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25 言の葉の国と骨の国

 『世界照会(グランドボタン)』は、ただ一瞬の閃光とともにその世界の情報と転生情報を記した紙切れを出現させるだけの、シュピノのいた世界……あのハローワークで使用されていたらしい魔法だ。


 もちろん攻撃には使えないし、転移魔法でもなければ回復魔法でもない。

 言ってしまえば、二十四時間ごとに転生を繰り返すシノブ自身にしか必要のない魔法――《フラグメント》である。


 だが、それでも魔法は魔法であり、シノブの生まれ育った地球ではこれだけで奇術や手品やCGといわれてしまうレベルの現象である。


 なんてことのない魔法でも、その世界に存在しなければそれだけでその魔法は〝常識を超えた異能〟となる。それがおそらく《フラグメント》の一番の利点。


 ――そしてそれは、この世界にとっても――


「なんだ……? それは……? 文字魔法……いや、この牢獄で使えるはずがない」


 骨男は絶句していた。一方シノブは、『世界照会(グランドボタン)』によって出現した、この世界の情報が記された紙切れに素早く目を通していた。


 ――骨の国『ノットラックス』――やっぱりか。イマジェラと冷戦のような状態にある国……だとすると彼らがここに投獄されているのは……


「俺らが使う不死魔法とも当然違う……。貴様、何者だ? 今の術はなんだ?」


 骨男が半分しかない顔色を変えて、ゆらりと立ち上がった。


「あ、兄貴! こいつ今の魔法みたいなヤツで変な紙っぺら出してやがったぜ!?」


 同時に、ルーメににじり寄っていたゾンビのような男たち――おそらくノットラックスの者たちも、どよめきながらシノブを指さした。

 ルーメは壁にぴったり背をつけたまま目をぱちくりさせている。どうやら『世界照会(グランドボタン)』で囚人たちからルーメの注意を逸らすことには成功したようだ。


 ――が、これからどうすればいいのか、シノブは全くなにも考えていなかった。


「見せろ」


 骨男が骨の手を差し出しながら、想像以上の大股で歩み寄ってくる。

 髑髏の目はがらんどうの漆黒で、片方しかない眼は満月のような金色に凶暴に輝いている。その二つの眼だけで圧倒される存在感だった。


「あ……」


 なす術なく、シノブの手から『世界の情報』が奪われる。

 骨男は無言で紙切れに目を落とした。


 ――一応日本語で書かれてるはずなんだけど、ふつうに読めてるみたいだな……。やっぱり『世界照会(グランドボタン)』で出てくる情報にも謎の自動通訳が適応されてるのか……。

 いや、でも読まれてもそんなマズいことはないだろう。俺以外からしたら意味不明な情報だろうし、俺にも意味がわからない部分もあるし……



 シノブが必死に思考を巡らせていると、骨男の手に渡った紙切れが不意に輝き出し、金色の光の粉となって空中に散っていった。

 風の音のような囚人たちのどよめきが響く。


「……少ししか読めなかったが……察するに、この時代の情報を照会するような魔法か?

マギアペンを使う素振りもなかった。そもそもここの看守どもがマギアペンを持たせたまま収監するなんて阿呆なミスを犯すはずがない。

……貴様、何者だ?」


「っ……!」


 凄みを利かせた骨男の眼光に、シノブは思わず一歩後ずさった。


 ――怖すぎるだろ! ただでさえ化物としか思えない姿してんのにっ!

