第26話 クーリャ23:疾走、テストゥード号! わたしのドライビングテクニックに、皆メロメロなの!
「ひ、姫様。もう少し、ゆっくりに出来ませんか。奥様の様子が……」
「クーリャ、かまいません。今は、一時の苦しさよりは安全優先ですの!」
ガタガタと揺れるテストゥード号車内。
お母様は、乗り物酔いで青い顔だ。
それを見かねてデボラが心配そうに、お母様を介抱している。
そのデボラも時折咳き込み、先生やローベルトは言葉もなくじっと我慢をしている。
「俺が運転した時は、こんな速度出せねぇ、流石は姫様。でも苦しいぃぃ」
ゲッツも顔が真っ青だ。
「すいませんですの。後、10分しないうちに砦に到着します。そうすれば、もう安心ですわ。皆様、ご辛抱くださいませ」
「アタシは楽しいですぅ。姫様、いつのまにこんなものを動かす練習したのですかぁ?」
「わたくし、前世では凄腕ドライバーだったのですのよ!」
……現実はペーパードライバで、レーシングゲームでは凄腕だったんだけどね。
顔が青い大人達を他所に、助手席で楽しそうなカティ。
わたしが繰り出すハンドルテクニックを楽しそうに見ている。
ちなみに運転席は、サイズをわたし用に微調整済み。
ドワーフ族のゲッツと今のわたしでは、大きく身長差は無い。
……わたしもゲッツも身長130センチ台だし。あー、もっと背丈欲しいの。『ゲーム』通りじゃ155センチくらいにしか伸びないんだもん。
この世界初の魔力自動車、テストゥード号。
魔力モーターを動力とし、時速30キロメートル以上で疾走可能。
軸受けはボールベアリング、サスペンションは板バネ方式。
まだ試しては居ないが、道路状態さえ良ければ馬の全力疾走くらいの速度は出せると思う。
……問題は車輪なのよね。この世界、まだゴムが入手できていないから、タイヤが難しいの。
鋼鉄の車輪が、火花を上げて石畳を疾走する。
この世界でも、おそらく「新世界」、アメリカ大陸に該当する地域にはゴムノキがあるだろう。
しかし、魔法技術が進歩し、逆に科学技術の発展が遅れ、大航海時代が起きなかったため、一部冒険家によりジャガイモ等の作物が入手できたくらいが現状。
南米密林にあるだろうゴムノキまでは、手が伸びていない。
……いろんな事が解決したら、世界を探検して未知の動植物発見して、鉱物発掘してみるのも楽しいよね。あー、手付かずの世界は、冒険を待っているの!
わたしは、将来の夢を見つけたので、楽しくドライビング。
先程、この自動車が発進した分かれ道、少し遠回り側になる道をわたし達は進む。
この辺りの街道は、お父様達と何回も馬車などで通ったので覚えている。
夕闇迫る中でも、ヘッドライト部分で光る魔力光は明るく前を照らしている。
……お父様達は、近道を走られたけど、もう追いつかれたかもしれないの。皆、無事だと良いけど。
「姫様! 後方より騎馬ゴーレム接近! ヴァルラムです!」
背後からの騎馬音に気がついたローベルトが窓から顔を出して叫ぶ。
「こっちに来ちゃったのね。となると、残りはお父様達のところかしら?」
わたしは、銀板で作ったサイドミラーに映る銀色の騎士を睨んだ。
◆ ◇ ◆ ◇
「さあ、もうお終いだ。早く降りて来い。さもないと、火達磨にするぞ!?」
武装した男達が、馬上から吼える。
その手には火矢のついたクロスボウ、火球を宿した魔法の杖、剣などを持っている。
2馬立ての高級馬車は、いたるところから煙をだし、車軸が折れて動かなくなっている。
その周囲を4人の獣族戦士が馬から下りて守っている。
「さて、皆。囮役、ご苦労様。では、後は私が片付けるよ」
馬車の扉が開き、中から壮年の金髪男性が出てきた。
「これはこれは領主様。お覚悟が出来た御様子。このまま、我らの手にかかり、『事故死』になって頂きます!」
