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27 覚悟と誇り

 その後、騒ぎを耳にしたのであろう看守共が思った通り駆けつけてきた。が、スタークスが機転をきかせて仲間達と適当に言い争っている演技を始め、「またか。いい加減にしなさいクズどもめ。あたしらの仕事を増やさないでちょうだい」と女看守たちは呆れながらすぐに去っていった。


 何十年も幽閉されているからか、ノットラックスの戦士たちもさすがに煙の撒き方には小慣れているようだった。



 その後『夏草や 兵どもが 夢の跡』の魔法も解け、サロゼルフもようやく落ち着きを取り戻すと、シノブたちとの冷静な情報交換が始まった。

 ルーメも泣き止んでいたが、やはり年端もいかぬ少女にはやや恐ろしすぎる体験が続いてしまったからだろう、シノブの手を柔く掴んで離さなかった。


 ……女の子と手を繋ぐなんて。


 と、照れ臭い気持ちがシノブの中から消えることはなかったが、とりあえず牢屋に全員腰を落とし、円を作ってシノブたちは話し合いを始めた。



「――なるほど、話は大体わかった。イーアザッドめ、なにを企んでるかはわからんが相変わらずの横暴ぶりのようだ」


 シノブとルーメがハーゾフ牢獄に投獄された顛末を話すと、サロゼルフは深くため息を吐いた。


「サロゼルフは二十五年もここに幽閉されてたんだろう? あまり外の情報は入ってこないと思うんだけど、それでもイーアザッドの名前は有名なのかい?」


「ああ、奴らの残党狩りは常に水面下で行われているし、この牢にも最近捕まったばかりの戦士もいる。イマジェラの情報に関しては事欠かない。

それに、そもそもハーゾフ牢獄はイーアザッドの息のかかった監獄だ」


 ぴく、とシノブの指を握るルーメの手がかすかに脈打った。


「ユーマス家……イーアザッドの家柄だが、そのユーマス家と血縁関係を持つルインフォーク家ってのがある。

サラブレッドで常に政界の大御所に居座る老害みたいな家柄のようだが、現法務大臣のファリス・ルインフォークって女がこの牢獄の監獄長も兼任してる。

つまり、ファリスが監獄長の座にいる限りイーアザッドも好き放題罪人を捕らえては裁判なんて面倒な手順踏まずにそのまま牢にぶちこめるわけだ。――ただ、団長に姫、この二十五年間で初めてだぜ、あの女がそのコネを利用してハーゾフ牢獄に罪人をぶち込んできたのは」


 言いながら、サロゼルフはシノブとルーメを交互に見やる。

 団長と呼ばれることになってしまったシノブに対し、ルーメはなぜか姫と呼ばれるようになった。まあ確かに、先ほどの非礼をノットラックス戦士総土下座で謝る構図は、まるでルーメが高貴な姫のように見えもしたが。


 誇り高い彼らなりの流儀というものがあるのだろう。


「イーアザッドは暴虐で苛烈だが、最大派閥の長を務めるイマジェラ最強の魔法使いであるが故、プライドもとても高い。

故に、自らの身を貶めかねないような危険な橋は渡らない女だ。私利私欲で権力を利用してハーゾフ牢獄にオナゴをぶち込むなんて真似はこれまで聞いたことがない。俺たちが知る限りでは、だがな。

――姫、なにか心当たりはないのか?」


 サロゼルフがルーメに問う。ルーメは小刻みに、それでもベレー帽がずり落ちるくらいに、かぶりを振った。


「……確かに、男性隠匿罪と男性不正教授罪は犯しましたけど……でも誓ってテロ組織なんかじゃないですし、あそこを調べれば武器なんて一つもないのはすぐわかるはずです……。

他の生徒さんたちはこの牢獄に連れてこられてないみたいなのは幸いですけど、なんであたしとシノブさんだけ……」


「ケッ。そもそもその男性ナンタラ罪ってのが気に喰わねェ。我が祖国への反発から来てるらしいが、少なくとも俺らの国では女を差別してたわけじゃねェ。

ただ、女が生まれつき不死魔法を使えなかったってだけだ。そうなるとどうしたって男社会になるってもんだ」


 スタークスの言葉に他の戦士たちも一様に頷く。


「……話を戻すが、つまり心当たりはないってことか。

……ただ気になるのは、捕まる直前に姫が『アイクスオス文豪』を追放されてた件だな」


 サロゼルフは骨が剥き出しになっている顎をさすり、それから思案するように腕を組んだ。


「スレイ、って名前だったか。その男との男女交際を咎められたと」


「……はい、でも、スレイさんは本当にただの生徒さんです。もちろん彼がいなかったらあたしは文字塾を開こうとは思いませんでしたけど……」


 俯き、少しだけ居づらそうに目を泳がせるルーメ。

 イーアザッドらの襲撃を受ける直前、シノブも彼女からそんなような話を聞いていた。スレイとルーメは境遇が似ており、文字を学びたいのに学ばせてもらえない彼のために動き出したのがきっかけだったと。


