第16話 クーリャ14:追い詰められたわたし、そしてそれを庇う従者たち
「どうました、クーリャ? 先ほどから、すっかり顔が青いですわ。それに汗もいっぱいかいて。大丈夫ですか?」
「え、えっとぉ……」
ニーナ様は、姫様を心配して声を掛ける。
しかし、姫様は満足に声も出せずに、真っ青な顔で汗をかきながらガタガタと震えている。
……最初、わたくしに秘密が露見した時のままですわ。このままでは、姫様が危ないですの。
「お、奥様、姫様はとても緊張なさっているのです。御自分の犯した件で罪も無い人が巻き込まれるのを、どうやって阻止できるかと……」
「そ、そうですの! 姫様は、一生懸命なのぉ! アタシの事も絶対守るって言ってくれたもん!」
普段は、勝手に発言する事を禁じられているメイド。
その見習いでありながら、姫様専属のカティは勇気を振り絞って姫様を庇うように叫ぶ。
そして、席に座っている姫様を守り庇う様に後ろから優しく抱き、耳や尻尾を大きく立たせて、主の主たるマクシミリアン様達を睨んだ。
「カティ! 貴方には今、発言する権利はありません。メイド、側仕えたるもの、主に恥をかかせてはなりません。ましてや、そのように、旦那様を睨むなんて……」
「デボラ! それにニーナ。もうクーリャを責めるのは辞めなさい。クーリャは、すっかり倒れそうになっているじゃないか。それを見ていられないから、ナターリャ殿は庇うように嘘を付いたし、カティに到れば、これ以上クーリャを虐めたら絶対許さないって顔しているよ」
苦笑しながら周囲を眺めるマクシミリアン様。
そして、状況がつかめずに剣を抜いたまま、オタオタしているローベルト様。
「クーリャ。別に私は、ううん、僕はね、キミが本当なら知らない事を知っていたのに、びっくりしていただけなんだ。脅かしたり責めたりして、ごめんね。お母さんにしても、デボラにしても、そうさ。ここにいる人でキミが嫌いな人なんて誰もいないよ」
◆ ◇ ◆ ◇
「ここにいる人でキミが嫌いな人なんて誰もいないよ」
お父様は、普段の貴族としての顔じゃなくて、「お父さん」の顔でわたしに話してくれる。
昔、小さなわたしを膝に乗せて昔話をしてくれた時のように。
「ホ、ホント?」
「ああ、そうさ。だって雇い主を裏切っても嘘をついて庇ってくれる先生に、命がけで主を守ってやるんだって少女も」
お父様は、全てお見通しって顔だ。
「それに今後の縁談話は絶対事前調査の上、僕に意見してでもキミをこれ以上悲しませたくないって頑張るハウスキーパー。そして例え貴族らしくなくても技術者として生きて幸せならそれで良いという母親。もちろん、キミが宝物の僕」
お父様は、それぞれの顔を見ながら話す。
皆、隠していた事を話されて恥ずかしそうだ。
「も、もちろん、自分も姫様には忠誠を誓っています! たかが雇われ騎士に対して、ここまで親身になってくれる主は他にはいません!」
「おいおい。それは主たる僕の立場が無いんじゃないかな。まったく困ったことだね。クーリャ、キミは僕の従者達を全部奪ってくれたよ」
ローベルトは、剣を下ろしてわたしに忠誠の姿勢を示すし、お父様は周囲が全部わたしの味方になったのを笑って茶化す。
「お父様、ご、ごめんなさい」
わたしは、ぽつりとお父様に謝る。
すると、涙が勝手にこぼれだす。
「ご、ごめんさない、皆。嘘つかして、ごめんなさい。心配させて、ごめんなさい。たくさん、だぐざん、ご、ごめんなざいぃぃぃ」
そして、皆へ謝るうちに涙は滝のように流れ、わたしは号泣した。
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「びめざまぁぁぁ!」
わたしを抱きしめてくれていたカティも号泣する。
「もう大丈夫ですわ、姫様」
「ええ、もう責めたりしません。だって、いつもわたくしの事を考えて喜ぶ事をしてくれていましたよね」
「姫様、追い詰めてしまい申し訳ありません」
先生、お母様、それにデボラも、わたくしを抱きしめてくれた。
「あー、良いなぁ。僕もそこに加わりたいよ」
「マクシミリアン様、すいません。主の貴方様をないがしろにしてしました」
向こう側では、半分拗ねているお父様と、剣を返してお父様を慰めているローベルトがいる。
「ぷ!」
皆の様子にどこか可笑しく思えたわたし。
わたしは皆の姿でとっても幸せな気持ちになったのと、このお人好しな人々を絶対守るんだって心に決めた。
「皆様、すこし痛いですぅ。抱っこしてもらえるのは嬉しいのですが」
「あ、ごめんなさい、姫様! あ!! ご主人様、奥様。それに皆様、申し訳ありません。ただの獣のアタシが、差し出がましく失礼な事をしてしまいました」
わたしから、文字通り撥ねるようにして離れて床に土下座をしたカティ。
「お父様、お母様。カティを責めてはいけません。彼女がわたくしを庇ったのは、全て主たるわたくしの責任。彼女には罪はございません! それは嘘をつかさせてしまった先生も同じです!」
わたしは涙を拭って、わたしを庇った2人を主として庇う。
……もう怖く無いの! わたしは、誰も彼も守る爆裂令嬢! 仕来りだろうが、妄執だろうが、吹き飛ばして皆を幸せにするの!
「クーリャ。僕は誰も責めてはいないよ。誰も彼もがキミが大事なんだけど、その歯車を掛け違えただけさ。さあ、まずは皆落ち着こう。デボラ、カティ。新しいお茶を入れなおしてくれないか? それと、今度はキミ達もちゃんと席に座って話し合おう」
「はいですぅ!」
元気に顔を上げたカティの様子に、皆から笑顔がこぼれた。
「お父様は、流石は中央貴族の中で生き残っただけの事はあるのじゃ。人を見る目が鋭い上に人心把握もお見事。そして、優しい父親なのじゃ!」
ええ、チエちゃん。
ただのお人好しではお互いに脚を引っ張り合う貴族社会では生きられません。
ですが、優しくなくては生きる資格がありません。
「仮面ライダーWのモチーフにもなった探偵フィリップ・マーロウの名言じゃな。男たるもの、社会に出れば戦場。場所は違えども戦うのじゃ。その上で仲間を増やすのは大事。クーリャ殿に人が集まるのは、お父様の教えや遺伝かや?」
意識しない「人たらし」に関しては、そういう事もあるかもです。
前世でも、幼い頃は色々あったものの研究室では実質リーダーとして愛されていたようですし。
そういえば、コードギアスのルルーシュの台詞「撃って良いのは……」も、フィリップ・マーロウの台詞でしたね。
「さて、明日の話は、いよいよお父様達への秘密を話すのじゃな。どういう話になるのか、楽しみなのじゃ!」
では、明日の正午をお楽しみに!