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37 不死の声

「――馬鹿な」


 絶望的な状況を理解したのか、それとも理解すら追いついていないままパニックに陥ったのか、最初に声を絞り出したのはスレイの方だった。


「貴様、き、貴様、オイ、ケダモノ野郎、な、なんて言いやがった? す、すべて声が漏れてるだって? そ、外に――?」


「ああ。いまこの瞬間の会話だって筒抜けだぞ。だからお前さんはもう無駄に口を開かない方が身のためだぜ? 少しでも保身を図るならな?」


「敵国風情がよくもそんな生意気な口を――」


「黙りなさい! スレイ!」


 サロゼルフの忠告を無視して無謀にも口論を続けようとするスレイに、イーアザッドがぴしゃりと言い放った。


「その男のはったりである、という可能性は低いでしょう。少なくともそこの壁に刻まれた文字魔法は、その男の説明通りの効果が発揮されてると警戒すべきですわ。ここで感情に任せて不用意に乱暴な言葉を繰り返すのは利口とは言えませんことよ、スレイ」


「イーアザッド会長……」


 透明の姿のまま、サロゼルフは小さく息を吐きながら腕組みをした。


 思った通り…………イーアザッドは冷静だ。この状況を突きつけてもなお。こちらの言葉を理解し、圧倒的不利な状況に陥っていることを理解した上でなお、だ。


 この冷静さは、「こんな状況なぞどうとでもできる」という世界最強の魔法使いとしての自負……絶対の自信の顕れだろう。


 ――そしてそれは根拠のない自信でもあるまい。だが――


「随分冷静なんだな、会長サンよ。もう今更繕っても無駄なんだぜ?

あんたらのこの牢屋に来てからの発言、そのすべてがあんたらの熱愛――禁断の愛を証明しちまってる。なにより本人たちの発言だからな。今更否定のしようもあるまい」


「それはどうかしら?」


 イーアザッドも腕組みをし、あくまで冷静沈着な佇まいを崩さない。


「これでもワタクシ、イマジェラで最高峰の魔法使いですの。ですから、たとえ古語――『ハイク』という失われた言語だとしても、それが文字魔法である限りどの程度の(・・・・・)効力なのか(・・・・・)文字を見ただけでなんとなくわかってしまうの」


「ほう? その割には、先程まであそこの『ハイク』がどういった効果なのか分からず焦っておられたようだが?」


「ええ、効果そのものまではわかりませんからね。しかし、あなたから効果を聞いてしまえば、ワタクシくらいになるとそれがどの程度の効力なのかすぐにわかってしまいますわ」


 勝ち誇ったように口角を釣り上げるイーアザッド。しかし、サロゼルフは声のトーンを崩さない。


「なるほど? では会長サン、あなたの見立てでは、『五月雨を あつめて早し 最上川』はどの程度の効力であると?」


「大きく見積もったとしても、精々ハーゾフ監獄の敷地内程度でしょうね。まあ、それでも十分ご立派ですわ? 壁に文字を刻んでおくなんて、それだけでも魔法の効果が落ちそうなものなのに、この広い監獄にまで影響を及ぼしますとはね?」


「会長! それではっ、我々の声が筒抜けというのは――」


「ええ、本当でしょう。この状況で看守どもがここに駆けつけてこない時点でお察しですわ。しかし、安心なさいスレイ。所詮はここまで」


 イーアザッドはスレイと力強く目を合わせ、そして優雅な仕草で金の巻き髪をばさりと払ってみせた。


「ここの看守どもにはワタクシたちのことはバレてしまったでしょう。しかし不幸中の幸い、ここの看守どもだけです。

どうとでもなりましょう。いくらでも口封じができますし、ちょっとご褒美と権限を与えればすぐワタクシに跪くでしょうし、そうでないものは殺してしまえばいいだけですわ」


 平然と倫理観のかけらもない発言をするイーアザッドだったが、それを聞いたスレイは狂喜乱舞した。


「さっ、さすがはイーアザッド会長様!! なにも問題はございません! そもそもここは母の管理下、そして僕の私有地といっても過言ではございません! 如何様にもできますとも!」


「ふふ、その通りですわ。所詮は野蛮人と落ちこぼれどもの劣等脳みそが必死に考え巡らせた杜撰な計画ということ……。

どうかしら? 否定の余地はございますか? ノットラックスの者よ」


 鉄格子越しの、勝利を確信する二人の笑み。

 それをしばらく見交わしたあと、サロゼルフは大きく溜息を吐いた。



「……さすがだな。認めるさ、会長サンの見立てどおりだ」


 そう言った途端、スレイが発狂しかけたかのような勢いで――一応看守には声が届くというのに――怒涛の如く言葉をまくしたてた。


「ハハハハハハっ!! ざまァーーみろっ!!

