17 奇跡の再会②
『そう、《転生時計》。シノブの持っているソレ――あなたを二十四時間に一回異世界転生させてるその時計は、《転生時計》と呼ばれるものなの。まあ、わかりやすいネーミングかな?』
理解が追いつかないシノブに少し配慮しているのか、シュピノは文章を区切りつつ宙に言葉を刻んでいた。
――あ――そ、そうか、俺もなにかマギアペンで文字を書かないと、シュピノに俺の反応が伝わらないのか。
と、とにかく、俺がいま酷く混乱していることを伝えないと――
『わからん。わからない。つまり、俺はこの先どうなるんだ? どうすればいいんだ?』
心臓に早鐘を打たせているシンプルな焦燥を虹色のペンで刻み込む。すぐに、上空のシュピノの文字魔法に反応があった。
『良かった。いま、文字を書けるだけの冷静さはあるってことだね。
こっちとしてはあなたが正気を失っててもおかしくないレベルだって思ってたから。大丈夫、いまからきちんと説明する。
私個人としてはあなたに《転生時計》を奪われた恨みとかそりゃああるけど、あなたの置かれた立場を考えたら、そんなの抜きにしてもあなたを救いたいって気持ちが勝るから』
……心強い言葉、なのだろう。きっと。しかしまだシノブには何の実感も湧かない。
黙って、シュピノの説明とやらに耳を――いや目を貸すしかないのだろう。
『……《五種の神器》や私の世界についてイチから説明してる時間はない。残念だけど。
だから《転生時計》についてだけ説明させてね。
《転生時計》は、私たちの役割において最も重要な神器で、〝人の連なる死を時間エネルギーに変換する永久機関〟なの。……ごめんね、今は言っている意味の八割が理解できなくていい。でも二割は理解して。
その《転生時計》には、これまでの宇宙の歴史――生命の歴史――数えきれないほどの命の時間すべてが蓄積されているの。もちろん、私たち一介の職員が持っているソレはただのレプリカで、あなたが奪ったのもレプリカでしかないけど、大元の《転生時計》からエネルギーが収束しているという点では、どうしたってただのレプリカでは済まない代物なの』
……二割、理解しろって?
無茶な話だ。シノブには、いまこの胸元で光っている懐中時計の名前が《転生時計》という名前で、本物ではなくてレプリカであるということしかわからない。
……もしかして、それで二割、なのか?
『ただ……今回のことになって、これは私も私の上司たち――《管理人》たちも初めて知ったことなんだけど、《転生時計》には恐ろしい呪いがかけられてたみたいなの。
……〝24時間の呪い〟が』
『それは、今俺が味わってる、二十四時間ごとに転生させられるっていう呪いで間違いないか』
なんとか、頭と力を振り絞って、シノブは返事を返した。
『そう。その通り。でもね、私のいる〝ねじれの世界〟の状況はとても複雑らしくて、ここで説明してる時間もないしたとえ説明できたとしてもあなたには到底理解が及ばないと思う。
だから、これだけ理解して。
もともと《転生時計》には二十四時間で強制的に転生させる力なんてない。それは私たちが望んだ能力じゃないし、決してシノブや他の誰かを陥れるためのものじゃない。私たちにも明確に〝敵〟がいて、その敵が仕組んだ一つの罠なの。
あなたが時計を奪ったことと、あなたに降りかかっている〝24時間の呪い〟は、完全に無関係なの。
それだけは理解して。信じて。
そしてあなたのためにも私たちのためにもその時計を元の世界に戻さなきゃならないこと、私がそのためにこうして動いていること、理解して。信じて』
理解して。
信じて。
浮かび上がる文章の中で、何度もシュピノは繰り返す。
『……無茶ばっか言うなよ……』
勝手に、心の声を指が刻んでいた。
なんだかよくわからないシュピノたちの世界の〝事情〟とやらに巻き込まれてしまっている事態はなんとなく理解した。
でも、結局その《転生時計》とやらを奪ってしまった己が招いた自業自得ってことじゃないか。そんなの反省しろって言われたら何度だって反省してやる。この呪いから解き放たれるんなら。
でもそういうことではないんだろう?
こうしてシュピノが回りくどい手段を用いてコンタクトをとってくるってことは。
『シュピノは、いま、俺を救うことはできないんだろう?』
『うん。できない。今はね。でも、あなたの助けにはなれる。
私の上司たちが言ってた。私にしかできないことがあるって。理由は教えてくれなかったけど、こうしてあなたとコンタクトをとれたことによってそれが証明できた』
『どういう意味?』
『最初に言った通り、私はあなたが私とコンタクト可能な世界に転生するのを待ってたの。
あなたの持つレプリカの《転生時計》と、私の世界にある無数のレプリカの《転生時計》は、元は同じ世界に存在したもの。この時計を通じて私はあなたとコンタクトをとることができる』
シノブは、かつての世界『ゼ・ルドー』にて、アシュ族の老師から言われた言葉を思い出していた。
――異物の匂い。
そう、この時計は明確な〝異物〟なのだ。きっとどの世界にとっても。それは逆をいえば、元あった世界からすれば異世界と異世界とを繋ぐ唯一の同次元物質――ゲートのようなもの。
シノブは、震える手で懐中時計を手に取った。
――この……呪われた時計が……唯一俺を……俺の運命を知る人との……繋がりだっていうのか……?
『もちろん、最終目的はその時計を私の世界に持ち帰ること。
そのためには私があなたと接触しなくちゃいけない。いつかあなたのいる世界に私も向かわなくちゃいけない。
でもそれは今すぐはできない。私の世界の時計と、あなたの持つ時計、こうやってコンタクトを取りながらちょっとずつ時間を合わせていくしかない。それは私にしかできないことなんだって。理由は知らないけど。
……あなたにはこの世界では二十四時間しかないし、次いつコンタクトをとれるかわからない。だから、今私はできるだけ情報を絞ってあなたに今必要な情報だけを伝えようとしてる』
『つまり、結局俺はまだこのまま〝24時間の呪い〟にしばられて、望んでもいない異世界転生を繰り返す。それは変わらないってことか?』
『うん、残念だけどそれは変わらない。けど、さっきも言ったように、その二十四時間のすべては決して無駄にはならない』
『そんなわけない。全部無駄だった。これからも、今までも』
『無駄じゃない。津久井志信っていう〝時間〟が在り続ける限り』
――津久井志信という、時間。
なぜだろう、その言葉のフレーズに、心臓が静かにとくりと鳴った。まるで古池に飛び込む蛙の音のように。
『これが今あなたに一番伝えておくべきこと。
あなたは、あなたがこれまで経験してきたように、すべての世界の記憶を覚えている。もっと正確に言うと、すべての世界の二十四時間があなたに収束している。
なんてったって、それは《転生時計》だから。それに詰まった何千年ものあらゆる異世界の時間があなたを強制転生させてる一因であると同時に、この先それに蓄積されるあなたの二十四時間が本当の意味でのあなたの〝経験値〟になる。
それはもちろんステータスオープン! みたいな簡単に表示できる経験値じゃない。ゲームみたいに、経験値を得られればパンパラパーン! てファンファーレが鳴ってレベルの数値が上がるような経験値じゃない。
繰り返す二十四時間――繰り返す異世界の繰り返す全く別の人生――その時間こそ、あらゆる経験を超えた真の意味での経験値となって、あなたの時間に蓄積される。
……《フラグメント》、とでも呼ぼうかな。それがあなただけの持つ究極の能力』
【残り 23時間6分05秒】




