第28話 クーリャ25:勝負アリ! 勝利したわたし達、そして悪は囁く。
戦いが終ったカルカソンヌ砦。
砦前の広場に倒れ伏すヴァルラム。
よく見ると、その手足は折れ曲がっており、もはや立ち上がれそうも無い。
「ヴァルラム、もはや貴君に勝ちは無い。大人しく投降せよ!」
我が騎士、ローベルトは慎重に倒れたヴァルラムに接近し、首筋に刀を突きつけた。
「ぐぅぅ。最早、これまで。早く首を取れ!」
ヴァルラムは、まだ意識があるらしいが、手足が完全に折れ曲がり、更におそらく背骨や肋骨、内臓も無事ではあるまい。
「どうしましょうか、お母様。わたくしとしては、どっちでも構わないのですが、ここで生かして捕らえてキリキア公爵様やアントニーへの追求材料にするのも手だとは思いますが……」
ヴァルラムは「ゲーム」では、お父様達を殺す「敵」。
しかし今は目の前で苦しみながら、もがいている。
正直、無抵抗の相手を殺すのは気が引ける。
戦争で戦いあっている間、襲ってくる敵を殺すのはしょうがないし、当たり前。
降りかかる火の粉を払っても、誰も文句は言うまい。
手加減をして不殺なんて、強者の戯言。
特にわたしの様な「か弱い」少女は、敵を見たら倒せる時に容赦なく殺すべきなのだ。
……そうは思うけど、やっぱり殺人には抵抗あるのよね、わたし。『アタシ』記憶が蘇る以前からそうだったの。でも、一端歯止めが外れたら敵対する者全てを虐殺する復讐鬼になるのも自覚あるわ。
『ゲーム』では家族や友人、領民を皆殺しにされた「わたし」は怒りのあまり復讐鬼となり、敵対する者達を命乞いされても虐殺していた。
……ここまで一方的な勝利だと、逆にヴァルラムが哀れですものね。殺す価値も無いですの。それよりは生かして交渉材料に使うのが価値も出ますわ。
「そうですわね。とりあえず、今は魔法使えないようにするのと、自殺防止に猿轡かませて牢に放り込んで置きましょう。裁定はマクシミリアン様が無事帰ってからにします!」
お母様は、お父様の裁定に任すようにローベルトへと告げた。
その言葉に、わたしは内心ほっとする。
「はっ! 警備兵の方々、お手伝い願えないか? 動けないとは思うが治癒魔法から復活する危険性もあるから、要注意だ!」
「あ! ローベルト、ヴァルラムの首は固定して運んで上げてくださいな。多分、脊椎骨折をして脊髄も損傷している可能性もありますの。傷が悪化して勝手に死なれても迷惑ですわ。それと寝かせるのも吐しゃ物で窒息しない様に顔を横向きにして下さいませ」
「了解です。流石は慈悲深き姫様。敵兵に対してもご配慮素敵でございます」
妙に感動しているローベルト。
わたしとしては、お父様が帰ってくる前に勝手に死なれたら困るから言っているだけ。
脊髄損傷を酷くしているのなら、この先ヴァルラムは一生芋虫のようにしか生きていけない。
今後、わたし達家族を襲う事も出来ず、惨めに生きていくだけ。
……なら、単純に今殺すよりは、いい気味ね。己の愚かさを一生後悔したらイイの! って思うけど、実際に見ちゃうと可哀想かも。
「さあ、わたくし疲れましたの。後は、皆さまにお任せして屋敷に帰りましょう。カティ、美味しいお茶を御願いね」
「はい、姫様ぁ!」
こうして、わたし達一家を襲った最初の試練を無事に乗り切った。
おそらく今後発生するフラグの一つを事前に叩き潰したので、事態が早回りして、わたし達を襲ったのだろう。
……今後もアントニー達の動きに要注意ね。あちらから何を仕掛けてくるか分からないもの。
「さて、クーリャ。明日からは、もっと礼儀作法のお勉強をしなくてはなりませんわ。今日みたいな無作法、貴方の隙になりますよ。ナターリヤ様、宜しくですわ」
「ええ、奥様。では、姫様。みっちりとご教授いたしますわ」
「え―! わたくし、皆を守る為に一生懸命頑張ったのにぃぃ」
