18 奇跡の再会③ -涙-
――《フラグメント》……?
また、聞き慣れない言葉。
しかしシノブは強く願った。
そんなにも「俺の二十四時間は無駄じゃない」と言い切るのならば、証明してみせろと。その《フラグメント》とやらが俺に少しでも希望を抱かせる代物だというならば、今すぐその虹色の文字で刻んで見せろと。
『一つ聞いていいかしら? シノブ。
あなたは、これまで過ごしてきた異世界での〝24時間達〟で、その時間をフルに使って、転生した自分自身の運命に従って――あるいは抗って――精一杯生きてみた?』
なにを、言い出すかと思えば。
まだ勿体ぶるというのだろうか。そもそもその問いかけは、否が応でもシノブのトラウマを強く刺激した。
――グリンパウルでの楽しい時間…………ゼ・ルドーでのエルトロとの無力な別れ…………
『無理に、決まってるじゃないか。最初の世界では、そもそも制限時間が一日しかないなんて思いもしなかった。
二つ目の世界でも同じだ。三つ目でようやく俺はこの時計を疑って、四つ目でどうしようもないことを知って、いま五つ目のこの世界にいる。そしてこの世界も二十四時間で終わることを知っている。こんな状況で俺が精一杯生きようとするとでも?』
文字の最後の方は、怒りやら悲しみやら悔しさで、ぐちゃぐちゃに震えた。
『うん……。そうね。私は座標しか観測できてないけど、あなたの絶望は尤もだし、そんなふうに腐ってしまうのは当然だ。
だからこそ、私はあなたに伝えたい。
今を全力で生きろと。
あなたが行く先々の世界で、繰り返す二十四時間の中で、蓄積した時間が濃密であれば濃密であるほどそれは永遠にあなたの経験値になる。
それが時のかけら――《フラグメント》。その時計は呪われているけれど、たった二十四時間ぽっきりでもしっかり時間はそこへ収束する。あなたが過ごした時間は、すべてそこにある。一つも無駄なんかじゃないのよ』
『いいから、具体的なことを言えよ! つまり? つまりその《フラグメント》とやらで俺はどうなるんだ?
それは希望なのか? このクソみたいな輪廻転生が少しはマシになるようなものなのかよ!?』
歯を食いしばって、荒ぶる息を抑えきれなくて、目の前の空中に虹文字をひたすら書き殴る。
それでも、シュピノからの返事は、いつだって静かだった。
『じゃあ、シノブ。あなたに気づかせてあげる。
あなたは既に、たった一つだけだけど、全力で生きた世界がある。
……一言、こう唱えてみなさいな。
『世界照会』と』
……ぐらんど、ぼたん?
シュピノがなにを言っているのかわからない。その言葉の意味も、それを唱えろと言う彼女の真意も。
わからない。わからないが――わからないからこそ、シノブは言われるがままその言葉を唱えるしかなかった。
「――『世界照会』」
そう唱えた、瞬間だった。
シノブの目の前に――自分が今しがた書き殴ったばかりの文字魔法を掻き消すように、一瞬の閃光が迸った。
そして閃光が収まるのと同時、シノブの手に一枚の紙切れがひらひらと舞い降りてきた。シノブはそれをほとんど反射的に手に取り、目を落とした。
――――――――――――――
ランク【D】固有世界名 〝イースロード〟
■基本情報
所属:宇宙内世界・中方銀河系・日本支部管轄
基本基準安全度:C
支配種族:人型
文明レベル:B
資源レベル:C
異能レベル:B
■転生情報
種族:イマジェラ国民
性別:男性
年齢:18歳
容姿:B
性格:B
財力:B
■概要
言の葉の国『イマジェラ』と、骨の国『ノットラックス』の二大国が支配する世界。
この二国以外に文明が発達している国はなく、他は国とも呼べない小国や自治州、島々があるだけの小規模な世界。
イマジェラの『文字魔法』とノットラックスの『不死魔法』がこの世界最大の特徴であるが、二つの国は数百年もの間冷戦が続けられており、表向きの長閑さとは裏腹に裏社会では様々な陰謀が繰り広げられる。
転生するならば比較的治安が安定しているイマジェラ国民だろうが、こちらは徹底的に女尊男卑の社会が確立されており、男性に転生するのは決しておすすめできない。
だが近年では男性達によるデモも盛んになっているため、男性に転生してもうまくいけばクーデターを起こして歴史の目撃者となれるかも?
