。


 ――この時計、どう考えても地球……日本時間に合わされてるよな。


 十三時は昼。だけど、このグリンパウルって世界だとまた時間の概念が違うらしい。さっきそれとなくクロムザーに尋ねてみたが、


「昼? アンロル時からディアンロル時までだよ。まあアンロル時ぴったりだと昼って感じじゃないけど」


 と、わけのわからない回答をされてしまった。


 異世界なんだからあらゆる概念が地球と異なっていて当然だとは思うが、この時計はどうやら地球と同じ単位で針が動き、同じ概念で時間を示している。


 それに言語もだ。結局シノブのスキル関係には自動翻訳らしき能力はなかった。


 つまりこの世界の異能とはおそらく別次元で、異世界語と日本語が都合よく自動翻訳されている、ということになる。



 これもまた、〝異物〟であるこの懐中時計を持ち込んだ影響なんだろうか……?



「しかしクロム、異世界からの来訪者も最近じゃ珍しくないけど、この子みたいな迷子は早く当局に届けないとマズイんじゃないの?」


 クロムザーの隣を歩く長い黒髪の女性が言った。そう、今日病室にシノブを迎えに来たのはクロムザー一人だけではなかった。


 クロムザーと同じ村出身の幼馴染で、名前はリファと言う。クロムザーはシノブに彼女をそう紹介した。


「もちろんさ。明日には届けるよ、この子のためにもね。

異世界来訪者受け入れの条約が整ったのはここ十年以内の話だし、各関係機関を通して数百ものチェックを受けなきゃ政府も認可しないって聞くから、まさにシノブちゃんは『迷子』なんだと思うよ」


「わかってるんならいいけど……。ただでさえあんたの病院はワケありなんだから、こんなカワイイ子をいつまでも置いてたら大変よ? なにかあってからじゃ遅いんだから」


「わ、わかってるよ」


 どこか男勝りな口調のリファにクロムザーはたじたじのようだった。


 しかし、昨日宿泊した病院がワケありというのはどういうことだろう。別段不審な点は見当たらなかったと思うが、そこに突っ込むのはこの肉体の〝年相応〟ではない気がしたのでやめておいた。



「でも、リファには今朝話したろう? この子は本当に凄いんだ!

たった十歳で魔力が30000ってだけでもグリンパウル中を驚嘆させる大ニュースだけど、それより凄いのは『オールクラフト』のスキルだよ!」


 興奮するクロムザーはシノブの頭をぽむぽむと優しく撫でながら言った。


 中身が三十路男のシノブにとって、男からの愛撫など当然気持ちの良いものであるはずがないが、しかし改めて「今の自分はカワイイんだ」と自覚できるのでついニッコニコになってしまう。


 そんな経験、前の人生では一度もなかったから。


 美少女であることがこんなに幸せで誇らしいとは、 所詮人間は顔だということを改めて思い知らされる。



「それに加えて火炎魔法もマスターしてるんだって?確かに、いま私たちが欲してる力ではあるけどね……。でも、こんな小さくて記憶喪失の女の子を頼るなんてやっぱり少し気が引けちゃうわ」


「その件に関しても今朝話したし、村長ともきちんと話をつけてきたじゃないか。

それにリファだって賛成だったろう? シノブちゃんも力を貸してくれるって言ってくれてる」


「それはそうだけど……具体的になにをしてもらうかシノブちゃんにはまだ話してないんでしょ?」


「それは一度にー気に話すとこの子を混乱させちゃうから……」


 ふう、と呆れたようにリファが息を吐く。



 三人は草原を抜けていつの間にか緑豊かな森林に足を踏み入れていた。


 ここまでいまいち話が見えてこないシノブは、自分のこのチートスキル(おそらく)で二人が一体なにをしたいのか、具体的に尋ねてみた。


「『オールクラフト』はね、クラフト系スキルの最上級なんだ」


 まずはスキルの説明を、とクロムザーが答えた。


「クラフト系スキルは、物質を変形させたり、繋ぎ合わせたりして、全く新しい物体を作るスキルだ。

初級の『ランドクラフト』だと土や泥を組み合わせることくらいしかできないけど、最上級の『オールクラフト』ともなると文字通り扱えない物質のが少ないくらいなんだ。


君のいた世界には大工さんっていたかな?