くだらない! まったくくだらないっ!! これが下賤の民と高貴な民の哀れなほどの格差だっ! なんだ? お前らは無謀にも僕らのスキャンダル拡散を狙ってたのか? ここに閉じ込めて、おかしな魔法で声を外に届かせて?


やはり無様だなっ!! 壁に刻める文字魔法だかなんだか知らないが、それがこの敷地内程度の範囲なら、あっという間に僕と会長の権力で揉み消して終わりだっ!

仮に奴らが反逆してここを逃げ延びて僕らを告発することになっても同じだ! 所詮は声! 証拠なんかどこにも残ってない! 告発した時点でそいつの人生は派閥に押しつぶされて一族ごと終わりだっ!


ハハハハハハっ!! 愉快だ! 愉快ですね! 勝ち誇ったやつらの鼻っ柱をへしおって絶望させるのは! ククク、でも絶望はこんなもんじゃあないですよ? 貴様ら野蛮人とルーメとあのシノブとかいう男にはありとあらゆる苦痛を伴う拷問を――」



「――あー、はいはい、わかったわかった。あんたが今凄く気持ちいいのはわかったから。俺ももう仲間と合流してここを出なきゃならないからさ、最後に一つだけ教えてやるな」


 サロゼルフは全く動じていなかった。なにせさっき彼自身が言ったように、これまでの事態は「イーアザッドの見立て通り」であり、そして計画通り(・・・・)でもあったからだ。


「確かに、会長サンの言う通りだ。その文字魔法だけじゃせいぜい看守どもに声を届かせるので精一杯だ。それをルーメ嬢がきちんと分析できていた。その上でそれだけで十分なんじゃないかってな。まったく、どこまでも温情が過ぎるぜあの姫は」


 余裕綽々に語り出すサロゼルフに、イーアザッドもスレイも高笑いをやめた。


「でも、そんな甘っちょろいことは言ってられない。この敷地内にあんたらのスキャンダルをバラすだけじゃあ揉み消されるのが目に見えていたからな。

そこで、ちょっとその『ハイク』にプラスアルファを施すことにした。俺の不死魔法でな」


「不死魔法――ですって?」


 想定外の言葉だったのだろう、イーアザッドは長い睫毛がすべて逆立つくらいに目を見開いた。


「そうだ。あんたらは最初から不死魔法をみくびっていたな。その牢屋の中でも使えるのがいい証拠だ。まあ実際、あんたらは正しい。俺たちの不死魔法はノットラックスを延命させるもの以外のなにものでもない技術だ。不死魔法一つ使えたところで、誰かを攻撃することもここから脱獄することもできやしない。

――ただ――俺も知らなかったんだが、文字魔法と掛け合わせることができる」


「掛け合わせる――?」


「そうだ、不死魔法による声の活性化――『不死の声』とでも名付けようか。その文字魔法に俺は声を活性化させる不死魔法を付与した。本来なら声の通りを良くする程度しか使い道のない不死魔法だ。

だが、魔法をかけてすぐ、ルーメ嬢は驚いていたよ。『不死の声』が宿ったその『ハイク』は、雨の如く取り込む声の量も濁流の如く外に流す声の量も、格段にパワーアップしているとね」


 そこまで告げたところで、ようやく事態を理解したのか、イーアザッドは今にも吐きそうに顔を青ざめさせ、両手で口を塞いだ。まるで、もう決して一言も喋らないとするかのように。


 しかし、スレイはまだ食い下がった。


「は、はぁっ!? よ、世迷言をっ! そんな戯言に騙される僕と会長だと思うのか!?」


「別に、お前さんが信じようが信じまいがもはや俺には何の関係もないさ。さすがにイマジェラ国中ってわけにはいかないが、この牢獄の一番近くにある都市全体には少なくとも届いてるだろうな。今頃町中が大パニックだろう」


「だ、だから馬鹿を言うなと言ってるんだっ! くだらない! 都市全体に僕らの声が届いてるだと!? そんな――そんなこと、ありえない! あってはいけない! しょ、証拠を見せろよ! 証拠を――」


 証拠なぞ、ここで待っているだけで自ずとやってくるだろう。サロゼルフはそう言いかけてもう踵を返そうとしたが、謀らずも〝証拠〟がやってくるのが見えた。


「スレイ・ロック様――!? こちらにいらっしゃいましたか! なぜ牢屋の中に――!? え、そちらはもしやイーアザッド会長――!? ならばやはりさっきから頭に響く()は――」


 十名ほどの女看守たちが、廊下の向こうから酷く慌てた様子で駆け寄ってくる。透明人間になっているサロゼルフには、彼女らは当然気づかない。


「お、お前たち! いいから状況を話せ! いいか、お前らが僕と会長の話し声を聞いたというのなら、それはまやかしだ! 脱獄犯の仕業だっ! 僕と会長を貶めようとする卑劣な――」