「まだ、私達に勝てる気なんだ。さっきの凍結魔法では4人は巻き込めた様だね。ヴァルラムはあっちか。まあ、ローベルトが居るから大丈夫だね」
ゆらりと歩くマクシミリアン。
「旦那様!」
「大丈夫、もう勝負は決したからね」
「なんだとぉ! 撃てぇ!」
無精ひげの男が叫ぶ。
しかし、火矢も火球も飛ばない。
そして男の視野から、マクシミリアンが消えた。
「敵を相手に、舌なめずりはダメだよ。時間を与えちゃうとこうなるんだ」
男はマクシミリアンの声がした方向、後ろで遠距離攻撃を準備していた者達の方を見た。
「え!」
馬上にいた火矢を構えていた男の首は、胴体から切り離されていた。
そして同じく馬上の魔法使いの首に、マクシミリアンの不思議な文様を持つ剣が突き刺さり、口からゴポゴポと血の泡を吹いていた。
「今だ、かかれ!」
「おー!」
男が狼狽した隙をつき、獣族の戦士4人が残る襲撃者2人に襲い掛かった。
「さて、後はヴァルラム。クーリャ、ニーナ。無事で居てね」
マクシミリアンは、血で塗れた愛剣を布で拭った。
◆ ◇ ◆ ◇
「なんだ、その妙な荷馬車は? 俺の銀馬並に速いなんてありえないぞ!」
「こんなところまで追いかけてきて、どうするつもりだ! ヴァルラム!?」
「もう俺はアントニー様の騎士でもなんでもない! オマエ達にかかされた恥をそそがねば、騎士の名折れだ!」
わたし達は、無事に領内中央部にあるカルカソンヌ砦に到着した。
ここから屋敷までは歩いても近く。
一安心をしたいところなのだが、砦までヴァルラムは来てしまった。
「女性を追いかけて、それで汚名返上とは情けない。どうせ公爵様から『領主以下全員を暗殺せよ、そうせねば帰ってくるな!』とでも言われたか!」
「も、問答無用!」
テストゥード号から一人降りて、刀を構えるローベルト。
そして周囲を砦の警備兵達に囲まれてでも、なおも強気のヴァルラム。
彼はヘルメットの面貌を下げて、銀色の騎馬でローベルトへ突撃を敢行した。
「あ、あぶないの!」
「姫様こそ、危ないです。あまり窓に近づいてはなりません」
わたしは、戦いの様子をフロントガラス越しに見る。
先生やデボラは、わたしの事を心配してくれるけれども、全員の眼はローベルトへと向かう。
ローベルトは、ヴァルラムが付き出す馬上槍をひらりとかわす。
しかし、高速で周囲を走るヴァルラム相手に、刀では手出しが難しいローベルト。
周囲を囲む獣族の警備兵達も、うかつに手出しが出来ない状況だ。
「うーん、どうしようかしら? 動き回る馬相手では魔法も弓も銃も当てられないの。何か、馬の脚を止められるものがあったら……」
わたしは、「アタシ」の記憶を探す。
……動物相手の狩猟具って何が有ったっけ? 投網とかブーメラン、投げ槍に後、……!
「ゲッツ! 丈夫な細めのワイヤーロープと錘ありますか?」
「確か、ここに……。姫様、何かやるのかい?」
「ええ、ヴァルラムの銀馬を倒します!」
「なるほど、クーリャ殿はボーラを作るのじゃな? この時代のヨーロッパでは存在を殆ど知られておらぬから、効果は抜群なのじゃ!」
チエちゃん、先にネタばらししないでよぉ!
「このくらいは別にかまわぬのじゃ! ヴァルラムにさえバレなければ問題ないのじゃ! しかし、ここで例えローベルト殿を殺しても生きては帰れぬぞ。一体、何を考えておるのじゃ?」
もはやヤケなんでしょうね、彼も。
プライドだけが拠り所なのに、お膳立てされた戦いで派手に負けて恥をかいたのですから、もはや後に引けない。
そして、何か裏があるんでしょうね。
「そこは、明日が楽しみなのじゃ! 皆の衆、ブックマークをして待つのじゃ!」
ではでは!




