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24 『獣墓所・ハーゾフ牢獄』

 意識が覚醒する瞬間、シノブの全身は否応なしに震えた。震え上がった。


 ――目を開けるのが怖い。


 もし目を開けた時、自分が違う世界にいたら。

 自分が違う姿をしていたら。

 《転生時計》の針がまた0時を指してしまっていたら。


 せっかくシュピノと繋がることができて、《フラグメント》という希望と、いつか彼女に出会えて『24時間の呪い』から解放される日が来るという希望を持つことができて、ひとつひとつの世界を必死に生きていく覚悟が決まったというのに。



 言の葉の国『イマジェラ』。


 まだシノブはなにもなし得ていない。このままじゃこれまでの無益な二十四時間と変わらない。ルーメを助けられず、イーアザッドの真意もわからず、この腐った差別主義にやられるがままやられっぱなしだ。


 基準はわからなくとも、わかる。このまま時間が経過するだけでは《フラグメント》は得られないと。シュピノに近づくことはできないと。希望は遠のいていくばかりだと。



 だから、シノブは願いながら目を開けた。


 牢獄だろうが地獄だろうがなんでもいい。せめてまだイマジェラにいさせてくれと。イマジェラの二十四時間にいさせてくれと。


 そして、ルーメを救いたい。彼女のために力になってあげたい。

 その想いは、〝全力〟でこの世界を生きてやるんだという目的とは別の――本能から湧き上がる〝真の全力〟の気持ちだった。




――――――――――――――




「…………う……」


 体の節々の痛みと、なにやら周囲に響くざわめき声に後押しされて、シノブは目覚めた。


 シノブはまず、なにより先に、首にぶら下がった《転生時計》の時刻を確認した。



 ――五時五十分。


 全身の感覚からいってまさか時計の針が一周以上しているとは考えにくいので、イーアザッドに眠らされてからまもなく四時間になるといったところか。


 思ったよりかは時間が経過しておらず、そしてなによりまだ懐中時計に映る自分の姿がミント髪の青年のままであることに心から安堵し、それからようやくシノブは周囲の状況の確認を始めた。



 ――薄暗い。

 どうやら自分は壁に寄りかかって座ったまま眠っていたようだが――


「ちょ――あ、あまり近寄らないでくださいっ!」


「つれないねぇ、嬢ちゃん? こんなところに女がブチこまれる時点で相当のワルだろうに?」


「そうそう、カワイイ顔して、やることやってんだろ?」


「ククっ、無理矢理乱暴しようってんじゃねえんだ。俺らは囚人だが、祖国の誇りがあるからな?」


「ああ、集団で襲うなんて無粋で卑怯な真似はしねえさ。俺ら一人一人と、しっかり相手(・・)してくれればいい」


「まあ待てやお前ら。たとえ祖国を離れてても、序列の掟を忘れてやしねえよな? 一番つええヤツが一番最初だ。

――兄貴! 本当にいいのかよ!? 何十年ぶりかのオナゴだぜ!? しかも若くて上等だっ!」


 暗く、広く、冷たい空間に、下衆どもの声が響く。

 すぐに状況の把握ができないシノブは、声のする方向に目と耳を傾けるしかなかった。


「……スタークス、お前からでいい。俺はせいぜい、最後に残った骨をしゃぶるくらいでいい」


 その低い声の主は、シノブから十数メートルほど離れた、ちょうど対角線上の壁にシノブと同じように寄りかかって腰を落としていた。


 その男の容姿を見るなり、シノブは叫びそうになった。


 半分(・・)、骨だ。


 頭のてっぺんから股下まで縦に一本線をひいたみたいに、体の右側が全身剥き出しの骨になっている。左側は普通の――人間らしい()がついているようだが、無造作に伸びた黒髪はぼさぼさで、表情は伺えない。


 とてもじゃないが、地球の常識だったらこの状態で生きているとは思えない。体の半分が朽ちて骨が丸見えになっているなんて。ネットにちらばっているグロ画像みたいなものだ。


 しかし彼はしっかりと呼吸し、生気があり、シノブの視線にも気づいたらしかった。


「……目が覚めたか、新入り。あの娘と一緒にぶち込まれてきたが、お前の知り合いか?」


 骨男は骸骨の方の腕で、シノブから見て左方向を指差した。


 ――あれは――! ルーメさん――?


 薄暗くてよく見えないが、ベレー帽を被った少女がたくさんの男たちによってじりじりと壁に追い迫られている。

 男たちはなにやら下卑た笑い声をあげ、ルーメは悲鳴をあげている。どう見ても穏やかな状況ではない。


「ルーメさん!? これは一体――」


「あっ、シノブさん! よかった、目が覚めたんですね! ……いえ、あんまり良くないかもです!」


 男たちの向こうから必死にルーメがこっちに手を振る。男たちが「ああん?」と不機嫌そうな声をあげながらこちらを振り返り、その姿にまたシノブは絶句した。


 普通の人間、ではない。全員が全員、あの骨男ほどとはいかなくても、顔や体の一部分が失われていたり骨が剥き出しになっている。

 顔の大部分が爛れた者、腹の真ん中が空洞になって肋骨が見えている者、両眼がくり抜かれている者――まるでゾンビの集団だ。


 なんだ、ここは。なんだこいつらは。なんでこんなことに……!