 うまくルーメさんから俺に注意を逸らせたのはいいけど、こんな牢屋の中じゃ逃げ場もないし、どうすりゃいいんだ――


「あのっ! シノブさんは記憶喪失なんです! 何者かなんてシノブさん自身もわからないことですよ!」


 せっかく注意を逸らしていたのにルーメが突然声を張るものだから、骨男も含めた全員がルーメの方を見た。すぐにルーメは「ひゃっ」と両肩を跳ね上がらせて小動物のように縮こまった。


「記憶喪失……? なるほど、それでこの時代の情報を知ろうとしたわけか。ついでに、あの小娘から己へ俺たちの注意を向けさせたということか」


 骨男はシノブの意図を見事に言い当てた。ボロボロの真紅のマントをなびかせて、再びルーメからシノブへと視線を戻す。


「確かに、魔法など使えるはずもないこの牢屋で俺ですら見知らぬ魔法を使われたら、貴様に注目せざるを得んな。

……シノブ、といったか。いいだろう、百年ぶりに興が乗った。俺の名はサロゼルフ。貴様らのことを聞かせろ」


 サロゼルフと名乗った骨男は、纏っていた覇気を少しだけ和らげてそう言った。

 とりあえず少々マシになったらしい状況に安堵し、シノブは自分をより落ち着かせるため大きく深呼吸をした。


 とにかく、情報だ。

 『世界照会(グランドボタン)』で得られる情報はあくまで触り。転職情報サイトに記されている企業の紹介程度のものだ。その会社がどのような会社かは実際に就職してみないとわからないというものだ。まあ、シノブに社会人経験なんてほぼ無いのだが。


 まずは情報を得なければここから事態が好転することはない。深呼吸して、冷静さを取り戻した思考はそう結論づける。


 なんといっても、今のところ状況は最悪だ。

 この国最悪の監獄に投獄され、ルーメは荒くれ集団に襲われかけており、ふつうに考えればこのまま何もできずに〝タイムリミット〟がやってきてシノブのこの世界での時間は終わってしまう。なんとかしてこの〝最悪〟を乗り越えなければ次の新しい二十四時間になにも残せない――!



「……俺たちのことは、話せるだけ話す。ただ、さっき彼女が言ってくれたように俺は記憶喪失なんだ。自分がイマジェラ国民なのかノットラックス国民なのかそのどちらかでもないのか、それすらわからない。

だから、あんたたちのことも聞かせてほしい」


 意を決して、慎重に言葉を選びながらシノブは切り出した。

 すると、「フ……」とすぐにサロゼルフは小さく笑った。初めて見る骨男の笑みだったが、そこには冷たさしか宿っていなかった。


「少なくとも、貴様は我らが祖国ノットラックスの国民ではあるまい。不死魔法の形跡がないからな」


「不死魔法……の、形跡……?」


「俺や他の者どもの姿を見れば一目瞭然だろう。俺らはとっくに(・・・・)死んでいる(・・・・・)

イマジェラの文字魔法と対をなす、ノットラックスの不死魔法により、無駄に生きながらえているだけだ。俺らの祖国は俺らからしたらとっくに滅びている。いや、滅ぼされている。三百年前、イマジェラを支配した絶対女王カムイハル一世によってな」


 絶対女王カムイハル一世。

 その名はシノブも聞いたことがある。イマジェラを女尊男卑の国に変えたという、諸悪の根源ともいうべき存在だ。


「なぜカムイハル一世が徹底的に男を排斥し、女性賛美を掲げたか知ってるか? 真実はイマジェラの女どもも学校で習わないと聞くが――」


 サロゼルフはちらりとルーメを一瞥した。


「答えは簡単。ノットラックスと戦争をするためだ。当時のイマジェラ上層部はこれを『否定戦争』と名付けたらしいな。

カムイハル一世は、当時の王家に生まれた長女であったが、先代の王――自らの父親はその後に生まれた息子たちを後継とするために息子らだけを溺愛し、彼女だけ虐待に近い冷遇を受けて、心底父親を憎み、その憎悪は膨れ上がってやがて男という生き物全般を憎むようになった。


