第8話 (累計・第181話) クーリャ172:領内は人でいっぱい。商売繁盛なの!
「お客さん、見て行ってください。こちら、王都直輸入品ですよ!」
「美味しいごはんは、どうかい!」
「王都でのファッションも、こちらでは購入できますよ!」
わたしは、カティとマスカーのみを連れてお忍びで、領内の商店街、市場へと来ている。
わたしは出来る限り地味な恰好だし、マスカーも今日はマスクを外しての素顔。
また、カティは大き目の帽子を目深にかぶり、お嬢様風ファッションで大きな狐耳と尻尾を隠している。
「賑やかですね、クーリャ姫様」
「ここでは、わたくし、いえ、わたしは只のクラリスです。ね、カティお姉ちゃん」
「あ、そうでしたの」
わたしが産業革命をするまでは、小さな露店が数店舗しか存在しなかった市場や商店街。
今では立派な料理店や衣料品店まで存在し、王都の商店街のミニチュアみたいになっている。
……わたしはカティの妹分って設定なの!
「そ、そこのお嬢さん、この果物はどうだい? 王国南部特産のオレンジだよ」
「珍しい果物なの。美味しそうね、カティお姉ちゃん」
「そ、そうですわね。クラリスちゃん」
いつもと逆の立場だから、やりにくそうなカティ。
でも、どう見てもカティの方が年上なのだから、身分を隠すならわたしは裕福な商家の娘に化け、カティが姉という設定にした方がバレにくい。
……と、思うんだけど、どうなんだろう? まあ、周囲の反応はバレた感じも無いから良いかな?
「可愛いお嬢ちゃん達には、おまけするよ」
「ありがとう、おじちゃん!」
お目付け役に化けたマスカーにお金を支払ってもらい、わたしはオレンジを3つ買った。
……わたし、子役女優いけるかもなの!
「カティお姉ちゃん、あそこに座って一緒にオレンジ食べようね。マスカーさんも、一緒ね」
「は、はい、クラリスちゃん」
わたしは、商店街中央にある広場の椅子にカティと並んで座る。
「いただきまーす。あ、甘いよぉ」
「ええ、甘くておいしいですね、クラリスちゃん」
「自分も頂けて嬉しいです。しかし、エカテリーナ様のところからの農産物が痛む前に送られてくるとは、物流も良くなっているのですね」
平民に化けて、気楽にカティと半分こにしたオレンジを食べながら周囲を見回すわたし。
マスカーもオレンジを一個食べながら、周囲から視線を切らない。
……おまけしてもらった一個はおやつなの!
商店街に来る人々の大半は笑顔だ。
少し前までのニシャヴァナ男爵領では見られなかった風景。
洪水ばかりで荒れた土地、必死に農場で働く人々。
しかし、今や男爵領は国内で最も富む地域になった。
「こんな幸せな街中は始めて見ます。これも姫様のおかげなのですね」
「誰の事を言っているのか知らないけど皆の笑顔が見れるのは嬉しいね、カティお姉ちゃん」
今では王都や周囲の領地、さらにはドワーフ王国や獣族国家群から多くの人々の流入が起こっている。
わたしが起こした産業が多くの富を生み、その富を求めて多くの人々が流入してきた。
「ただ、以前よりは防犯問題が発生しているとも聞きますね。富は良い人々だけで無く、悪人も集めてしまいます」
「そこは領主様の手腕次第ですね、マスカーさん。では、帰りますか、お姉ちゃん?」
「はい!」
わたしは、町娘っぽい歩き方で商店街を離れていく。
「あ、クーリャ姫様お姉ちゃんだ!」
「アンナ、せっかく姫様がバレていないって思っていたんだから、言っちゃダメだよ。あ!」
3歳くらいの小さな只人の女の子が、わたしを指さして名前を呼ぶ。
それを制する母親女性だが、わたしと視線が合ってバツが悪そうな顔をしていた。
「え!? ま、まさかバレバレだったのぉ!」
「だから辞めましょうって言ったんです、姫様」
「アタシ。もう、恥ずかしいのぉ、姫様の馬鹿ぁ」
◆ ◇ ◆ ◇
「はぁ。恥ずかしいのぉ」
「ボクらに隠れて変な事するから悪いんだよ、クーリャちゃん」
わたしは、屋敷に帰って皆に笑われた。
わたしの必死な変装は誰にも通じていなかった。
果物屋のおじさんは、わたしの正体知ってて黙ってオレンジをくれたのだ。
他の人たちもワザと騙されたふりをしてくれていたのに、それが分からない幼女がわたしの名を呼んでしまった。
「だって、わたくしが領主令嬢の立場で市場に行ったら皆困るでしょ? だから、お忍びで行ったのですけれども……もー恥ずかしいですのぉぉ!」
「あのね、クーリャ。最近領内に来た人ならいざ知らず、領内でクーリャを知らない人はまず居ないぞ。今回、小さな女の子にもバレたんだろ? いい加減、自分の立場ってのを覚えておくと良いよ。まあ、皆クーリャの事が大好きだから、付き合ってくれたのさ」
たぶん顔が真っ赤なのだろう。
