第32話 クーリャ28:美味しいは正義! スカウト作戦に打って出るわたし。
「今日のは、昨日よりは『いまひとつ』だったぞ。ゼリーの透明度は上がったが、味の組み合わせがあっていない。甘さも、もう少し増やしても良いかもな」
「ご意見ありがとう存じますわ。味に詳しい方の意見は貴重ですものね」
わたしは、毎日ヴァルラムの病室へデザートを持っていっては、味の批評を貰っている。
ヴァルラム、王都で菓子店めぐりをしていたのは、伊達ではない。
ちゃんと美味しかったか、何処が不味いか、完食しては批評をくれている。
先日まで自殺ぎみに絶食だったヴァルラム。
わたしの発案したゼリーを食べて以降、ちゃんと飲食をし始めた。
わたしが、
「美味しいデザート食べたいのなら、ちゃんと食事はしなさい。そうすれば、毎日新作を持ってきます。味の批評をしてくださると嬉しいですわ」
と言うと、
「ふ、ふん。オマエがそういうのなら批評をしてやろう! 俺の舌は肥えているから、覚悟するんだな!」
と、偉そうにした。
……まあ、照れ隠しってのもあるよね。じゃないと、ゼリーを皆の分もお代わりしないもん。
ゼリーさえ食べてくれたらなんとかなるという目論見で、生理食塩水と多めの砂糖、柑橘とミントを入れた補助食ゼリーを作ったのが大当たりした。
◆ ◇ ◆ ◇
「そのゼリーとやら、今ここにある材料で作れるんだね。それは、多分ヴァルラムも知らない菓子だから、間違いなく食べたがると?」
「はい、お父様。今の季節向きな水菓子ですので、お父様やお母様にも気に入ってくださると思いますの」
わたしは、お父様達わたしの保護者達に今回の「作戦」を説明する。
名づけて「美味しいゼリーで篭絡作戦」!
この世界で始めてゼラチンを使った菓子を作ろうと言うのだ。
「菓子作りというのなら、わたくしからは反対する理由もございません。令嬢の趣味としても、鍛治仕事や紙作りよりは悪くないですわ」
「わたくしは、姫様が料理も通じているのがビックリですの。てっきり……。あ、失礼しました」
デボラは、わたしの科学的探究心に突っ込みをいれるが賛成してくれたし、先生はわたしが料理など女性的なものに興味を持つはずなど無いと思っていたらしい。
……ぷんぷん! 先生も失礼なのぉ。
「では、まず最初はわたくしを味で納得させなさい。そこからですわ!」
「自分は先に毒見をしたいと思います。皆様の安全が第一ですので」
「ローベルト様ぁ。それは姫様に失礼ですぅ。アタシ、楽しみなのぉ!」
「姫様が料理とはねぇ。これはおもしれぇ」
お母様が偉く乗り気なのは良いが、毒見をしたがるローベルトにも困る。
カティにゲッツが嬉しそうなのは、毎度として。
……実は、先に味見したいんじゃないの、ローベルトって?
「では、皆さまの顎を落とすくらいの物を作ってみますのぉ!」
◆ ◇ ◆ ◇
「しっかし、あの膠から、ゼリーが出来るなんてびっくりだなぁ」
ゲッツは、鍛治仕事の最中。
わたしは、その陣中見舞いにゼリー菓子を持っていった。
「膠にはまだまだ余分な部分があるので、湯煎で溶かしてから、紙で何回もろ過して綺麗にしましたの。後は、お父様や先生に凍結魔法で氷を作ってもらって、砂糖などを加えた液を固めましたの」
接着剤としての用途なら膠のままでいいけれども、食用にするのは、まだまだ余分なものが多い。
溶かした液をろ過する事で、余分な油分とかが紙に吸収されたり、不熔解分が紙に残る。
そうして純粋なゼラチンを得て、ゼリーにした。
「他にも海草から作る寒天もありますの。あちらは、融ける温度が高いので口の中でも硬いままで、食感も違いますわ」
「それは、また楽しみ。姫様は案外と料理にも詳しいんだな」
「失礼ですわ、ゲッツ。これでも前世でも乙女だったのですから、甘いデザートには興味ありましたの」
と言いつつも、ゼラチンと寒天に関しては科学的興味もあっての事。
生物培養に大事な素材なのだ。
凝固温度と生物分解の関係で、寒天が西洋に知られるまで、微生物培養で科学者は苦労をしていた。
最初はジャガイモを切ったものや、液体ブイヨンによる液体培地を使っていたが、微生物分離に不便なので、固体培地を作るためにゼラチンを用いだした。
しかし、ゼラチンは溶解温度が摂氏60度、凝固温度が摂氏20度、そして一部細菌の栄養分となり扱いが非常に難しかった。
体内細菌の培養に最適な温度は体内温度、つまり摂氏37度でゼラチンが一部溶けてしまうからだ。
そんな中、東洋からのエース、寒天がやってきた。
オゴノリやテングサ等海草由来の寒天。
溶解温度は摂氏85度、凝固温度が摂氏38度と扱いやすく、更に大半の細菌は寒天を栄養分に出来なかった。
そして、アタシ世界では培養に寒天を使うのが世界標準になっている。
……アタシ細菌培養は詳しくないけど、寒天は科学進歩のため、将来的に欲しいな。ゴム共々欲しい資材が沢山なの!
