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16 奇跡の再会①

 ――なんだ……?


 自分が使用した文字魔法によって何らかの効果が発揮されたようだったが、なにが起こったのかわからず、シノブは周囲を見回した。


 ――暗闇だ。


 まるで舞台の暗幕が降りてしまったかのように、シノブは光ひとつない暗闇の中に一人佇んでいた。


「……ルーメさん?」


 先ほどまで目の前にいたルーメの姿もない。

 人影どころか、路地裏の壁も自分が立つ地面も空すらもない。光もなければ、音もない。



 予想だにしない事態だったが、シノブはそれほど焦ってはいなかった。

 この状況が自分の唱えた『ハイク』――俳句に因るものに違いないと想像がついたし、魔法の効果による現象ならばそのうち解除されると考えたからだ。


 もちろんこの魔法がどういった効果なのか全く不明な以上警戒する必要はあったが、少なくとも嫌な予感はしなかったし、なにより偉人の名句――『古池や 蛙飛び込む 水の音』が邪悪な魔法であるはずがないという日本人ならではの確信があった。



 ――静寂に包み込んで身を守る魔法……ってところだろうか。

 ルーメさんを巻き込んでいないってことは対象は自分だけなんだろうが……とにかく、これでこの世界では俺にも文字魔法が使えるってことがわかった。


 ――まあ、使えたところで、どうせ何の意味もないんだけどな……。



 ふっ、と自嘲気味に鼻で笑い、〝元凶〟である懐中時計を手に取る。


 と、まさにその時だった。

 懐中時計が、金色に淡く輝きだしたのだ。その輝きは暗闇の中では目を突く眩しさで、シノブは反射的に腕で目を覆った。


「――!?」


 動揺をシノブが襲う。

 これまでこの懐中時計はただただ時を刻むだけで、それ以外のことはなにもしてこなかった。その懐中時計が突然光り出すということに何の意味があるのか、全く想像もできない。


 シノブがうろたえている間に、光は虹色へと変化した。

 その虹色を見た瞬間、シノブはハッとなった。この虹色は見覚えがある――というレベルではなく、つい今しがた自分がマギアペンで記したハイクの虹色と全く同じ輝き方だった。


 懐中時計から漏れ出るみたいにして、虹色の光は暗闇の空中を一筋の細い線となって泳いだ。

 まるで光そのものが生きた『マギアペン』であるかのように――シノブの頭上に虹色の文字を刻んでいくのだった。



『良かった。ついに連絡手段のとれる世界へ転生してくれましたね、津久井志信さん』



「え…………」


 シノブは、空中に刻まれたその虹文字の意味するところがわからず、呆けた声を出した。


 ――なんだこれは。どういう、ことだ。

 どうして俺が転生していることを…………どうして俺の本名を…………?



『四日ぶりですね。転生先相談ハローワーク第五日本支部職員、シュピノ・レビルスです』



 ――シュピノ……!? あの、俺がはじめて死んだ時に出会った――俺がこの忌々しい懐中時計を奪ってしまった――あの女!?


「しゅ、シュピノ……!? この時計の持ち主のシュピノか!?」


 思いも寄らぬ事態に、腰が砕けそうになる。勝手に両脚が震えてシノブは後ずさった。


 シノブの問いかけに、上空の虹文字は反応しなかった。懐中時計も相変わらず虹色に輝き続けている。


 ――そうか……! あれは文字魔法……ということは……!


 思いついたシノブは右手に持ったままのマギアペンを握り直し、目の前の宙に文字を書き込んだ。


『あの、俺が知ってるシュピノで間違いないのか!? このふざけた時計を首にぶらさげてた、オレンジ色の髪の女!』


 興奮のあまり書き殴った文字はあまりに汚かったが、すぐに上空の虹文字に反応があった。

 虹文字は一度光の粒子となって霧散し、すぐにまた次の文章を同じ宙に形成した。


『ふ、ふざけた時計ってなによ! 大体あんたが全部悪いんでしょう!? あんたが私から無理矢理時計を奪うからこんなことに……!

