第17話 (累計・第320話) クーリャ306 わたし、病魔と戦うの! まずは環境からの説明ね。
「クーリャちゃん、第一回というが何回もするのかや?」
「出来れば今回限りで済ませたいですね、学院長先生。なので、今回は出来るだけ多くの関係者を呼び、遠くの方とは魔法通信で繋いでいます」
わたしは、学院の大教室の教壇で学院長先生からの質問に答える。
今、わたしは仲間達の協力の元、疫病対策講義をしているのだ。
「では、今回の疫病騒動。まずは結論からお話いたします。まだ病名が確定ではありませんが、今回の疫病は経口感染をする糞便汚染由来の消化器系感染症です。簡単に言えば、病原体に汚染されたものが口から身体の中に入って病気になったのです」
「なんと! それで公爵領では農地に糞便を振りまいてから発病したのじゃな」
「え! じゃあ、ウンチが口から……」
「学院長先生、そういう事です。エル君、ちゃんとトイレに行ったときは手を洗ってますか? 汚れが無いように見えても、病原体は手に残っていたりしますよ?」
今回、わたくしの講義を聞きに来ているのは、わたしの秘密を知っている関係者のみ。
それでも公爵家が2家、学院長やシルヴァリオ様が学院にて、ウチのお父様やアブドーチヤ様、エルフ大公国、ドワーフ王国の王様達が遠隔でわたしの説明を聞いてくれている。
王国や各国でも有力な方々が話を聞いてくれているので、最悪の事態になる前に対処出来て欲しい。
「では、続きを説明致しますの。病原体、これは病気を起こす生き物です。目に見える虫とかよりも小さく、顕微鏡でも見えないくらいのものも存在します。今回の病原体がコレラ菌であれば顕微鏡で見えそうですが……」
◆ ◇ ◆ ◇
「クーリャちゃんの話を纏めれば、移る病気、感染症は病原体という小さな生き物が身体に入って悪さをして起きるのじゃな?」
「はい、そうです。この病原体が身体に侵入する方法は、空気感染、飛沫感染、経口感染、昆虫媒介などがあります。風邪は咳やくしゃみによる飛沫感染ですね」
この世界は、徐々に神秘主義から科学時代に移りつつある時代。
ナターリャ先生や学院長先生、シルヴァリオ様みたいに魔法と科学、共にできる人々のおかげでどちらも軽視することなく、技術が進歩している。
……おかげで、わたしも安心して暴走できるの!
「神秘主義では、瘴気によって病気が感染すると言われていたが……」
「アルトゥル様。瘴気というものは大抵ひどく汚染された汚水などから出ているメタンガスと沢山の病原体が含まれますので、そんなに間違いではありません。とにかく清潔にすることが病気にならない一番ですの!」
アナスタシヤ様のお父様、王家隠密方なヴァース伯爵アルトゥル様が興味深そうに話す。
王家や王国の「闇」を見てきた彼からすれば、「瘴気」の恐ろしさは実感しやすいのだろう。
「クーリャ様。ではキリキア公爵領と同じく家畜の糞便を肥料に使っているウチでどうして疫病が発生しないのですか?」
「ヤコヴ様、そこは一工夫しているからなのです。公爵領ではトリーフォン様が糞便をそのまま散布しましたが、それでは肥料にもなりません。成分が濃すぎて枯れてしまいますし、糞便に含まれます病原体がそのままです。ウチやヤコブ様などのところで使っています鶏糞肥料は、一度発酵処理を行ったものを使用しています」
エカテリーナ様のお父様、ドゥラス伯爵ヤコヴ様から質問が来るのは理解できる。
農地に糞便由来の肥料を使っているのは公爵領と同じだからだ。
発酵をしない糞便を農地に与えれば、有機分だけ多く窒素分が少なくなる。
そして植物は窒素欠乏を起こし、最悪枯れてしまう。
また、糞便中に含まれる病原体で農地や作物が汚染されてしまう。
……そこで好気発酵を行って、糞便を発熱分解させるの。
「糞便や生ごみに、おが屑、麦わらなどを加えて、良く空気とかき混ぜます。すると中に住んでいる生き物、これも目に見えないくらい小さなものですが、それらが糞便などをご飯にしてどんどん増えていきます。また、その際に高熱を出し、70度くらい、熱いお湯くらいまでになります。そうすることで、一部の寄生虫以外の病原体は死滅し、植物にとっても美味しい肥料になりますの」
……だから前世日本では、戦前まで回虫やサナダムシなんかの寄生虫が体内に住んでた人多かったの。確かアメリカ進駐軍が生野菜のサラダ食べたいから、化学肥料での清浄栽培を始めたってミリタリーネタで聞いたことあったっけ?
「サイレージを作るときに熱くなるが、それと同じなんだね、クーリャちゃん」
「ええ、ルカ君。綺麗な草と糞便で違いはありますが、基本は同じ現象ですね」
「ふむ、蓬莱でも田畑の横に肥え貯めを作るが、そういう事だったのだな」
「そうですね、トモエ様。ウチでは肥料に使用するのは鶏糞がメイン。人間のは下水処理場で活性汚泥処理してます。汚泥は肥料にも使いますけど」
わたしが開示している情報や以前から知る知識と結び合わせて理解する仲間達、流石である。
……江戸時代の長屋トイレが共同だったのは、ここから汲み取る屎尿が肥料原料として売れるという意味もあったらしいね。ヨーロッパの中世末期までは、汲み取りトイレすら無くて『オマル』が普通なの。この世界はゲーム系ナーロッパだから、それよりは清潔だけど。
「それで、糞便と病気がどう関係するのじゃ?」
「あ! 横道に話がそれてごめんなさい、学院長先生。今回の病気、おそらくコレラだと思われますが、患者からの排泄物、糞便にコレラ菌が多数存在します。ちゃんと洗ったつもりでも手にコレラ菌が付いていたり、下着に菌が残っていたりします。また、コレラ菌は水中で死にませんので、一旦河川や井戸水がコレラ菌の入った糞便で汚染されたら、その水を飲むと発病します。もちろん作物も同様ですね」
「では、一旦汚染されたらお終いなのじゃ! これでは王都も……」
学院長先生は、汚染対策を知らないので絶望的な顔をする。
瘴気に汚染された大地や河川をどうにもできないという事なのだから。
「そこは大丈夫です。わたくしには対策案があります。また患者に対しても対処療法ですが、死を遠ざける方法も知っていますの!」
わたしは、ここぞとばかりにドヤ顔で解決案をアピールした。
「クーリャ殿、全開運転じゃな。じゃが、ファンタジー世界の住民に医学や生物学を講義するのは大変なのじゃ。理解者が沢山おるから科学チート全開できるのじゃがな」
科学チートするのは、知識だけじゃダメですものね、チエちゃん。
どの科学系チート作品でも現地技術者を見つけてからが本番。
Dr.Stoneもカセキ爺ちゃんが最初のキーでしたし。
「本好きの下剋上じゃヨハン殿、無職転生ではクリフ先輩殿、クーリャ殿にはゲッツ殿じゃな。科学・現世知識チートものでは、如何に早く技術者と会わせるかがキーなのじゃ」
ウチは少々遅いって言われてますがね。
さて、では明日の更新をお楽しみに!




