第32話(累計・第71話) クーリャ64:ゴーレムを倒す方法を考えるわたし。閃け、異界科学知識!
ドワーフ王国王都を襲うミスリルゴーレム。
ゴーレムへの確実な対抗策が不明な中、ドワーフ騎士達は市民が避難する時間を稼ぐが、どんどん騎士たちは傷つき倒れてゆく。
……このままじゃ、大変なことになっちゃう。ゴーレムが暴れた原因はわたしにもあるから、何とかしないと……。
指揮所の宴会場でも具体的な対抗策が見えず、突撃案ばかり出ていて、王妃様は血気盛んな騎士たちを押しとめるので精一杯。
そんな中、エル君がつぶやく。
「クーリャちゃん。ボクもしかしたらミスリルの弱点知っているかも?」
「え! それは本当なの? 早く教えて下さいませ、エル君!」
「エル、早く出し惜しみしないで言ってよ。じゃないと、王国のみんなが死んじゃう……」
自分たちを守るために、顔を良く知る騎士達が傷ついていくのが我慢できないダニエラ。
それは、わたしも同じ。
「早く言いなさい、エル!」
「もー、クーリャちゃんもダニエラちゃんも慌てないでよ。あくまで『かも』だよ。ボクは昔、父上にミスリル工房を見せてもらった事があるんだ」
わたしが思わず蹴ると、痛そうにしながらも話し出すエル君。
彼によるとミスリル工房で、原材料から作るところを見せてもらったそうだ。
「ミスリルって魔法銀とも言うけど、銀が主成分じゃないんだ。大半が鉄、そこに炭や銀、他の名前も知らない鉱物を放り込んで溶かしてから魔法、確か構造変化魔法を掛けているんだ。なんでも結晶構造がどうかとか……」
「あ! そういう事なのね。ミスリルって鉄を体心立方格子にして、その隙間に炭素や微量金属を入れて原子同士が結びつく力を魔法で強くしているのね!」
エル君の説明でわたしの脳内知識がひらめき、ミスリルの秘密を解明した。
「姫様、それはどういう事でしょうか? 格子とは?」
「これがクーリャ姫様の『知識』かよ。すげーな、ゲッツ」
「ああ、師匠。俺には、ちんぷんかんぷんだよ」
……そういう事だったのね。どおりでミスリルって魔法銀っていうほど輝かないのよね。どっちかというとステンレス風だったし。
先生やゴットホルトさん、ゲッツを放置してわたしの脳内は暴走する。
……ふんふん! そうなの、そういう事だったのね!
鉄などの金属は、原子外周を回る電子が影響して3種類の金属結晶構造、体心立方格子、面心立方格子、細密六方構造を作る。
金属独特の輝きは、この外周の自由電子が光子のネルギーを受けて振動後、同じ振動数の光子、光を返すからだ。
そして鉄の場合は外周d軌道の電子により体心立方格子と面心立方格子の形態を取り、摂氏千度程に加熱時には原子が振動して面心立方構造を取るが、冷やせば体心立方格子になる。
この冷却時に立方格子の隙間に炭素や微量金属を取り込むことで硬く強くなる。
これが「焼き入れ」の秘密。
「なるほどなの! 焼き入れ時の微量金属の侵入とそのあとの構造維持、金属結合の強化が、ミスリルの秘密なのね!」
「姫様、暴走が過ぎます。発言にお気をつけて!」
わたしの声がどんどん大きくなるのを、先生が制してくれた。
「あ! ごめんなさい。また、やっちゃいましたの。でも、対抗策が分かったかもですの」
「えっとぉ、クーリャちゃん。君は一体?」
「エルや、今は細かい事は置いておけよ。クーリャ、頼む。アタイの国を救って!」
幸いな事に騎士と王妃様達の叫ぶ声が大きいので、わたしの声は仲間達にしか聞こえていなかった。
しかし聞いてしまったエル君は、わたしが「普通」じゃない事に気がついてしまう。
そして、わたしが普通じゃないのを理解して、それを誤魔化してわたしに救援を頼むダニエラ。
「エル君、詳しい事はまた今度お話しますわ。ダニエラ。ええ、これで行けそうですの! ゴットホルトさん、『焼きなまし』をご存じですよね」
「ああ、硬くなりすぎて歪んだりした鋼を熱した後ゆっくり冷ますヤツだよな。それで硬いのも柔らかくなって……! あ! そういうことかよ! そこのエルフ坊の話ならミスリルも鉄、鋼の一種。それなら同じだよな!」
「師匠、えーっと俺は分からないんですが?」
わたしの一言で理解してくれたのは流石なゴットホルトさん。
鉄の秘密を知り尽くしているからだ。
……銑鉄から鋼への転換炉、攪拌法を教えてもらっていなかったゲッツには無理かもね。
「じゃあ、他の皆にも説明するぞ。鉄はな、炭の量と焼き加減で硬さが変わる。炭が多けりゃ溶かしやすいけど柔らけぇ。そこで炭を燃やして減らしてから、急に水や油で冷やすと刃物用の鋼になるんだ。これが『焼き入れ』だが、ここで歪みがでる場合があって、それを治すのにいったん熱してから、ゆっくり冷やすと柔らかくなって形が戻る。これがクーリャ姫様の言った『焼きなまし』さ」
「つまり、ミスリルも一種の鋼なので、『焼きなまし』をすれば柔らかくなって、攻撃が通りやすくなるという事ですか、ゴットホルト様?」
「へー、先生は賢いなぁ。俺は全然わからんよ」
ゴットホルトさんの説明で、先生は理解したけれども、専門家のはずのゲッツは首をひねる。
……これは家に帰ったら、ゲッツにもみっちり金属工学と冶金学叩き込まなきゃ!
「ああ、美人先生の言う通りさ。まったくうちの弟子は困ったもんだな。姫様、それであのゴーレムをどうやって加熱するのさ。大窯にでも放り込むのかい?」
「そこが問題なのです。着火剤には心当たりがありますが、熱の維持が難しくて……」
「クーリャ! 鉄を溶かすくらい温めたらいいんだよな。ならアタイが役に立つかも!」
ゴーレムを弱体化させる方法までは見つかったものの、そこで止まった論議にダニエラが叫んだ。
「ふむふむ。金属である以上、金属結合による結晶構造を取るのじゃ。それを変化させれば弱くなるのは間違いないのじゃ。おまけに加熱で形状が歪めば関節部から壊れるのじゃ!」
そういう事です、チエちゃん。
作者もミスリルを倒すのにどうしたら良いのかって金属について勉強していたら結晶構造を思い出して、ミスリルが魔法銀だけど銀じゃないなら、実は魔法触媒になる銀を含む鉄系合金じゃないかと思いつきました。
鉄自身には魔除け、魔法が通じにくいイメージがありますが、触媒として銀を入れる事で構造強化魔法を使いやすくしているというアイデアが急に舞い降りてきたのです。
なれば、鋼と同じなので、「焼きなまし」で柔らかくなるのではないかと思いました。
「またウンチク始まっておるぞ、作者殿! まあ、難しい話じゃから補足説明があった方が理解しやすいのも確かなのじゃ。科学的に正しいのと、物語が面白いかは関係ないのじゃ!」
はい、気を付けますです。
では、明日の更新をお楽しみに!
「ブックマーク、欲しいのじゃ!」