……ああもう、そうね、津久井志信ってそういう人間だったわ! 私も職員モードはやめて、一人の人間としてあなたに協力することにする。とりあえず落ち着きなさい、いい? シノブ』


 これが落ち着いていられるか。絶対に不可能かと思われた、この時計の持ち主といまコンタクトをとることに成功しているのだ。

 聞きたいことが山ほどある。しかし、山ほどありすぎて、突然の事態に脳みそが完全にパニックを起こしていて、うまく次の言葉を紡げない。


『いま、私の世界からあなたの姿を観測することはできない。私からはあなたの位置情報しかわからない。

きっとめちゃくちゃ動揺しまくってるんだろうけどそれを見ることもできないから、まあ、とりあえず落ち着きなさいな。この世界では私たちは今この瞬間、その世界の文字魔法でしかコンタクトをとることはできない。

時間もあまりないから、私もあなたもお互い言いたいこと色々あると思うけど、とりあえず私に話させなさい』


「こ、声は!? 俺の声は届いてないのか!?」


 反応はない。

 シュピノが〝書いた〟通り、やはり文字魔法でしか彼女とは話すことができないらしい。


 ――くそっ! なんなんだいきなり!? 声さえ届けばもっと――――


 ……いや、ある意味〝文字〟でしか彼女とコンタクトが取れなくて正解だったのかもしれない。声が彼女に届いてしまったらきっといくらでもパニックのまま言葉をぶつけていたかもしれないし、それではちっとも彼女の言葉も頭に入ってこなかったかもしれない。


 ――文字魔法でしかやりとりができない。


 今はとりあえずその事実だけを飲み込んで、シノブは無理矢理言葉も飲み込んだ。


『まず、今あなたの身に降りかかってる現象について説明するね。

もう気づいてるかもしれないけど、あなたは地球時間で二十四時間に一回、強制的に異世界転生させられてしまう。これまでの転生も私は観測(・・)だけはできている。


最初は〝可能世界・グリンパウル〟、次は〝ゼ・ルドー〟、そして〝常闇の星・ラムゼ〟、〝永久凍土・キルロッジ〟……で、いまが〝イースロード〟。二大国が治めてる世界だけど、そのうちのひとつ、〝言の葉の国・イマジェラ〟がいまあなたのいる場所ね』


 シノブは文字を目で追いながら、なんとか内容を理解しようと頭をフル回転させる。


 おそらく、シュピノの言っていることに間違いはない。グリンパウルとゼ・ルドー以外は世界の名前すら知る由もないが、言の葉の国『イマジェラ』に今シノブが存在していること、文字魔法でこのやりとりが行われていること、それはまぎれもない事実だ。


『最初に言っておくと、私はイースロードにはいない。私がいるのはあなたと出会った時から変わらない〝ねじれの世界〟。

ここから私はずっとあなたを観測(・・)していて、ようやく干渉可能な世界にあなたが転生するのを確認した。魔法やそれに近しい超常的、もしくは科学的な文化が発展した世界で、かつそれを利用したコミュニケーションが可能な世界……それがイースロードであり、イマジェラ、そして文字魔法よ』


 ……つまり、文字魔法を使ってはいるけれどそれはあくまで利用できる〝手段〟であり、イマジェラに来ているわけではない、ということをシュピノは言いたいらしい。


 しかし、それが何を意味しているのかシノブにはさっぱりわからない。


『魔法文明の発達したグリンパウルでも何らかの手段であなたと連絡を取ることは可能だったでしょうけど、それが確立する前にあなたはゼ・ルドーに転生してしまった。

なんてったって二十四時間しかタイムリミットがないのよ。さっきも書いたけど私からはあなたの座標しか観測できない。あなたの居場所と、転生情報だけしかわからない。


二十四時間というタイムリミットがあって、その世界が一定以上の文明を誇っていて、あなたもその文明に適した存在に転生できていて、偶然か必然かはともかく私と連絡のとれる状況に陥る――それがいかに確率が低いことだったか。

……転生五回目であなたがそれを引き当てたこと、奇跡的なことよ』



 言葉の意味はわかる。こうしてシノブと連絡が可能な状態になるまで、シュピノはずっと待っていた、ということを言いたいのだろう。

 しかし、やはりそれが何を意味しているのかは相変わらずわからない。



『……それでも時間はあまりない。この奇跡の時間を最大限に活用するため、あなたと連絡がとれるまでの間私はずっとこの時をシミュレーションしてきたの。

いい? あなたの二十四時間は、決して無駄じゃない。もしかしたらあなたはもう絶望していて、自分が生きる世界に何の意味も見出していないかもしれない。けど、それは違う。

私の言葉を信じなさい。――あなたは、究極の存在になれるんだから』


 ――決して、無駄じゃない、だって? どうせ二十四時間ですべてがリセットされる人生なのに?

 それに、究極の存在って――?


『まったく……私はあなたに時計を奪われた完全な被害者なんだけど、《管理人》たちに命令されてしまったからには、あなたと協力して、一刻も早くソレを私の世界に戻さないといけないの。


《五種の神器》のうち、最も偉大で強大とされる神器――《転生時計》。あなたが今持ってる、そのレプリカ品(・・・・・)をね』





【残り 23時間12分00秒】

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