第30話 クーリャ26:お人好し過ぎるわたし。治癒魔法って何処まで治せるの?
「まだ、ダンスの練習しなくてはなりませんか、先生?」
「ええ、やっと基本が出来たばかりですからね、姫様」
関所町エモナでの決闘、そしてカルカソンヌ砦での戦い。
それらが終わって一週間程経過した。
お父様や警護をしていた獣族の戦士達は、全員無事に勝利して最終的に敵兵6名を殺害、ヴァルラムを含めて3名を捕虜に出来た。
そして、貴族令嬢としての心構えがなっていないと言われたわたしは、みっちりと楽器演奏だ、ダンスだ、お作法だと扱かれている。
これも、今まで遊んだ、いや研究をした為。
何よりも研究開発を優先したから。
……まあ、怪我の功名で予定よりも早く魔法を学び始めたから、イイの。魔法も科学に繋がるし、面白いの!
「そういえば、あれから公爵様は知らぬ存ぜぬですか?」
「ええ、ヴァルラム様は暇をやったので、当方とは関係ない。第一、負けて逆恨みで相手を襲うような卑怯な騎士は、当方には必要ないとの事です」
大怪我をしたヴァルラム。
死んでは困るので、中級治癒魔法や医学的治療により手足や肋骨の骨折、内臓の傷までは治癒は出来た。
しかし、わたしが予想したとおり脊椎損傷をしており、下半身の感覚は愚か、腕すらもあまり動かせない。
確か脊椎損傷部分で障害の酷さが変わると聞いた覚えがある。
……腕の部分麻痺だったら、確か頚椎の下のほうから胸椎の上辺りが損傷したのかな? 『アタシ』世界じゃ、iPS細胞での治験が開始されたばかりだったよね。こちらの高度治癒魔法なら、治せるんだろうか?
そんな酷い状況で見捨てられたにも係らず、彼は自分が勝手にお父様やわたしを襲ったと言う。
……何が、彼にそこまで忠誠を誓わせているんだろうね。アントニーは、下々の扱いが酷いってのが『ゲーム』でも有名だったのに?
そして雇われていた「ならず者」。
襲う対象がお父様、つまり男爵だと知ってはいたが、雇い主はヴァルラムだと言う。
彼に急遽雇われて、わたし達を襲ったと言う。
……もちろん、そんなはず無いよね。ヴァルラムが決闘に負けてから、わたし達を襲うまでに数時間くらいしかないもん。
誰も彼も、悪いのはヴァルラム個人、他は知らぬ存ぜぬ。
「先生。お聞きしますが、治癒魔法とは、どこまでの怪我が治るのですか? 簡単な切り傷や骨折が治るのは知っています。そして切断されていても、切断先があれば繋がる事も」
殆ど切断されていたヴァルラムの右手首、それを中央から派遣されてきていた高度治癒魔法使いにして司祭だったアフクセンチーが決闘後に治癒させていた。
「なるほどです。姫様は、ヴァルラム様の治癒を行いたいのですね」
先生は、先にわたしの問いを当てる。
「はい。確かに彼は嫌味で卑怯者で、『ゲーム』では皆を殺すヤツです。でも、今は大怪我で下半身麻痺、上半身も麻痺部分が多い可哀想な障碍者です。そして、味方にも見捨てられた哀れな男ですの」
「慈悲深い姫様らしいお考えです。しかし、彼がこちらに寝返るかどうかは不明です。治療してもらったことを感謝もせずに、怪我をさせたわたくし達を逆恨みするかもしれません。それでもですか?」
先生が言う通り、ヴァルラムが治癒をしたわたし達に感謝して寝返る可能性は高くない。
逆恨みをして、治癒直後に再び襲ってくる危険性すらある。
「もちろん、お父様やお母様、先生にデボラの意見を聞きます。実際に戦ったローベルトにも聞きます。どっちにせよ、魔法を習いだしたばかりの今のわたくしでは、不可能な事ですから」
わたしは、先日からようやく魔法を習いだしたばかり。