――――――――――――――
「え――こ、これ、は――」
シノブは、言葉を失った。
これは。
この情報は。
紛れもなく自分がいまいる世界――イースロード――もとい『イマジェラ国』の情報だ。
そして見覚えがあるこの紙切れ――
『……唱えてくれたかな?』
『これは、お前があのハローワークで見せた――』
『そ。私たちのお仕事。死んだ人に送る転生先情報だよ。
いまあなたが唱えた『世界照会』っていう魔法。それはね、《転生時計》からそこに蓄積された世界の時間情報を抽出して、紙に書き記す魔法だよ。
そして、〝24時間の呪い〟のかかったその時計からは、今あなたが存在している二十四時間の時間情報がそのままそこに記される。
――って、難しく言い過ぎだよね?
シンプルに言っちゃえば、あなたはどの世界に転生しても、たった一言『世界照会』って唱えれば、そこの世界の大まかな情報や自分の転生情報についてわかるってわけ』
――なんで、なんで自分がこんな力を?
その疑問を察したかのように、シュピノの虹文字が上空で踊る。
『あはは……ちょーっとムカつくけど、あなたがそれを使えちゃうのは、私の世界――〝ねじれの世界〟であなたが全力を一瞬でも出したからだよ?
職員の持つ、レプリカとはいえ神聖な神器を奪うなんて――とんでもないことなのよ?
第一、本来なら私の世界の住人にあなたたちは触れることすらできないんだから。……《管理人》たちはどうもなにか知っていて何かを隠してそうなんだけど、とにかくあなたはあの時誰もが予想すらしてなかった全力を出していて、めちゃくちゃわがままだけどめちゃくちゃな全力で私からその時計を奪った。
その力の片鱗が、その時計に宿った』
『それが……《フラグメント》?』
『そう。あなたは私の世界に存在してる魔法のかけらを手に入れた。あの時あなたが自分のできうるすべてを間違いなく出し切ったから。――時計は、その時間をそのままそこに吸収した』
シノブは、今しがた手に取ったばかりの世界の情報と、懐中時計を何度も交互に見比べた。
確かに、あの時の自分は全力だった。くだらない二十九年間で一度も出したことがないくらいの全力だった。
どうせもう死んだんだ、なにが起こっても怖くない、むかつくこの受付嬢に一泡吹かせてやる――と。
そんな、決して正義とも美しいともいえない野心が、『世界照会』を自分に宿した、と?
『《転生時計》は、濃密な時間を決して見逃さない。その性質上、短い時間であっても必ずその時間を取り込もうとする。
そしてその時間は蓄積されて、決して消えない。つまり、揺るぎないあなたの〝経験値〟。
だからあなたは諦めないで。
自暴自棄にならないで。
その世界のために、あなたの貴重な二十四時間を精一杯使い尽くして。
そうすれば、時のかけら――『フラグメント』が《転生時計》に宿る。どんな力にせよ、きっと次の二十四時間を生きるシノブの助けになる。あなたはそれを繰り返して、あらゆる異世界のあらゆる能力をもった、究極の存在になれる』
究極の、存在。
もちろん、悪くない響きだ。
けれど。
けれど。でも、それで、結局、どうなる?
色んな異世界の色んな二十四時間で色んな《フラグメント》を得たとして、それでどうなると?
『あなたが《フラグメント》を得れば得るほど、私はあなたとコンタクトを取りやすくなる。あなたの可能性は無限大で、あなたが得る異能力は無限で未知数。私だってこの先どんな異世界があなたを待っていてどんな異能力があなたを待っているか見当もつかない。
……いずれ、きっと、こんな文字だけのやり取りじゃなく、私と出会えるための《フラグメント》にも出会えると思う。そうなれば――』
『そうなれば、シュピノはこの呪われた時計を取り戻せる?』
『そう。きっと。きっと、そう。
なにがなんでも、まずは私はシノブと巡り会わなければならない。二十四時間毎に生まれ変わって、あれよあれよと全宇宙を飛び回るあなたに、座標しか掴めない今の私にその術はない。
けど、あなたが異世界を全力で旅して、色んな《フラグメント》を身につけたら、あるいは――』
異世界の人間――シュピノと出会うための術も見つかるかもしれない。
この呪われた時計を、持ち主に返せる時が来るかもしれない。
『――あ――どうやら、もう時間切れみたいだよ。私のパートナーがね、シノブの唱えた強い文字魔法を偶然観測して奇跡的に二つの世界を繋げることができてたんだけど――』
パートナー? そんなやつがいるのか? ――いや、いまはそんなのどうでもよくて――!