……どーして、毎回わたしの悲鳴でイベント終わっちゃうのかなぁぁ。ぐすん。
◆ ◇ ◆ ◇
「報告が遅いが、ヴァルラム達はどうなっておるか?」
ろうそく灯りが揺れる豪華な馬四頭立ての馬車の中、キリキア公爵イザークは、側に座る側仕えに尋ねる。
「はっ。今だ魔法札による連絡はございません。本来であれば、そろそろ無事に終わっている頃なのですが……」
「俺の筆頭騎士ヴァルラムが田舎騎士やチビオンナなんかの家族に負けるはずない! 全身ミスリル装備の上にゴーレム馬を使っているのだからな」
父イザークの前に座るアントニー、如何にもプライド一杯の表情でクーリャ達を馬鹿にする。
「そうは言うが、アントニー。ローベルトとやらは強いぞ。あの妙に切れる剣と怪しげな剣術をいつの間に手に入れたのやら。3ヶ月前には普通の武具しか持っていなかったとの報告をヴァルラムから受けておったが?」
「公爵様、ニシャヴァナ男爵領には、以前から密偵を送っておりますが、最近情報統制が厳しいのか、噂レベルでしか情報が入らなくなりました。工房で植物紙や高級石鹸の生産を開始、領外へ販売を開始したのまでは確認しております」
側仕えは、密偵から上がってくる情報を公爵達へ説明する。
「今回の剣は男爵様従者にしてドワーフ族のゲッツが作ったらしいとまでは、噂で聞きました。この男は、ドワーフ王国一番の鍛冶師ゴットホルトの弟子ですが、喧嘩別れをして男爵領へ流れたそうです」
「なにか、男爵領が急に動き出したように見えるけど、ナゼだ? あのメスチビガキは、以前から妙な実験とやらをやっていたとは聞くが、石鹸とかもそれか? 女家庭教師が稀代の天才とは一時学園で噂にもなっていたそうが、会った限りではタダの女だったぞ」
「確かに怪しいな。引き続き情報収集を忘れず。なお、こちらも迂闊な情報漏洩はせぬ様に。雇った『ならず者』達は帰還次第、『処置』をせよ!」
「はっ!」
公爵とアントニーは、隠密をも操る側仕えと共に、男爵領の急激な発展を怪しむ。
「まあ、今回で男爵、男爵夫人に長女を失えば、残るは幼子のみ。後は王族から許可を貰い、政務代行という形で隣領の我らが介入して男爵領を奪えば、新たな富とやらも我らのもの。慌てず、確実に動くのだ。アントニーよ、急いては事を仕損じるぞ」
「はっ、父上。父上のお手並み、勉強させていただきます」
まるで時代劇の悪代官のように密談をする公爵。
彼の頭の中には、王国内で成り上がる事しか無かった。
「クーリャ殿、殺すのがイヤなのじゃな。それはヒトとしては当たり前なのじゃ。ましては幼き女の子で、現代っ子じゃ。それが普通なのじゃ!」
作者も正直、ゴキブリですら殺すのを一瞬は躊躇しちゃいますし、溺れている小虫すら気になって助けちゃいます。
身内を害する存在でなければ、殺すなんて一生思わないでしょう。
「じゃが、身内を惨殺されたら正気ではおれまい? それはクーリャ殿も同じなのじゃ。じゃから、彼女はゲーム世界では復讐鬼になったのじゃ!」
昨今の事件事故での裁判とか見てても、私だったら正気で居られるかどうか自信無いです。
世界は呪いませんが、犯人を一生許さないでしょうし、罰が軽過ぎるのなら……。
「危ない思考は、そこまでにするのじゃ。優しすぎる作者殿には、似合わないのじゃ。そういう意味でクーリャ殿も、作者殿同様に危ういのじゃ。是非とも2人とも、平穏に一生を終えてほしいのじゃ」
ご心配ありがとう、チエちゃん。
ごめんなさいね、クーリャちゃんには沢山試練与えちゃいます。
「じゃが、ハッピーエンド至上主義の作者殿なら安心なのじゃ!」
本当にありがとう、チエちゃん。
頑張って、ハッピーエンドまで書き上げますね。
「では、明日の更新を楽しみにするのじゃ! どうやら、明日はカエデ殿サイドの話なのじゃ! ブックマークも宜しくなのじゃ!」