「スレイ!! もう、もう、これ以上口を開くのはやめなさいっ!!」


 優雅さはどこへやら、これまでにないほどの金切り声でイーアザッドが叫んだ。そしてそのまま鉄格子にしがみついているスレイをゴミのように跳ね除けると、鬼気迫る勢いで看守たちを睨め付けた。


「いいですか皆さん! なにを聞いたかは存じませんが――ワタクシはこのような下賤で劣悪で薄汚い男とは何の関わりもありませんわっ! 当たり前でしょう!? ワタクシはあの天下のイーアザッド・ユーマスですわっ! 何の利益があってクソの役にも立たない男なんかを愛すというのです!!」


「し、しかし――」


 突然のイーアザッドの登場、そして突然の発狂ぶりに、看守たちはたじろいだ。

 が、サロゼルフは見逃さなかった。やはり、()を聞いていたのだろう、彼女らの表情は、徐々に驚愕から静かな蔑視へと変化していった。


「お、恐れながら、私たち看守ども全員が、お二人の会話を聞いております。それがたとえ何らかの魔法によるものだとしても、お二人がここにいるということは、先程の、あの、信じられない会話も――」


「そ、そんなのは敵を騙すウソの会話に決まっておりますでしょう!? いえ――もう関係ありません、あなたたちが信じようが信じまいがっ、あなたたち、このワタクシに無礼をはたらいて無事でいられると――」


「無事でいられるわけありませんよ! 私たちも! 会長もスレイ様も! お二人の声を聞いた都市の住民たちが先ほどからこの監獄に押し寄せてきてるのですよ!?」


「――な――」


「脱獄犯を追うどころの騒ぎではありません! 私どもも、階下の民衆と同じように混乱しております! あの気高く美しいイーアザッド会長が、男を愛していると? 男と密会していたと? ああ――なんという悪夢――」


 そう言って、その女看守はそのまま泡を吹いて気絶した。

 それを皮切りに、他の看守たちも口火を切った。そのほとんどが、この状況への焦燥――そしてイーアザッドへの落胆と失望と怒りの炎だった。


「い、イーアザッド会長……!? いま、僕のことをなんて……!? クソの役にも立たないと……!?

嘘……嘘だ……嘘ですよね!? 会長はたとえ天地がひっくり返っても僕のことをお見捨てにならないですよね!? 僕らの愛は永遠ですよね!?」


「だまれ! 黙りなさいと言うのがわからないのこの肥溜めがっ!! 声が漏れてるとわかってるのになぜまだ余計なことを喋る!? だから男は永遠にクソで阿呆で救いようがないと言っているのです!!

あ――皆様!? 聞こえておりますか!? この高貴なるイーアザッドの声がっ!! 今までのは全てこのクソ男、スレイ・ロックの自作自演ですわ!! 全てはワタクシを陥れるための卑劣な罠!! ですからどうぞ皆様冷静に行動を――!」


「違うっ!! 違う違う違うっ!!

なんでだ! なんでそんなことを言うんだっ! 僕はっ、僕はっ、会長の寵愛を一心に受けて、それで、それで!!

なんで、なんで、こんなっ、あああああああぁぁっ!!!!」


「黙れというのがわからないのかっ! この無能無価値無駄無用の劣等人種がっ!!」


「うそだあああああっ!! イーアザッドかいちょおおお!! うそだと、うそだと言ってくださいぃぃ!!」


 スレイはイーアザッドのドレスの裾に這いつくばり、しがみつき、これでもかと涙と鼻水をこすりつけた。

 そしてイーアザッドはそんなスレイをヒールで何度も何度も蹴りつけた。歯を食いしばって、美しさの微塵もない鬼の形相で。



「……潮時だな」


 誰にも聞こえない声で呟きながら、サロゼルフは今度こそ踵を返した。


 これですべて終わった。


 鉄格子の中で無様に罵り合う二人の姿は、まさに家畜以下。豚小屋以下の見世物小屋。その言い争いでさえもリアルタイムで大都市に配信されてしまっているのだから、もはやあの二人に救いはないだろう。


 すべての目的は達せられた。


 後は、同胞たちと、団長と姫の無事を祈るのみ。

 連絡は未だつかないが――しかし、あの『ハイク』が発動しているのならばきっと無事でいてくれているだろう。あの不死の声が宿った文字が、こうして虹色に輝いているのなら。



 未だ響き続ける醜い罵詈雑言の嵐を背に受けて、サロゼルフはその場を後にした。




 その後、彼はすぐにスタークスらと合流し、監獄からルーメとシノブの姿が消えていることを知る。


 戦士たちは一様に動揺したが、サロゼルフだけは違った。二人を探さなければ戦士の名が廃ると息巻く同胞たちに対し、いいからさっさと俺たちは脱出するぞと言った。



「お前らには聞こえないのか? 団長と姫の『不死の声』が」





【残り 10時間02分07秒】

更新遅れててほんとすいません。。

予定ではあと2話でイマジェラ編が終わるので、ここからはペース高めでまいります!

応援のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

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