「個人的な問題だから深く突っ込む気はないが、誓って交際していた事実はないんだな?」


「な、ない。ないですっ……」


 そうは言うものの、赤く染まる顔をぐいっとベレー帽を被り直して隠すその仕草で、交際していなくともルーメがスレイに好意を抱いていたということは容易にわかる。おそらくサロゼルフも察しているだろう。

 なんだか少し胸の辺りがキュッと痛む気がしたシノブだったが、それはさておき。


「でもよ兄貴、たとえ姫が男女交際してたとしても、そんな程度のことでテロまで疑われてハーゾフにぶち込むなんてことはありえねえぜ?」


「ああ。ただ、その男女交際の疑い程度でイーアザッドが直々に派閥追放を突きつけ、反論の余地も与えず、その日のうちにあらゆる手続きをスキップしてココに投獄だ。すべて段取りが決まっていたとしか思えんな。

……まあ、記憶喪失の団長はおそらく完全にイレギュラーで、ついでに投獄されてしまったのだろうが」


 ごめんなさぃ……と萎れた声でシノブに謝るルーメ。君のせいじゃない、とシノブは少しだけぎこちなさがほぐれた手でルーメの頭にぽむと手を置く。

 まだ色々なショックが抜けきっていないのだろうから仕方ないが、元気で明るい彼女には泣いてなんかいてほしくなかった。


 ――ルーメさんがイーアザッドに執着されてる理由、か。まるでこの投獄こそが目的であるかのような一連の流れ。サロゼルフの言う通りだ。


 確かに、そこに何らかの鍵がある気がする。それこそこの世界の《フラグメント》が。


 シノブには、たった数時間でここまでの事態に陥ってしまったことがただの偶然とは思えなかった。


 ……なんにせよ、まだまだ情報が足りない。


「少し話題が逸れて申し訳ないんだけど……ノットラックスの戦士が使えるその『不死魔法』っていうのは、具体的にどんな魔法なんだ?」


「申し訳ないだなんて、遠慮しないでくれ団長。あんたは俺らの枯れた魂に焔を灯したんだ。

戦士を鼓舞できるのは、いつだって長という存在だけ。どうも団長は自信なさげだ、もっと己に誇りを持ってよいのだぞ」


 そうだそうだ、と戦士たちが羨望の眼差しでシノブを見る。シノブは全身がむず痒くった。


 自信なさげ、だなんて、さすがにサロゼルフは鋭い。元々家に引きこもってしかいなかったシノブには、誰かの前に立つなんて経験皆無なのだから。


「話が逸れたな、我らの不死魔法だったか。起源は諸説あるが、古来より女が産まれることが極端に少なかった我が祖先たちが延命のために編み出した術が原型と言われている。

逆に、イマジェラは男がほとんど産まれない時代があったと聞く。それが文字魔法と不死魔法が〝対〟になっていると言われる所以だ。


女が少ないノットラックスでは不死魔法で男を延命させて国を維持した。

男が少ないイマジェラでは文字魔法で女同士で子供(・・・・・・)が作れるように(・・・・・・)した(・・)


「! 文字魔法で……!?」


 やっぱりか、とシノブはルーメを見つめた。

 女同士でも古来から子孫を残すことが可能だったからこそ、男が不要になり、絶対女王カムイハル一世とやらの圧政もあり、徹底的に男を排斥する現在のイマジェラが在るのだろう。


「現在でもイマジェラでは女同士の結婚しか認められていないようだな。まあ、そこは不死魔法を男にしかかけられない術とした我が祖先たちと大差はなく、我らにそれを非難する資格はないかもしれないが……少なくとも我らは女を差別しない」


 サロゼルフは真摯に満ちた眼差しでルーメを見た。

 ルーメは恐る恐るといった様子でこくんと頷いたが、先ほどルーメを襲おうとしていたサロゼルフ以外の戦士たちはバツが悪そうに「そ、そのとおりだ」と言葉を濁した。


 シノブが文字魔法で彼らの〝誇り〟を取り戻させるまではある意味抜け殻のようだったのだから、自暴自棄になっていたのもやむを得ないことかもしれないが。対するルーメも自らの国の横暴に罪の意識を覚えているのか、サロゼルフの話を聞くその眼は真剣だった。