『待ってくれ、まだ聞きたいことがたくさん』
シノブは慌てて書き殴る。が、シノブも感じていた。この静寂の暗闇が、少しずつ少しずつ晴れていってきていることに。
『また会えるよな!? お前の言う通り、二十四時間を無駄と思わないで、全力でその世界のために生きて、何らかの《フラグメント》を手に入れれば――また会えるんだよな!?』
『会えるよ。できれば今度は、文字なんかじゃなくてもっと別の形で。私だってあなたに伝えたいことはまだまだたくさんある。
あと、一発ひっぱたきたい。よくも私の時計を奪ってくれたなって』
『ごめん。ごめんなさい。あれはほとんど勢いで――』
『あはは。焦っちゃって。わかってるよ。私も、ちょっとシノブをバカにしすぎた。ゴメンね』
『待って。くそ、魔法が解ける――。最後に、一つだけ!
さっきの『世界照会』で出た転生情報――俺の性格とか財力が〝B〟って書いてある!
おかしいよな? これは俺の情報じゃない! 俺は生前の津久井志信のまま転生を繰り返してる! 言うなれば、俺の性格なんてFランクのままだ!
どうして俺は中身が俺のまま転生している? 転生ってやつは、記憶もなにもかも失って新たな人生を歩むことなんじゃないのか!?』
『お、よく気がついたね。そうよ。記憶も失って、ゼロから生まれ変わる。それが転生斡旋の本来あるべき姿。
でも、それは《五種の神器》が揃ってないと不可能なのよ。この《五種の神器》で私たちの世界はあらゆる命の転生を導いてきた。
でも、今シノブの手元には神器のひとつ――《転生時計》しかない。これはさっきも言ったように、この宇宙すべての時間を詰め込んだだけのもの。これだけじゃ、正しい転生斡旋なんてできやしないの。しかも呪われてる。
シノブ、あなたはあなたの記憶を引き継いだまま、《転生時計》の示すがまま転生を繰り返すしかないの――』
『――待って。待ってくれ、シュピノ! シュピノ! お願いだから――』
――――――――――――――
「――――シュピノッ!!」
「わあっ!?」
長く長く海中に沈んでいたかのように、シノブは激しく息を吐き出しながら〝帰還〟した。
脈打つ鼓動を抑えながら見回すと、そこは、シノブが文字魔法を唱える寸前の光景。
赤い夕暮れ。路地裏の濃い影。こちらを心配そうに覗き込む、ルーメの素朴な顔。
「び、びっくりしました……! シノブさん、急に真っ黒いドームみたいなものに覆われちゃうから……!
で、でも、あれ文字魔法ですよね!? 『ハイク』ですよね!? すごいです! やっぱり『ハイク』が使えるんですね!
しかもしかも! あんなに見事で美しい『ハイク』の言葉、あたしとっても――――」
ルーメの言葉が不自然に途切れた理由を、シノブは当然わかっていた。
「……シノブ……さん?」
シノブは、どうしようもなく溢れる涙を抑えきれなくて、ルーメに縋るようにうずくまっていた。
「う……ううぅ……! うううううぅぅ……っ!!」
嗚咽が止まらない。
涙を止めようと必死に力を込めれば込めるほど、泣かせろ泣かせろと感情の爆発するがまま涙が溢れて止まらない。
人生でこんなに涙を流したことなんてない。そう思えるほど、シノブは地面に這いつくばってひたすら泣き続けた。
悲しかったからじゃない。
自分に架せられた運命、呪い、悲しかったからじゃない。せっかく出会えたシュピノと別れるしかなかったのが悲しかったわけじゃない。
どうしようもなく、とにかくどうしようもなく、嬉しかったからだ。
たった独り――これまでたった独りで苦しむしかないと思っていたこの二十四時間の繰り返しに、終わりの見えない絶望の中で、それを知るシュピノという人間に出会えたことが。彼女が自分を救うと言ってくれたことが。
繋がりなんか何の価値もないと思っていたこれからの世界で、はじめて繋がりをよこしてくれたから。
――俺は――俺は――生きてていいんだ。この世界で生きる意味があるんだ……!
この時。
そう、まさにこの時。
人間、津久井志信は、本当の意味で生まれ変わったのだった。
【残り 22時間59分59秒】
まだ2章の序盤ですが、ここから主人公の本当の物語が少しずつ始まります。
果たしてたった24時間しかいられない世界で、主人公はいかにして動き、《フラグメント》を手に入れていくのか。
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