第6話 クーリャ4:先生とのお話し、科学知識で説得するの!
「わたし……」
わたしは、家庭教師のバージョヴァ先生と眼線を合わすのが怖い。
口が滑って、本来の「わたし」では知らない事、「アタシ」の知識をしゃべってしまい、疑われてしまったからだ。
「クーリャ様? 一体どうなされたのですか?」
近付く先生から、思わず後ずさりをして逃げてしまうわたし。
目からは、恐怖で涙がこぼれてしまう。
……どうしよう。ここでわたしが失敗したら全部ダメになっちゃうの。皆を助けたいのに、どうしたら良いの!?
「クーリャ様? 何かあったのですよね。階段から姫様が落ちて気が付かれた後、なにやら意味不明の事を話されていたとか。一体何が……。わたくしで良ければ、何でもお話し聞きますわよ?」
先生は困惑も有るが、わたしを心配してくれているのが良く分かる。
……ここが最初の分岐点なのね。アタシ、頑張れ!
わたしは、勇気を振り絞って言葉を発した。
「せ、先生。先生は夢のお告げを信じますか?」
「クーリャ様。気絶なさっていらっしゃった時に何かを見たのですね?」
先生は信じるとも信じないとも答えずに、わたしに質問をしてきた。
「ええ。その夢で、わたくしは見たのです。今後わたくし達が巻き込まれる運命を……」
「でも、それは夢ですよね。正夢という物も聞きますが、科学的に証明されてはいません。魔法的にも未来予知は術式が定まっていないですし」
流石は先生、わたしの話を科学的に理解しようとしてくれている。
少なくとも話を真面目に聞いてくれている。
……次の言葉が勝負どころね。
「その夢がわたしの前世、こことは違う世界、魔法は無いけれども科学技術がとても進んだ世界のもの、でもですか?」
「え、前世とは? 神話でも魔法でも転生は未確認なのですよ?」
わたしの話が予想外の方向に行ったみたいで、更に困惑する先生。
……ここで先生が知らない科学知識を持ち出して、一気に勝負するの! 『アタシ』の記憶全開なの!
「では、先生はご存知ですか? 先ほど話した物が落ちるのはどうしてかと?」
「え、それが夢と関係ありますか?」
「はい。わたくしの前世、『アタシ』はその答えを知っていますから」
◆ ◇ ◆ ◇
わたくしは、教え子クーリャ様の変貌に驚いている。
「どういう事なのですか、姫様?」
「『アタシ』は、科学を学んでいましたので、世界の秘密の一部を知っているのです」
彼女は、年齢よりも賢い子であったのは確かだ。
わたくしが2年前に会ってから、わたくしが教える事を土が水を吸い込むように吸収してきた。
そして、それを応用させようと色々行動しては失敗したり、成功したりしていた。
その子供っぽい様子に、わたくしは姫様に付き添うのが楽しみだった。
「つまり、今の姫様は前の姫様では無いのですか?」
「いいえ、わたくしは、『わたし』でも『アタシ』でもあります。クーリャなのは変わりませんですの!」
しかし、今の姫様の眼には、子供らしさとは全く違う力強い知性の輝きが見える。
間違っても、正気を失ったり悪魔付きになった眼ではない。
……これは、本当に姫様は前世とやらの記憶を思い出したのでは無いでしょうか? 先ほどまでの話も、明らかに高度な知識の上でのものでしたし。
「で、では教えて頂けませんか? 物が落ちる秘密を……」
「は、はい!!」
姫様は、今までの強張った表情から満面の笑みに変わった。
◆ ◇ ◆ ◇
「……つまり物質が存在する事で空間を歪ませているのです。この歪みこそが重力。重いものほど、空間を歪ませるから引っ張る力、引力が強いですの。そうそう、この布の上に置物を置いたら凹みますわよね。これが空間の歪みなの!」
わたしは、話に食いついた先生に、一気に科学知識を披露した。
後ろでさっきまでオタオタしていたキツネ耳少女メイドのカティは、今度は意味不明だろう会話でボーっとしている。
「えっとぉ。姫様の話をまとめれば、この大地、地球がその重さで周囲を歪ませていて、その歪みが物を引っ張って落としていると?」
「そうなのです! で、この重力は地上ではほぼ一定で、どんなものも同じ力で引っ張られているのですわ。だから、斜塔の上から大きなボールと小さなボールを落としても殆ど同じに地面に落ちるの!」
わたしは、科学談義が出来て嬉しくなってしまう。
……『アタシ』の知識って凄いよね。この世界で太陽が核融合で輝いているなんて誰も知らないもん!
「はぁ。あまりにスゴイ話ではありますが、確かに辻褄は合っています。斜塔での実験結果も姫様がおっしゃられた通りですし、星の運行、地動説の説明もそれで出来ますわね。前世というのはひとまず置いておいて、高度な科学知識の記憶が姫様にあるのは理解しました」
わたしは、アタシの知識でとりあえず先生に、前世の事を半分は信用させる事に成功はした。
……でも、ここからの説明が難しいのよね。この世界がお姉ちゃんの作ったゲームの中なんて言えないし。前世でも世界が誰かによって作られていたなんで信じていなかったし。あれ、神様ってそういうものかな?
「それと時間が無いのは、どう繋がるのですか?」
……やはり、そうくるよね。
◆ ◇ ◆ ◇
姫様と家庭教師の先生は、さっきからアタシが分からない事を沢山話している。
前から姫様は、アタシなんかよりも小さいのに頭が良くって、それでもアタシみたいな獣族やドワーフ族、農民の人たちとも気軽に話しかけてくれるし、大事にしてくれている。
時々ハウスキーパーのデボラ様にナイショでアタシにお菓子をくれたりもするし、先生を驚かせたりするイタズラの相談もしてくれている。
そんな大事なアタシの姫様が先生と何か言い争った後、先生も驚くような話をしたみたい。
でも、まだ先生は姫様が何かおかしいと思っているの。
……姫様が別人じゃないかって聞いてたし? でも、そんな事無いよね。今朝もアタシにも優しい、いつも通りの姫様だったもん。
「それと時間が無いのはどう繋がるのですか?」
「前世の『アタシ』の姉は、ある物語を作っていました。そこには多くの人々が生きていて、その中にわたくし、クーリャがいましたの」
……それってどういう事? この世界が物語の中なの? というか物語って何??
「ここが最初の分水嶺、先生殿を説得できるかどうかで、状況は大きく変わるのじゃな」
はい、そういう事です、チエちゃん。
異世界転生において、味方をどう増やすか。
前世の事をどこまで話すか、そしてその知識や力を生かすのはどうすれば良いか。
「考え無しに情報を出すのは良くて大損、悪ければ狂人扱いになるからのぉ。どの物語でも、序盤の情報開示がキーになるのじゃ!」
なので、短編版よりは早く先生に情報開示する形にはなってますね。
この辺り、書いていて変わった点です。
「ふむなのじゃ。では、急いで続きを書くのじゃ! ワシも応援するのじゃ!」
ありがとね、チエちゃん。
では、明日の正午をお待ち下さい!