「また話が逸れてしまったな。

……不死魔法は、簡単にいうと、特定の部位を不滅にする術だ。一番わかりやすいのは心臓や脳を不滅にする術だが、これらの術は高度過ぎて一部の長老しか使えん。もちろん俺やかつての団長にも無理だ。


だが三百年前の『否定戦争』の際、俺らの師団をはじめとする一部の師団員には長老からこの秘術がかけられた。

よって、俺らは死ぬことがない。何度も言うように、殺されれば死ぬがな」



「戦争なのに、戦士全員には不滅の術をかけなかったのか?」


「ああ。戦士としての格が高い者たちにしかかけられなかった。永遠の命を生きる長老たちは、無駄に生きる命の虚しさとやらを誰より知っておられたからな、いくら戦争とはいえ前途ある若者に不滅を与えることは極力避けたのだよ。

……ふふ、二百年余り荒野を彷徨い続けて、二十年以上もこの暗闇に幽閉され続けて、長老たちの懸念が身に染みた。無駄な命を生きることの耐え難き虚無がな」


「サロゼルフ……」


「案ずるな、団長。団長によってつい先ほど俺たちの虚無は祓われたばかりだ。

この胸躍る高揚……魂……誇り……気概……なんと懐かしく心地良いことか。今ならなんだってできる気がするのだよ。

――そう、たとえば脱獄(・・)とかな」


「脱獄……!?」


 まさか。

 もしそんなことが可能なら、彼らがここに二十五年も大人しく幽閉され続けているはずがない。

 しかし、戦士としての誇りを取り戻した彼らの瞳は、シノブとルーメを見つめる彼らの眼差しは、ゾンビのようだというのに熱き血潮に満ち満ちていた。


「――もちろん、俺たちノットラックスの戦士だけでは脱獄なんて不可能だ。だが、我らには新しい団長と姫様がいる。

さて、団長。今度は俺の方からその(・・)文字魔法について聞かせてくれないか。記憶がないのは承知の上でだが……」


 サロゼルフの目線が、シノブの指先へと移る。


 シノブの人差し指の先は、文字魔法を使用したときのまま、まだ淡く虹色に輝いていた。


「そ、そうですよシノブさん! 色々ありすぎてあたし混乱してましたが、指で文字魔法を書くなんて、そんなの初めて見ましたっ!

凄すぎです! 凄すぎですよシノブさんて!」


 文字魔法のことを思い出したのかいつもの元気を取り戻したルーメが、シノブの光る指先を掴んで戦士たちの前に高く掲げた。

 ウオオオオと、看守が来ないように控えめで低い歓声があがる。


「……団長、その指で、文字魔法、まだ使える気配はあるか?」


「……うん……そうだな……たぶん。言葉じゃうまく説明できないけど、書ける気がする、この指で」


「ならば重畳。魔法が使えるのだぞ? ――脱獄の方法など、いくらでも考えられるわ」


 不思議な感覚だった。

 なぜマギアペンもないのに文字魔法が使えた? なぜこれからも使える気がする?


 ただ、おそらくきっと、この能力が〝転生した自分〟の隠された能力だったということなのだろう。

 『世界照会(グランドボタン)』の転生情報に詳細は一切記されていなかったが、おそらく今のシノブは、かつてのグリンパウルでのチート魔法使いエルフの時のように、この世界にとって規格外の能力を持って転生したのだ。


 ――きっと、本来ならFランクの転生先しか用意がなかった俺には無縁のはずの転生先なんだろうな。この国にとって不利な男という性別とはいえ、こんな異能が与えられたんだ。それこそ前世である程度の徳を積んでなければハロワで紹介されないようなホワイト転生先に違いない。



 シュピノの言う《転生時計》の呪いにより、ランダムな異世界転生を繰り返す宿命の中にいるシノブだからこそ、たった二十四時間だがこの転生先と異能を使うことを許されたのだ。


 もしこの力を《フラグメント》として次の異世界に持ち込めたとしたら――それはとても大きな力となるだろう。


 そのためには、〝全力〟でこの世界を生きなければならない。


 もちろんこのまま大人しく牢獄に蹲ってタイムアウトを迎えてしまったら、次の異世界に何も残せないのは明白だ。



 ――それに、この世界にも。



 シノブはルーメと目を合わせて、力強く頷き合った。





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