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4 ステータスとスキル

「んっ? お嬢ちゃん目を覚ましたのかな? ちょっと失礼するよ――ってうわ!」


 独り言が病室の外にまで聞こえてしまっていたのだろう、病室のドアがガチャリと開いて、一人の青年が部屋に入ってきた。


 青年は志信の姿を見るなり、慌てた様子で腕で自らの目を覆った。


「な、なんでパジャマのボタン外してんのさ! いくら子供とはいえ――だめだよ!」


 ああそうか、自分の体を確かめるために上着のボタンを全部外したままだった。

 さすがに幼女の体だし、自分自身の体だし、この膨らみかけの胸に志信は変な欲情を覚えることはなかったが、この青年の言う通り見せびらかすものでもないだろう。



「……えーと、ここは……?」



 慣れない女の子の指先でパジャマのボタンを閉めながら、目の前の青年に尋ねる。


 ここは間違いなく異世界。そして自分は間違いなく異世界転生者。

 まずは自分の置かれている現状を正しく把握する必要がある。


「ふう。見ての通り病院だよ。君は近くの森で倒れてたんだ。ケガも全くなくてよかったよ」


「……俺――じゃない、わ、わたし、どれくらい寝てたんですか?」


「一時間くらいかな、病院に運んでからは。一体あんな森で一人でなにしてたんだい?」


「いや……あはは……ちょっとうまく思い出せなくて……」


 苦笑いでごまかしながら、志信は懐中時計にちらりと目を落とす。


 時計の針は、1時20分を指している。外は暗いし、地球と同じならば夜中なのだろうが……


 ――いや、待て。


 ハッとなって、志信は青年の方に向き直った。


「あの……わたしの言葉、通じてます? 日本語……なんですけど」


「? どういう意味だい?」


「いや……わたしどうも記憶が錯綜してるみたいで」


 言ってから、「錯綜」という言葉はこんな少女が使う言い回しじゃないな、と思った。

 けれど、そもそもそれ以前の疑問が、ある。


「変な質問だったらごめんなさい。ここ、『地球』ですか?」


「チキュウ……? 聞いたことな――……いや……ああ、もしかして君……」


 青年はなにか合点がいったらしく、ぽむと手を叩いた。



「ここは『グリンパウル』。とても平和で魔術が発展した世界だからね、異世界からの来訪者っていうのも近年ではあったりするんだよね。君も、どうやらその類かな?

……それにしてはグリンパウル語が堪能だし、僕の言葉も聞き取れてるようだけど……」


「『グリンパウル』……」



 やはり地球ではなかった。


 自分は明らかに使い慣れた日本語を話しているし、それがこの青年に通じているし、なにより青年の言葉も志信には日本語にしか聞こえない。


 だからこそここがまだ『地球』であることを疑ったのだが、どうやらそういうわけではないらしい。


 だとしたら、これはまるで。


 ――まるで、言葉を発した瞬間、一瞬で自動同時通訳がなされているかのような――


「……もしかしたら、そういう魔法があるのかな? 僕は人間の医者だからあまり魔法は詳しくないんだけど。

グリンパウルも平和になってどんどん異世界からの旅人が増えてるらしいから、言語の違いで意思疎通ができないのを防ぐための翻訳的な魔法があるのかな。

うーん、でも、君は記憶喪失のようだし、今魔法使ってるわけでもないのか……不思議だなぁ」


 青年は首を捻った。

 今医者と名乗ったが、確かに彼は白衣を纏っていた。


「あっ、でもそうだ。自分がどういうスキルを使えるのかすぐにわかる〝詠唱〟がこの世界にはあるよ。

君見たところエルフのようだし――あっと、自己紹介が先だよね。僕は医者のクロムザー」


「……えっと……シノブ、です」


 すぐに偽名も思いつかなかったので本名を名乗ったが、男とも女ともとれるこの本名は便利かもしれなかった。


 まあ、このグリンパウルとかいう世界で日本の名前 の語感が直接男女を区別しうるもののはずはないが。



 どうやらこの世界では異世界転移――もとい異世界からの来訪者という存在自体は珍しくないようだが、恐らくシノブは異世界『転生』である。地球で突然死した津久井志信がこの世界で生まれ変わったのだ。