「……その様子だと、ここにぶちこまれる前の記憶が曖昧か?

ここは『獣墓所・ハーゾフ牢獄』。男の凶悪犯罪者のみが収監される最悪の牢獄だ」


 半身骨男が言った。その言葉で、すぐにシノブもすべての記憶を手繰り寄せることができた。


 そう、ハーゾフとかいう名の牢獄。イーアザッドに眠らされる直前、ルーメ共々そこへ投獄すると告げられた。

 野蛮な男しか収監されていないイマジェラ最悪の牢獄。そこにルーメを投獄して、野蛮なケダモノのような男どもの欲望の捌け口にしてやると、イーアザッドは高らかに笑っていた。


 ――まさか、本当に?


 イーアザッドがそこまでルーメに執着する理由はわからないが、しかしこの広い部屋を閉ざす屈強な鉄格子と、今にもルーメに襲い掛からんとしている男たちがいるこの状況は――すべてが最悪な展開となっていることに疑いようもない。


 ――いや、考えるのはあとだ――今はとにかくルーメさんを――!


「まあ、待て。そう焦る意味などない。……といっても、イマジェラの者にこの感覚はわからんか」


 駆け出そうとするシノブを、骨男が呼び止める。


「……俺たちは……無実みたいなものだ。イーアザッドにハメられた。お願いだからあの子に手を出さないでくれ……!」


 骨男が喋っている間、ルーメを襲っている〝ゾンビ〟たちは一様に動きをとめてこちらを眺めている。

 おそらくこの半身骨男が彼らのリーダー格だろうと、シノブは直感した。


「イーアザッドか。現イマジェラ最強の魔法使いにしてこの国の最大権力者の一人で吐き気のするような性格の女……。

なるほど、事情は知らないが、お前ら二人は最も厄介な相手に目をつけられたってことか。この牢獄に女を収監するなどという一線を超えた措置だけでなく――この国にとって最悪な存在である俺らが集団収監されているこの牢にぶち込むとはな。

なにをしたかは聞かないが、相当あの女の恨みを買ってしまったようだな」


 恨み……残念ながら、この世界にいた時間が短すぎるシノブには皆目見当もつかない。

 確かに、ルーメたちが行ったことはこの国にとっては犯罪なのだろう。男を匿い、地下で秘密裏に文字を教えるという行為は。


 しかし、その犯罪はこの国最悪の牢獄にぶちこまれなきゃならないほどの凶悪犯罪なのか?

 イーアザッドはなにやらルーメに固執し、男女交際していた疑惑にやたら拘りを持っていた印象だが……


 ――いや、それはさておき、まずはこの状況だ――


「……どうもさっきからあなたの口ぶりを聞いていると、あなたたちはイマジェラの者たちではないようだけど……? それに、その姿……」


「……? あァ、そうか、イマジェラは男差別の国で男はまともに勉強さえできなかったんだったな……。


そのとおり、俺たちはイマジェラ国民ではない。

骨の国『ノットラックス』の国民だ」


 骨の国『ノットラックス』……? どこかで聞き覚えが……


 ――――!!


 一気に思考がめぐり、シノブの心臓は一つ大きく脈打った。


 ――どこかで、だって? そんなの決まってる! 俺がこの世界の情報を知り得たのは――



 シノブはルーメを見た。

 彼女は壁に追い詰められてはいるものの、ゾンビたちはシノブと骨男の会話に集中しているらしく今すぐルーメに襲いかかる気配はない。


 だが、彼女の方も当然マギアペンは投獄される際に取り上げられてしまっているはず。文字魔法があれば彼女ならこの状況に対してもっと抵抗できているはずだから。


 ――ならば、いま俺にできることは一つしかない。この世界の情報を開示しつつ、ルーメさんを襲ってる連中から目を逸らす魔法――俺の唯一の《フラグメント》!



「――『世界照会(グランドボタン)』!!」



 唱えた途端、一瞬の閃光が走る。突然の閃光にゾンビたちがうろたえる様子がわかる。


 そして、紙切れがシノブの手の中へひらひら舞い落ちてくる。



――――――――――――――



ランク【D】固有世界名 〝イースロード〟


■基本情報

所属:宇宙内世界・中方銀河系・日本支部管轄

基本基準安全度:C

支配種族:人型

文明レベル:B

資源レベル:C

異能レベル:B


■転生情報

種族:イマジェラ国民

性別:男性

年齢:18歳

容姿:B

性格:B

財力:B


■概要

言の葉の国『イマジェラ』と、骨の国『ノットラックス』の二大国が支配する世界。

この二国以外に文明が発達している国はなく、他は国とも呼べない小国や自治州、島々があるだけの小規模な世界。


イマジェラの『文字魔法』とノットラックスの『不死魔法』がこの世界最大の特徴であるが、二つの国は数百年もの間冷戦が続けられており、表向きの長閑さとは裏腹に裏社会では様々な陰謀が繰り広げられる。


転生するならば比較的治安が安定しているイマジェラ国民だろうが、こちらは徹底的に女尊男卑の社会が確立されており、男性に転生するのは決しておすすめできない。

だが近年では男性達によるデモも盛んになっているため、男性に転生してもうまくいけばクーデターを起こして歴史の目撃者となれるかも?



――――――――――――――





【残り 17時間57分21秒】

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