◆ ◇ ◆ ◇
「オマエ……。いや、クーリャ。オマエや男爵は、どうして俺にここまでの事をしてくれるんだ? 俺はオマエ達を殺しに来て自爆した悪者だぞ?」
「そうですわねぇ。気まぐれでしょうか? それとも哀れみ、同情? 打算も無い訳ではありませんわ」
今日もヴァルラムにゼリー菓子を持ってきている。
わたしの身の安全の為、ローベルト、そして給仕役のカティと一緒に。
今日のゼリーはフルーツ入り。
ゼラチンが固まるようにフルーツを砂糖で煮たものを入れてあり、ヴァルラムにも好評だった。
「ふん! そんな理由じゃ、生かしておくのがやっとにするだろう? 牢屋にもいれず、綺麗な病室で三食デザート付。そして自分でなんとも出来ないシモの世話や身体を拭いたりまで嫌な顔ひとつせずにやってくれる。お人好しにも程があるぞ!」
「お人好しで結構ですわ。別にヴァルラムにこちらに寝返れとも、証言をせよとも言う気もしませんし。既に貴方を見殺しにしている公爵様達ほど非情になれないだけですの」
ヴァルラムの看護をしてくれているウサギ系獣族女性が、わたし達の会話を聞き苦笑しながら、片付け等をしてくれている。
ここ数日はゼリーの評価だけでなく、雑談にも応じてくれているヴァルラム。
子供時代に聞いた冒険物語とかも、わたしに話してくれた。
そして、そんな中。
とうとう、わたしに詰め寄る。
どうして自分を生かしているのかを。
「ふん! もう既に俺が誰の為に動いたか位は分かっているだろう。なら、俺を生かしておいても得は無い。殺して首を公爵様に送りつけたほうが効果的だぞ」
「そんな下品な事は、わたくしもお父様も嫌がりますの。今の証言だけで十分ですわ。なら、今後の話に進めます。ヴァルラム、貴方は今誰にも雇われていないですわよね。良かったら、わたくしに雇われませんか?」
「は?? 俺は敵だぞ?」
ヴァルラムは、鳩が豆鉄砲を食った様に、頭上に大きなクエスチョンマークを浮かべて驚いた。
「なるほど、敵の勢力を削るのに殺すのでは無くスカウトするのじゃな。敵をマイナス1だけでなく、味方をプラス1にすると」
ええ、チエちゃん。
チェスでは無く、将棋の戦い方をするつもりです、クーリャちゃんは。
「将たるもの、優秀な敵将を自らの陣営に引き込むのも策なのじゃ! そのくらいの度量があってこそ、優秀な軍勢を作れるのじゃ!」
基本、チエちゃんもそうやって敵を味方にしていきましたものね。
「殺すのは一瞬じゃが、人的資源がもったいないのじゃ! 裏切りをすれば容赦はせぬが、ちゃんと従ってくれれば古参同様に扱うのじゃ!」
この辺りの扱いは難しいもので、古参も優遇しつつも新参者も大事にする。
口では簡単ですが実際には難しい。
この辺りは、信長公が最終的に光秀公の扱いで失敗するくらいなので、素人の作者には分かりません。
「さて、クーリャ殿は、『ゲーム』では両親達を惨殺するヴァルラム殿をどう扱うのか。気になるのじゃ!」
では、続きは明日の正午に!