木材を強固に組み合わせて家を造る職人たちなんだけど、それを魔法の力で、あらゆる素材を糧にやってのけちゃう感じだね」



 なるほど、『クラフト』 という響きからなんとなく察してはいたが、やはりそういうスキルか。


 シノブのいた現代日本でもそういうクラフトゲーム……箱庭ゲーなどとも呼ばれていたが、かなりの人気を博していた。もちろんシノブもやり込んだことがある。


 自由に素材を組み立て、自分の世界を創造することができるため、無限にやれてしまう時間泥棒のようなゲームだ。



 ――うーん、でもチートスキルにしてはいささか地味なスキルのような……?

 いや、でも、得てしてこういうものか。逆にこういう地味な能力の方が「実は」超有能で超使えるスキルだったりするんだよな! ククッ、お約束お約束♪



「もう一個の『火炎魔法マスター』は、その名の通りあらゆる火炎魔法をマスターした証のスキルね。

私の知る限りだと、かつてのルイヴァース様以外ではテンメンツ魔法学院の一部の教授たちしか会得してないスキルだったかしら」


 次に、『火炎魔法マスター』スキルについてリファが説明を始める。


「疑うわけじゃないけど、他人のステータスを見る術は私たちにはないから……。

シノブちゃん、『スキル開示(オプ・ルス)』って詠唱してみてくれる?」



「……はい。―― 『スキル開示(オプ・ルス)』」



 言われた呪文を唱えると、昨日のように白い閃光とともに青いウィンドウが空間に表示された。

 ……いつ見てもワクワクする演出だ。


「その中のあなたのスキル――『火炎魔法マスター』をタッチしてみて」


 なるほど、このウィンドウはタッチパネルになっているのか。


 いわば宙に浮かぶタブレット端末。シノブは手慣れた仕草でリファに言われたとおりの箇所をタッチした。


 すると、文字列が縦にずらっと並んだウィンドウが別窓に現れた。


「火炎魔法をマスターしてるはずならすべての火炎魔法が表示されてるハズ。どんな魔法があるかしら?」


「えーと……『フレイア』『ラ・フレイア』『ドン・フレイア』……『狐火』とか『不知火』とか、あと、リストの一番下は『災火サイカ』ってあります」



「『災火サイカ』――!! ま、間違ってもそれ唱えちゃだめだよっ!!」


 リファだけじゃなく、クロムザーも口を揃えて大声をあげるものだからシノブは立ちすくんでしまった。


「え、えと……?」


「ああ……びっくりさせてごめんね。間違って『災火サイカ』なんか使っちゃったら、この森どころか周辺まで焼け野原になっちゃうから……」


「でもリファ、これで決まりだろう? やっぱりシノブちゃんはすべての火炎魔法をマスターしてる。そして使いこなすだけの魔力も十分すぎるほどだ。

ワクワクしてこないかい? この世界の明るい未来に」


 クロムザーは両手を広げて快活に笑った。リファも苦笑しつつ、期待しているような表情を浮かべた。



 ――いやいや、誰よりもワクワクしてんのは俺だよ……!

 『災火サイカ』?

 この世界でも一握りの魔法使いしか会得してないチート魔法だって?


 クックッ……俺がそれを使えるとわかった時の二人の表情といったら…………いやもう笑いが止まらないよ。


 早く試してみたいがどうやら災害級の魔法のようだからね、今は我慢しておこう。


 ああ、そういえばクロムザーはここは平和な世界だって言ってたけどモンスターとかいないのかな……。


 早く火炎魔法ブチこみてええ〜〜っ!!





 意気揚々と歩を進めるシノブだったが、今この瞬間も、〝タイムリミット〟が刻一刻と迫っていた。





【残り 10時間30分07秒】


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