第25話 クーリャ22:発進、テストゥード号! わたしには誰も追いつかせないの!
「くそぉ。お前等が居なきゃ、もっと早くアイツラに追いつくのに!」
銀色の馬上から、完全武装した騎士が憎らしげに叫ぶ。
「ヴァルラム様、無理を言われては困ります。そちらは疲れ知らずのゴーレムでしょうが、こちらは生身の馬。この速度では半時が限界です」
騎士の後方から息を切らしながら叫ぶ、こちらも武装した者達。
約8名ほどの彼ら、装備も服装もバラバラ。
魔法使いらしい杖を装備したもの、クロスボウを馬上で巻き上げるもの、そして汚れたマントを翻す「ならず者」風の男達。
「しょうがない。いかな俺が強かろうが、単独でアイツや領主2人と戦う訳にもいくまいからな」
先程、ローベルトに負けたヴァルラム。
自らの主達から、無様に負けた事への叱責を受け、その汚名返上にと、雇われ「ならず者」達と共にニシャヴァナ男爵一家暗殺の命を受けた。
「おまえら、もっと遠距離攻撃を仕掛けて、アイツラの足止めをするんだ。もうすぐ、追いつくぞ!」
馬車を覆う防御結界に火球魔法や火矢が弾かれる。
しかし、打ち込む度に馬車の出足が遅れ、徐々にヴァルラム達へと近付く。
「よし、俺が仕掛ける! 馬車を停めるから、お前らは全員殺せ!」
「おう!」
ヴァルラムは、己が乗る馬型ゴーレムに注ぐ魔力を増やし、加速した
◆ ◇ ◆ ◇
「じゃあ、打ち合わせ通りにいくよ、皆。絶対に誰も死ぬな!」
「はい、貴方」
「うん、お父様!」
「あいさー!」
今、わたし達は馬車等で領内街道を急ぎ南下中。
背後から、魔法使いや弓兵まで揃えた武装騎馬集団に追いかけられている。
そして、銀色の騎士が集団から飛び出した。
「行きますわ、貴方! 『風の中に漂いし、水の精霊。集いて、我の周囲に霧を作れ』、<濃霧>!」
周囲の視界が急に悪くなった。
お母様の魔法で濃霧が発生した様だ。
「では、いくぞ! 『凍てつく白きものよ、我の命に従い目前の敵を凍らせよ、<凍嵐>』!」
続けてお父様が、霧で出足が止まった敵集団へ、凍結魔法を叩き込んだ。
キィン!
周囲に漂っていた霧すらも全て凍結し、街道に大きな氷柱が出来上がった。
……お父様とお母様の合成魔法なのね。空気中の水分集めておいて、そこに氷結魔法を叩き込まれれば、大抵終わりだもの。火炎系を使わなかったのは、火事が怖いからだよね。街道沿いだから民家や畑もあるし。
「この隙に乗り換えをするぞ!」
「はい!」
◆ ◇ ◆ ◇
「では、私と獣族戦士達は、このまま馬車で移動をして敵をひきつける。ローベルトは、ゲッツと共に妻子を守ってくれ」
「御意!」
街道が二股に分かれる所で、わたし達は一端馬車を止めた。
かなりの時間、駆け足をさせてしまった馬達は、大汗をかき苦しそうだ。
「馬さん達、いままでありがとう。そして獣族の方々も、ありがとう存じます。まだ、敵を倒したとは限りません。皆様の御武運をお祈り致します」
わたしは、頑張ってくれた馬や獣族の方々に感謝をした。
「姫様、私達は親方様に助けて頂いたので、今まで命がありました。このご恩は今、返させていただきます。大丈夫、もう一度姫様の笑顔を見るまでは、死んでも死に切れませんぜ」
「おいおい、主人よりも先にクーリャに挨拶ですか? 全くクーリャは、僕の従者を皆従えちゃうんだからね。さて、では全員もう一度クーリャに褒めてほしいなら、死なずに勝つぞ!」
「御意!」
苦笑するお父様は、わたしの頭を軽く撫でた後、愛剣を抜き気勢を上げた。
「奥様、姫様。こちらへ」
「はい、では、お父様。次にお会いしますのはお屋敷での祝勝会ですわ。皆様、御武運を」
