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2 Fランクの異世界なんて誰が行くか

 ――いやいや、いくらなんでもこれはないだろう――!?



 そりゃ確かに、俺の人生なんて『徳』のかけらもないゴミのようなもんだったが……!


 志信は提示された〝就職先〟に隅から隅まで目を通した。


 いくつかなにを意味しているのか不明な言葉やデータはあるものの、いかにこの転生先がブラックであるかは十分にわかってしまう。


「……つまり、百年後に滅ぶって決まってる世界なんで、『眠り人』とやらに転生して思う存分滅びるまで寝とけって世界だよな? しかも悪夢を見ながら?」


 いつの間にか敬語が消える。

 元々志信は役所やハローワークといったお役人施設を嫌悪していた。自分を十年以上もガチニートにさせたのは国のせいだろうという理不尽な逆恨みが志信の中にはあった。


 それも含めてクズであり、だからこそこんな転生先を提示されているのだろうが――納得いかないものはいかない。


「お、おっしゃりたいことはわかります。わかりますが、これも規則ですんで……。

それに生前寝てばっかだった津久井さんのために一応適合した転生先をご用意させて――」


「寝てばっかで悪かったな! ……で? 仮にその世界に転生して、死んだら俺はこの転生ハロワにまた来ることになるんだよな?

生きてる間ずっと眠らされてて『徳』もなにも積めないんじゃどうせまたロクな転生先紹介してもらえないだろ!」


 つまり、悪循環だ。転生の。Fランクの転生先の悪循環。


 そんなのは御免だ。

 せめて次の転生先で多少なりとも『徳』を積めそうな世界ならばまだ希望があるというものだ。


 志信の豹変した態度に不意をつかれた様子のシュピノは、わたわたとファイルをめくりだした。


「そ、そうですね。津久井さんのおっしゃることも尤もですんで多少努力が必要で、その努力が次の転生にもしっかり貢献できる異世界もご紹介します。

いや、てっきりあなたの生き様と死に様がアレだったんで、私としてもぐうたらな生活が保障できる世界しか用意しておらず……てへへ」


 てヘへじゃねえ。なんかいちいち煽ってくるなこの職員――と、志信はまた沸点が上がりかけたが、シュピノが新しい資料を提示してきたのでそれに目を落とした。



――――――――――――――



ランク【F】 固有世界名〝ゼ・ルドー〟


■基本情報

所属:宇宙外世界・内角群・日本支部管轄

基本基準安全度:E

支配種族:巨人型

文明レベル:C

資源レベル:D

異能レベル:C


■転生情報

種族:ヒト

性別:男性

年齢:26歳

容姿:E

性格:D

財力:C


■概要

「アシュ族」と呼ばれる巨大魔人族が長年に渡って支配を続けている世界。

アシュ族の知能レベルは地球でいう12歳〜18歳くらいの一般的な人間と同等とされているため政治・治安・財政などは全く安定していない。


アシュ族の絶対的な力と彼らの無尽蔵な賛沢により、滅亡は100年以内と目されている。

いわゆる人型や魔法使い、魔法生物なども存在するが、アシュ族にかすり傷一つつける魔術すら確立されておらず、アシュ族以外への転生はオススメできない。


が、万が一にでもこの世界で一定の活躍が見込めれば、次転生する時はよりランクアップした転生先を斡旋してもらえるかもしれないぞ!☆



――――――――――――――



「――もらえるかもしれないぞ!☆ じゃねええぇっ!!」


 志信はファイルを激しく机に叩きつけた。シュピノは「ぴえっ!?」と変な声をあげながら椅子の上で仰け反った。


「俺が死ぬ前提の世界じゃねえかよ! 努力させる気ないじゃん!」


「そ、そんな滅相もない! 一応剣と魔法の世界ですよ? 努力次第でそれらスキルも身に着けられますし、努力次第で魔法レベルも上がりますし、努力次第でアシュ族と無事戦えて殺されればいいんです!」


「やっぱり殺される前提じゃねえか!? いくら努力してもアシュ族とやらに勝てる見込みはないんだろ!?」


「ええ、ありませんね」


 シュピノは悪びれる様子もなく、あっけらかんと言ってのけた。


「資料にある通り、所詮は自分の『徳』を積むだけの使い捨ての転生先と思っていただければ。

一応、ここでちょー努力して、ちょー強くなって、アシュ族の反感を買って、アシュ族五体と交戦するまでに至った『勇者ダムス』には死後Cランクの転生先を紹介させていただきましたよ?」


「……で、そいつの死因は?」


「それはもう、アシュ族五体の集団リンチによる内臓破裂・四肢欠損・出血多量という栄誉の死です!

いやあ、アシュ族がここまで人間を警戒して惨殺することは滅多にないんですよ!」


 ――イカれてやがる……!