 元から存在していたこのエルフ型の少女の魂に自分が転生したのか、それとも無から転生したのか――わからないが、今あまり気にすることではなさそうだ。



「シノブちゃんか。エルフなら誰でも魔法を使えるんだけど、君がいた世界では魔法ってあった?」


「……うーん、あったとは……思います」


 クロムザーと名乗った若い医者は「ふむ」と顎を手で擦った。


 どうやら、やはりシノブはクロムザーから見てもエルフの姿をしているらしい。


 きっとこの世界に順応する存在として転生できたのだろう。

 少なくともあのシュピノとかいう女職員が提示してきた資料を見る限り、その世界に元から存在している種として転生が行われるのは間違いない。


 無論、ナントカって世界のナントカ族とかいう巨人に蹂躙されるだけの種に転生なんて御免だから、あの時シノブは我武者羅に抵抗してみせたのだ。


 そしてその抵抗はきっと大成功に終わったのだ。


 なにしろ今シノブは――Aランク級美少女エルフとしてここに息づいているのだから。



「じゃあシノブちゃん、一回『能力可視テタス・デジ』って詠唱してみてくれる?」


「……えっと……? て、てたす……?」


「『能力可視テタス・デジ』。自分の能力値を空間に表示する詠唱術だよ」


 ――なに――!?


 〝能力値〟に〝空間表示〟だって――!?


 様々な疑問も吹っ飛ぶほどにシノブの胸は激しく躍った。

 クロムザーの言うことが本当ならば、それはまさにゲームのような『ステータス表示機能』ではないか。



「『能力可視テタス・デジ』」



 はやる気持ちを抑えながら、シノブは言われるがまま呪文を詠唱した。



 するとどうだ。



 目の前が一瞬白くフラッシュしたかと思うと、間髪入れずにシノブの目の前の空間に青色のウィンドウが出現し、そこにシノブのステータスが白い文字で表示されたではないか。



――――――――――――――



名前 ツクイ・シノブ

年齢 10

種族 エルフ

体力 80/80

魔力 30000/30000

攻撃力 23

守備力 16

敏捷 89


■取得済スキル

・火炎魔法マスター

・オールクラフト



――――――――――――――



 シノブは感激のあまり絶句し、そして鳥肌が抑えられない。


 ――これだ……!!


 なにやら高そうな魔力!! 凄そうなスキル!! ステータス表示!! テレビゲームのような世界!!

 これだよまさしく俺が求めていたのはっ!! これこそ、異世界転生の醍醐味じゃあないかっ!!



「シノブちゃん?」


 クロムザーが心配そうに歩み寄ってくる。


 どうやら、感動のあまり涙ぐんでしまっていたらしい。 シノブは慌てて無邪気な笑顔を作った。


「どうやら『能力可視(テタス・デジ)』が無事使えたようだね。その画面は詠唱者にしか見えないから、まず医者の立場として聞くんだけど、『体力』はどうなってるかな?」


「えーと……80ぶんの80? って表示されてます」


 当然、画面に表示されている言語も日本語だ。この世界がシノブに合わせてくれてるとしか思えない都合のよさだ。


「よし、それなら大丈夫だ。体力満タンってことだからね。ステータス異常の表示もないよね?」


「はい……たぶん」


「じゃあ問題なく健康体だ。明日退院できるだろうね。……といっても身寄りがわからないのか。

困ったね……異世界からの来訪者となると、誰か一緒に来た人でもいない限りこの世界に知り合いはいないだろうし……」


「あの」


 自分が健康体でこの世界に身寄りが(たぶん)ないこともわかっている。

 そんなことよりもシノブは、いま目の前で神々しく輝いているゲームのような画面に夢中だった。


「俺――わたし、魔力30000って表示されてるんですけど、これって普通ですか?」


「えっ、さ、さんまんっ?」


 クロムザーは素っ頓狂な声をあげ、眼鏡がずり落ちかけた。


 思った通りの反応。シノブは卑屈な笑みに唇が歪みそうになるのを必死にこらえた。


 ――いや、だって、他のステータスと比べたら明らかに異常な数値じゃん?