頬がとても熱いけれども、恥ずかしくてたまらない。
お父様の指摘で、わたしは余計に恥ずかしくなった。
「クーリャ様、わたくしは羨ましいですわ。当家は伯爵家とはいえ、領地も無く平民と触れ合う機会があまりありませんですの。ですが。クーリャ様はお屋敷の中の人だけでなく、領内多くの人々から姫様と大事に愛されています。それは、クーリャ様がこれまでになさってきたことの結果ですの」
アナスタシヤ様はわたしの両手を包み込み、羨ましいと言ってくれる。
その表情に、嘘偽りは一切感じられない。
「ワタクシも同じ思いですわ。貴族は農奴や平民からは半分恐怖対象として見られるのが普通。なのにクーリャ様は、それこそお子様方からも愛されていらっしゃいます。この違いをワタクシ学びたいのですわ、オホホ!」
エカテリーナ様も、どこか恥ずかしそうな顔ながらも、わたしを励ましてくれた。
「もう、皆様。わたくし、恥ずかしいです。分かりましたの! もう己を隠すことは致しませんです。これからは、堂々と皆様を大事にしていきます!」
「クーリャ、頼むから少しくらいは隠そうよ。キミの正体が他領にこれ以上バレるのは危険なんだからね」
「あ、そうでしたの!」
屋敷内に笑い声が響いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「クーリャ姫様におかれましては、ご機嫌うるわしく……」
「イポリトさん、お世辞や前置きは結構ですの。今回も沢山の変わった物を納入頂き、ありがとう存じます」
「そうですか? そういえば、街中では話題でしたよ。必死に変装になっていない変装をなされた姫様のお姿が、とても可愛らしかったと」
「えー! もー恥ずかしいですのぉ!」
わたしはお父様と一緒に、領内に商売に来ているイポリトさんと商談をしている。
「クーリャが可愛いのは当たり前だね。さて、イポリト殿。頼んでいた案件はどうだったのですか?」
「はい、マクシミリアン様。現在、王都内での物流の流れですが、こちらへの流れは増加しています。それに対して公爵領では飢饉も一部地域では発生し、棄民も起こっています。なお、他の地域を含めた情報は報告書に致してしております」
お父様は、イポリトさんに商売から見える国内状況を調査してもらっているらしい。
ウチは史上最大の好景気ながら、公爵様のところは宜しくない状況。
棄民になった者が野盗になった事例は、わたしも現物を見た。
「了解した。イポリト殿、今後とも頼む」
「いえ、マクシミリアン様。当方に様々な商品を卸していただくだけでなく、態々警護役に獣族の戦士をお貸し頂けるだけでありがたいです」
イポリトさんがウチの専属取引先になった時点で、お父様は自らが持つ獣族の戦士を警護役に貸した。
半分は監視と諜報という意味もあるのだろうけれども、今はお互いに良い関係を続けている。
……何せ、一番信用している人を貸しているんだからね。
「そうか。レイヨ、今後ともイポリト殿を宜しく頼むぞ」
「はっ! マクシミリアン様」
狐部族の戦士レイヨが元気に返事をする。
「レイヨ、いつも娘さんにはお世話になっていますの。今日くらいはお家に帰って家族水入らずをなさって頂くと嬉しいです」
「姫様。本当にカティはちゃんとしていますか? 自分は心配です」
「お、お父ちゃん! アタシ、ちゃんとしているもん」
そう、レイヨはカティのお父さんなのだ。
カティはレイヨの長女、弟や妹を養う為にわたしの配下として働いてくれている。
カティのお母さんも農場で働いてくれていて、とても仲の良い家族だ。
「そうですわ。わたくし以上にカティはしっかりしていますの。カティ、命令を下します。本日は早く仕事を終えて自宅で家族仲良く過ごしなさい! これは絶対命令ですの! お父様、良いですわね」
「ああ、では私も命じよう。レイヨ、今日は自宅へ帰りゆっくり家族と過ごしなさい。イポリト殿、良いですよね」
「ええ、私もそれを望みます」
「もー、姫様ったらぁ。しょうがないから、そうします。お父ちゃん、一緒に家に帰ろうね」
「ああ、そうするよ。マクシミリアン様、姫様、ありがとうございます」
わたしは、幸せそうな親子を見て、ほっこりした。
「カティ殿のご家族が仲良く過ごしておるのは良い風景なのじゃ! しかし、クーリャ殿が生み出した富が、良いものだけでなく悪意も引き連れてくるのは、気になるのじゃ!」
富にあやかろうとする者達には、野盗の様に不当な方法で富を奪うものもいますからね、チエちゃん。
経済格差が更なる貧困や悲劇を生んでしまうのも、現実でも見る風景ですし。
「なにか、ハッピーな展開で終わりそうに無いのが気になるのじゃ!」
ということで、続きは明日の更新をお楽しみに!