 人が死ぬことを何とも思っていないそのきらっきらの笑顔。「どうせ生まれ変わるんだし」とでも言いたげなそのロぶり。



 所詮はお役人、ということだろう。いよいよ志信は怒りが抑えきれなくなりそうだった。


 自分が生きていた世界のハローワークだってそうだ。彼らは結局職業斡旋という職業でしっかり自身の給料を稼いでいて、負け組たちが列をなして相談しにくるのを心の底では鼻で笑っていたに違いない。


 ――「どうせ自分には関係ないし」ってか?


 ――「転生先が百年後に滅ぼうと関係ないし」ってか?


 ――「斡旋してあげた転生者がどんな死に方しようと関係ないし」ってか?



「……お前らは……神様かなんかなのか? 俺たちの命を弄んで……」


「え? ちょっとその言い方は……聞き捨てなりませんね。私たちはあなたたちのことを第一に考えてお仕事させていただいてるんですが?」


 シュピノは少し気を悪くしたようで、眉をひそめた。


「俺たちのことを第一に考えてるんだったらなあ、たとえ『繋ぎ』だとしてもそんな残酷な世界に転生させようとすんな! 俺の命をなんだと思ってやがる!」


「ええ〜……だから最初に眠ってるだけでいい世界紹介したんじゃないですか……。

大体津久井さん、生前働きはしないわ家族からお金せびるわ床ドンするわでゴミクズの極みじゃないですかあ。あなたみたいなタイプの自堕落クズが実は一番斡旋難しいんですよ?


たとえば死刑囚なんかも多くやってきますけど、ほとんどは罪を反省していますし、していなくても罪状に情状酌量の余地があったり、そもそも犯罪に至るまでにそれなりの奥深い人生があったり……。そういう人生の『深み』で総合的に『徳』を判断して、転生先を斡旋してるんですよ。


それで、そういう人たちこそ人生の酸いも甘いも熟知してるんで、紹介できる世界が広がる。彼らもよりどりみどりといった感じで異世界を選んでくれます。

それと比べて…………はあぁ〜人生経験幼稚園児並の転生者斡旋ですよ? 私の苦労わかります? 次があるだけ儲けモンじゃないですか?」



 もはや志信を小馬鹿にすることを隠しもしなくなったシュピノは、脚を組んで机に肘をついて溜息交じりにそう言ってのける。


 その態度が決定打だった。


 死んだばかりで、わけもわかんないところに連れてこられて、なんでこんなお役人の若造に自分の生き様も死に様もコケにされなければならないのか。



 ――この女――いい加減にしろよっ!



「――大体なぁっ! そもそもこの『転生情報』の内容も気に入らねえ! なんでさっきから揃いも揃って容姿や性格がEとかDなんだよ!」


「はあっ!? まさか津久井さん、今の自分の容姿より優れた容姿に転生できるとでも!? おめでたすぎじゃないですかぁ? そんなんだから性格もEなんですよ!

まったく、いい加減わがままやめてもらっていいですか? 転生希望者はひっきりなしにやってくるんで暇じゃないんです!

まああなたみたいなわがままばかり言う希望者も少なくないので、こういう時のためにSPを呼――」


「うらあっ!!」


 完全に頭の血管がブチ切れた志信は、カ任せに自分とシュピノを隔てるアクリル板に拳を叩き込んだ。

 おそらく軽いネジでしか留められてなかったアクリル板は見事吹っ飛び、シュピノの顔面に向かって直撃した。


「きゃっ!」


 シュピノが短い悲鳴をあげ、周囲が騒然となる。志信の視界の隅にSPと思しき黒服の集団が駆けつけてくるのが映る。


 が、志信にはもはや怖いものなどなかった。

 どうせ自分はもう死んだんだと思えば別に何をしてもいいと思えた。


 怒りに任せてブチギレるなんて、こんな勇気が生前にもあれば――なんて、そんな後悔は霞となって消えていく。


 ともあれ志信とシュピノを隔てるものはなにもなくなったので、彼女の胸倉を掴んで乱暴に引き寄せる。


「ちょっと触んないでよ! えっ!? ていうかなんで私触られてるの!?

『ねじれの世界』の住人の私たちにあんたらは触れることすらできないはずじゃ……!」


「ええい黙れ黙れ! よーし決めた! 決めたぞ! どーせ怖いもんなしだ! お前は人質だ! 今から一番お偉いさんとこ案内しろや! 否が応でもSSランクの転生先を――」


 と、その時、勢いよく胸倉を掴まれたためか、シュピノの首にぶらさがっていた懐中時計の鎖がちぎれ、音を立てて二人の足元に落下した。


 不可思議な黄金色を放つその懐中時計は、冷静さを失っている志信の目にも、なぜか鮮烈に輝いた。



「――あ――? なんだ、これ――?」


「あっ、だめです! だめ! それに触ったら――!」



 胸倉を掴まれたまま動けないシュピノの声など、もはや届かなかった。


 志信はシュピノを片手で押さえつけながら片膝を立て、その懐中時計を拾い上げた。




 次の瞬間、世界を覆うほどのまばゆい光がほとばしった。




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