憎悪を糧に権力を掌握した彼女は、隣国ノットラックスを一方的に憎み、侵略戦争を仕掛けた。

なぜって? それは、我が国が男によって支配されていたからだ。歴史上、ノットラックスでは不死魔法は男にしか使えず、男にしか使われることがなかった。

女は子孫を作り死んでいくが、男は不死魔法によって永遠の生を生き、男だけが歴史を作り歴史を語っていく。そんな国がカムイハル一世は心底気に食わなかったんだよ。


――つまり、ただの逆恨みで戦争を仕掛けてノットラックスを滅ぼした。『否定戦争』――男による支配国というノットラックスを否定するためにな」



 そんな、とルーメがか細い悲鳴をあげた。


「あたしが学校で習った歴史とぜんぜん違います……っ! 侵略してきたのはノットラックスの皆さんであって、カムイハル一世はその暴力から民を守るために先陣に立ち、その功績から段々と女性賛美の国風になっていったって……!」


「ケッ。そんなもんウソの歴史に決まってんだろ?」


 両眼が完全に穴になっている一人の囚人が、ルーメに振り返って不快感を滲ませながら言った。


「俺らは歴史の生き字引なんだよ。不死魔法で何百年も生き続けてるからなァ。そりゃあ殺されたら死ぬがな、殺されねぇ限りは死なねぇのよ。

だから今でもイマジェラとかいうクソの国は俺らを狙い続けて裏で侵略を行ってる。とっくに俺らの祖国はてめぇらのおかげで不毛の地なんだけどなァ、不死身の俺ら同胞が生き続けている限り祖国ノットラックスはやつらにとって脅威の敵国なのよ!


やつらを俺らを執拗に追い続ける。

俺らに歴史の真実をバラされたらたまったもんじゃねェからな? イマジェラを豊かにした絶対女王がただの逆恨みで侵略戦争を起こしたなんて真実をなァ!?」


 憎悪が強すぎるのか、段々とボルテージをあげる男の言葉に、まわりの囚人たちもオオオオと怒りの雄叫びをあげた。


 怒りの矛先は、この牢屋で唯一のイマジェラ国民――ルーメに向けられている。

 まずい、とシノブは思った。また囚人たちの意識がルーメに向けられてしまった。しかも今度は先ほどのような下卑た快楽を求めるような気配ではなく――積年の恨みが渦巻く気配を纏って。


「スタークス。落ち着け」


 まだ話は終わってないと言わんばかりに、サロゼルフが囚人たちを諌めようとする。しかし湧き上がる憎悪でまわりが見えていないのか、スタークスと呼ばれた両眼の無い囚人は激しく地団駄を踏んで轟音を響かせた。


「あの、ま、まさか、まさかですけど、あなた方がここに捕らえられてるのって……!」


「あァ、嬢ちゃんの想像通りだァ!! 不死身の俺らを殺す手段を見つけられないてめぇらは、百年以上もかけて残党狩りを続けてはこうして牢にブチ込んでるのよッ!

もちろん俺らだってただで捕まるわけにはいかねェから何人もてめぇらを返り討ちにしてきたやったけどなァ!


てめぇらイマジェラのメスどもは幸せと平和を享受してるようだがな、俺らノットラックスの戦士の戦争は三百年前から今もずっと続いてんのよッ!


――ああァ、久々に忘れかけてた闘志を思い出しちまったよ……!

ああもう我慢できねぇ、同志よ! ヤッちまおうぜこの憎きイマジェラの雌豚をよォっ!!」



「オオオオオオオオッッッ!!」


 耳を塞ぎたくなるほどのけたたましい雄叫びが響く。

 だが、そんな中でも、ルーメの悲痛な叫びは、間隙を縫ってシノブの耳に届いた。



「やっ、やめて、やめてくださいっ! ごめんなさい、ごめんなさい――ッ! お願いですから、やめっ……!

た、助けて――」



「――ルーメさんっ!!」


 はじめて聞く、ルーメの泣き叫ぶ声。恐怖に支配された声。シノブに、助けを求める声。


 なにも考えず彼女に向かって駆け出したシノブだったが、その時、走るために振り上げた自分の右腕が、不可思議な虹色(・・)の軌跡を描くのが見えた。



 ――え――?



 右手の人差し指の、指先が、虹色に、淡く、輝いていた。



 まるで、マギアペンの先端のように。





【残り 17時間48分45秒】

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