「貴方、もう若くないのですから、ご無理はなさらないでくださいませ」
わたし達は、ゲッツとローベルトに案内されてテストゥード号に乗り移った。
それは、こちらの世界でいう所の荷馬車、ただし全部が薄い金属で囲まれている。
そして、馬車のはずなのに御者も馬も居ない。
「では、奥様、姫様。狭い車内ですが、どうぞ」
「ゲッツ、宜しく御願いしますね」
車内の後ろは、天幕やら工具やら今回の遠征で使ったものが一杯。
要はトラックという訳だ。
「じゃ、一気にいきますわよ」
「はい、……って、姫様ぁ! どうして貴方が運転席でハンドル握っているんですかぁ!!」
わたしは、こそっとテストゥード号の運転席に座っている。
……だってぇ、試運転以外に乗っていないんだもん。せっかく作った世界初の魔力自動車、運転したいよぉ。
「ゲッツ。今から、わたくし達は急いで逃げなくてはなりません。ですが、ゲッツの魔力では、この自動車を今以上に早く動かす事が難しいでしょう。かといって、お母様達では魔力があっても運転は不可能。でしたら、どちらも可能なわたくしが運転するのが一番ですわ。さあ、時間もありません。出発しますよ!」
わたしは、ゲッツに屁理屈言って、有無を言わせずにアクセルを踏み込んだ。
「きゃ!」
「皆様、揺れますから、ちゃんとお席についてシートベルトをお締めくださいませ」
わたしは、わたし専用に作っていたシートベルトを締め、久しぶりに運転を楽しんだ。
……ゴムがないのと、道路舗装が石畳なのが問題ね。後、サスペンションをバネだけじゃなくて、オイルダンパーも作るの。そうすれば大砲の駐退機に使えるわ!
ガタガタ、大きな音をたてて鉄の車輪が火花を上げて石畳を削りながら、テストゥード号は疾走を開始した。
「クーリャ殿、大暴走の開始なのじゃ! さて、ラテン語の亀の名を持つ魔力自動車、その完成度を観察するのじゃ!」
チエちゃんのお目にかかれる代物かどうか、少し不安ですね。
そうそう、物語の中で馬の速度がありますが大体以下のとおり。
常歩 時速5~6キロメートル
馬が、ずっと歩ける速度、歩き。休憩挟んでこの速度なら1日で5、60キロメートルは移動可能。
人間だと、一日30キロメートルが一般的なので、倍は早いですね。
早歩 時速14、5キロメートル
馬にとってジョギング程度の速度、大体1時間程度走れる。
駆歩 時速25キロメートル程度
馬がやや本気で走る速度、30分が限界。
全速力、襲歩 時速70キロメートル
ウマ娘がレースで走る速度(笑)、精々5分。
一回このペースで走ってしまうと、もうその日は走れません。
なお、人間ならマラソン選手が時速20キロメートルで2時間、短距離選手なら時速36キロメートルで20秒くらいは走れます。
そう考えたら、実は長距離は人間の方が馬よりも早いかもです。
人間って汗腺が発達していて冷却能力が凄いから、長距離走なら全動物一かもしれないですね。
馬車の場合も、大体が常歩程度。
クーリャちゃんの家と領境までは、いいとこ10キロメートル強。
日帰りが十分な距離ですね。
そこに早歩や駆歩速度で襲撃者が追いかけてきて、こちらも早歩くらいまで加速したので、なかなか追いつかない状況になりました。
「それで、一人疲れ知らずのゴーレムに乗っておったヴァルラムが痺れを切らしたのじゃな。なるほどなのじゃ!」
ファンタジー世界では、馬を移動手段に使う場合が多いので、少し勉強しました。
因みに早便とかの場合は、馬や乗り手を何回も交代させながら走ったそうです。
「納得なのじゃ! では、明日の更新を楽しみに待っておるのじゃ!」