今は、体内魔力を知り、それを動かしたり一箇所に集めたりする練習中。
魔力モーター相手に、なんとなく魔力をダダ流しするのとは、勝手が違う。
……慣れたら、最初に覚えるのが身体強化魔法らしいの。まず、最初にわたくしが覚えるのは、危険から早く逃げる事。その為に逃げ足を強化するのが一番だって。
付け焼刃の攻撃魔法では、いいとこ猫だましがやっと。
それよりは、逃げる事を優先すべきというのが、お父様の意見だ。
治癒魔法は、その次。
体内魔力の流れが掴めれば、治癒魔法の感覚がつかみやすいらしい。
「そこまで分かっていらっしゃるなら、わたくしは何も言いません。皆様の意見を総合して判断しましょう」
「ありがとう存じます、先生。あれ? ということは、今のヴァルラムですら治せる高度治癒魔法があるんですね!」
「はい。こちらでは、デボラさんが上級治癒魔法<全快>を使えます」
<全快>、それは石化、麻痺、毒状態を含めた身体異常を快復、欠損箇所の再生すら行い、完全に健康状態に戻す上級治癒魔法。
この上には、過去に失われた魔法で、死者すら蘇生させる<蘇生>があると、先生が教えてくれた。
……先生は初級治癒魔法・解毒魔法までは使えるんだって。学院では、専門の治癒術師にならないと、中級以上の呪文は教えてもらえないとも教えてくれたの。感染症になったら、外傷用とは別の治癒魔法が必要なんだって。
デボラは、お父様の専属メイドになる前は、帝都に有る神殿お付きの治癒術師。
神殿に付属してある孤児院出身で、治癒魔法を含む神聖魔法に才能があることを見出されて教育を受け、同じ境遇だった旦那様と結ばれた。
しかし、幸せな時は長く続かず、旦那様は神殿内部での貴族派閥が原因の政争に巻き込まれて、過労死。
そして神殿に居られなくなったデボラを引き取ったのが、その時学院に通っていたお父様。
神殿内部の話を聞いていて、それではと子供を連れていた彼女を筆頭メイドとして雇った。
……だから、デボラもお父様に絶対信頼と忠誠をしているんだったの。お堅いけど、わたしにも厳しくも優しい、大事な人。
「わたくし、敵には容赦しませんが、戦いが終われば無闇に傷付けたくありませんの。甘いのかもしれませんが」
「アタシの姫様なら、そういうと思ってたの。アタシ、そういう姫様だーいすき!」
カティは、ローティーンながら豊満な身体でわたくしを全力でハグした。
「く、くるしいですぅぅぅ」
……柔らかいし、イイ匂いだけど、パワーすごいのぉ……
わたしは、この後「天国」を見そうになった。
転生時には、神様も天国も見なかったのに。
「クーリャ殿は、甘いのじゃ。ワシ自身は、甘いのが大好物なのじゃが、世界は非情なのじゃ。どこまで善意が通じるのか、そこが問題なのじゃ!」
まだ直接殺し合いになった事が無い、クーリャちゃんが甘いのはしょうがないとは思いますよ、チエちゃん。
口では非情になれると言っていても、所詮は10歳の少女。
世界に悪意があるのを知っていても、善意を信じたくなります。
作者自身も、甘いのか基本善意を信じてます。
裏切り、悪意もあるのは、もちろん知りつつも。
酷い目にあった事も実際……ね。
「ワシも善意を信じるが、悪意も信じるのじゃ。どのように善意を向けても、逆恨みして妬む愚か者は居るのじゃ! そのような者は容赦なく叩き潰さねば、今後の障害にもなるのじゃ!」
物語でも、生かしておいた敵が逆恨みして殺しにくるって展開はお約束ですね。
まあ、「伏線」にもなるんですけどね。
「さて、今回はクーリャ殿の善意が、ヴァルラムに通じるのか。そこが注目なのじゃ!」
ということで、明日の更新をお楽しみに!