 これいわゆるチート的な能力値でしょ? やっば、ほんと興奮してきた! ははは。


「ほ、ほんとかい? それ……! ゼロ一個間違えてるとかじゃない? いや、3000でも凄いけど……!」


「いえ……30000ですね?」


 ちょっと得意そうな口調になってしまった。


「いやはや……これは間違いなく〝天賦の子〟だ……! かつて邪神を滅ぼしたホーリーエルフ・ルイヴァース様も幼少のころから魔力が数万あったと言われているが……

それとも君がいた世界では当たり前の数値なのか……? いや、どっちにしろテンメンツ魔法学院に連絡を――」


 クロムザーはなにやらぶつぶつと、シノブにはわからないこの世界の専門用語を並び立てている。

 わからないが――、しかし、自分自身が天稟の才を持って転生したことだけはわかる。このクロムザー医師の狼狽ぶりを窺えば。


「クロムザー先生? あと、取得済スキルに『火炎魔法マスター』と『オールクラフト』っていうのがあるんですけど、これについてなにかご存じですか?」


「…………なあああああっ!?」


 クロムザー医師は叫びながら尻餅をつき、眼鏡が床に落ちた。

 思った以上の反応を見せてくれて、シノブは大満足だった。――いやあ、だってこれもわかるじゃん? いかにも凄そうなスキルだってのがサ!


「し、信じ難いな……! き、君が〝天賦の子〟なのか、それとも君のもといた世界が規格外なのか……!」


 息も絶え絶えといった様子で、ふらふらクロムザーが立ち上がる。


 彼は息が整うまでの間しばらくシノブを見つめ、それから「ふむ」となにやら思案している様子を見せた。



「…………どちらにしろ学院長や当局への報告義務はあるが……急ぐこともない、か……」



「……あの……?」



 なにか彼が迷っているような表情をしているので、シノブは少し気になった。



「……シノブちゃん、とりあえず行く当てもないだろうし、しばらくはこの病室を貸し切らせてあげよう。院長には僕が話しておく。なに、君のステータスを伝えれば大金を積んででも君にいてほしいはずさ」


「はあ……」


 シノブはわからないふりをしたが、凄まじい己の才能を買ってくれているということはありありと伝わってくるので良い気分しかしなかった。


「代わりといってはなんだけど、君の魔力とスキルを見込んで、一つだけお願いがあるんだ。この世界『グリンパウル』 は大戦後の大きな傷跡をまだ抱えたままでね……。

君が力になってくれたらこの世界にとってこれほどうれしいことはないんだ」


 クロムザーは目を輝かせてシノブの手を握った。

 手の中の懐中時計が、カチャン、と軽い金属音を立てた。



 ――はあ……まったく声も出ないぜ……素晴らしすぎてなあっ!!


 俺のスキルとやらも試したいし、このにーちゃんの願いくらい喜んで応えてやるっての!


 どうやら俺の転生人生、決まったようだな?


 生まれついてのチート能力・チートスキルを駆使して美少女が無双する物語だっ!!


 クックッ、この懐中時計のおかげかどうかわからんが……俺の人生ついに始まったぜっ!!




【残り 22時間22分46秒】

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[気になる点] 懐中電灯が動いているなら、 【残り 22時間22分46秒】 カチ、カチ、カチ て言う感じにした方が、時間が迫って来ているのが実感できて臨場感が増すよ。
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