第28話 (累計・第161話) クーリャ152:美味しいものは、皆を幸せにするの! わたし、商談する。
「ふぅ。カティ、お茶ありがとうね」
「いえいえですぅ。クーリャ姫様ぁ」
わたしは農場視察&講義を終えて、また伯爵様のお屋敷で一休みをしている。
「この度は、私共の農奴に対して色々ご指導頂き、ありがとございました。しかし、クーリャ様、貴方は何処でこんな知識を得たのでしょうか?」
「それは秘密ですわ。それに、まだ全ての知識をお教えした訳でもありませんし。第一、農奴の方々は読み書きができない方が多すぎます。これでは、せっかくの知識を伝達することも、記録しておくことも出来ませんですわ」
「それは申し訳ない。今までは、農奴に対しては生活できるものを与えていれば問題無いと思っておりました」
伯爵様は、わたしに対して娘の同級生というより、指導者に対してという目で見ている。
……熱心に教えを聞く農奴達を見たら、領主としては気になるよね。農奴がわたしのところに逃げられたら大損だし、第一既に実績のある農法で収穫量が倍増になるなら、聞かなきゃ損だし。これで味方になってくれれば良いけど、それは今後次第かしら?
「どうですか、お父様。わたくしがお話していた通りでしたわよね、オホホ。クーリャ様は味方にぜひすべき人材なのです」
「エカテリーナ、それを本人の前で言うのはどうかと思うぞ。好意ではなく、損得で付き合うべきだと言っているのと同じだからな。すいません、クーリャ様」
「いえいえ。わたくし、気にしませんですわ。貴族たるもの、例え嫌な相手でも得を得られるなら付き合うのも普通ですから、オホホ」
わたし個人としては、損得で動いてくる人間は嫌いではない。
こちらから利を与え続ければ、裏切らないのだから。
ましてや、本人に対してはっきり言ってくれるのは、ありがたい。
……と言っても、王族や他の貴族の動き次第で変わっちゃうのも確かなの。エカテリーナ様の発言はポーズっぽい気がするけどね。彼女、口で言うほど損得だけで動く子じゃないし。多分、お父様を説得するためだと思うの。
「クーリャ姫様。エカテリーナ様の真似は良くないと思うのぉ」
「いいじゃないの、カティ。今は商談中ですもの。さて、ヤコヴ様。今回の情報ですが、もちろんタダではありませんですの」
「やはりですか。で、何をご所望ですか?」
カティの突っ込みは半分無視して、商談に入るわたし。
伯爵様は、ある程度の品なら出してくれそうなのは助かる。
「そう心配しなくても良いですわ。普通に特産品を売って欲しいだけですから。こちらでしか取れない作物がありましたら、優先して買います。コメは種籾も少々欲しいです。後は……。エカテリーナ様、こちらでの特産品は何ですか?」
「そうですわね。王国内でアタクシの領内でしか取れないものですと、コメの他はオリーブや柑橘類でしょうか?」
……それは絶対に欲しいの! ウチだと寒いから柑橘は難しいの。オリーブも油が美味しいし、これは良い取引になりそうなの!
「そのあたりは欲しいですわね。柑橘はどのような品種がありますの?」
「そこは私が答えますね、クーリャ様。オレンジとレモンがあると聞いています」
「オレンジ? クーリャ殿、蓬莱では蜜柑があるが、それとは違うのか?」
わたしは、食いしん坊なのを半分隠して、聞くと伯爵様が答えてくれた。
そして柑橘という言葉でトモエ様が反応した。
「蜜柑、俗にいう温州ミカンは蓬莱と大匈奴帝国にしかない果物ですね。オレンジは蜜柑よりは大きく皮も厚め、香りが強い傾向がありますね」
「そうか。それも食べてみたいものだ」
食いしん坊のトモエ様、わたしの説明でオレンジにも興味を持ったらしい。
……柑橘類は確か前世世界ではインド原産で、そこから蜜柑とかオレンジが分かれたって聞いたことがあるの。日本だったら、デコポンとか夏みかん、ポンカン、清見タンゴール、文旦。いっぱい美味しい柑橘があったね。こういう情報も流しても良いかもね。
「今晩の晩さん会にはコメ料理の他に、オリーブを使ったもの、デザートでオレンジも出しますので、お楽しみくださいね」
「そ、それは楽しみで、ですわ」
よだれ流しそうなトモエ様の様子に、仲間達から失笑がこぼれた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ふむ、これはパエリアですね。オリーブ油でコメを生状態で炒めてから魚介スープで炊いたものでしたかしら?」
「クーリャ様は料理にも詳しいのですね。その通りです」
テーブルには数多くの料理が並ぶ。
パエリア、アヒージョなど前世世界の南ヨーロッパ風の料理だ。
パエリアに使われているコメは短粒米、前世日本のジャポニカ種に似ているけれども、粘り気が長粒米、インディカ米のように少ない。
おそらく二つの間の品種、ジャパニカ米だろう。
前世世界では、確かインドネシアやスペイン辺りで栽培されていた。
「うーん、少し感じが違うけれども、確かにコメですぅ。美味しいですぅ」
涙を流して、スプーンでパエリアを口に掻き込むトモエ様。
いつものクール武士っ娘のイメージが完全に無い。
「クーリャちゃん、これがコメなんだね。小麦と違ってちゃんと粒があるんだ」
「ええ、エル君。小麦やライムギは皮が硬くて取り除くと一緒に粒が砕けるので、粉にして食べるのが主流なのですが、コメは殻が簡単に取れるので粒のまま食べますの。はぁ、魚介のスープが染み込んで美味しいですわ」
エル君、興味深そうにコメの粒を見ては口に入れている。
粉食がメインな麦文化圏と粒食が普通の米文化圏では、考え方も違うだろう。
「クーリャ、このエビってヤツは虫っぽいけど美味しいな。魚やタコ、貝ってやつも獣肉とは違うけど、これはこれで良いね」
「わ、わたし。こんな料理初めてなのぉ。お父さんやお母さんに食べさせてあげたいなぁ」
「クーリャちゃんにカトリーヌちゃんや。魚介料理なら魔族帝国でもいっぱいあるのじゃ! 今度、機会があればごちそうするのじゃ!」
「あらあら、皆様。御料理に夢中なのですね。では、わたくしも後で調理方法を聞いて当方でも再現してみましょうかしら? エカテリーナ様、お願いしますね」
「アナスタシヤ様、それは無理ですわよ。エビは特に早く痛みますし、魚も王都まで干物や塩漬け以外は輸送が難しいですの」
仲間達も、わいわいと楽しく食事を共にする。
その様子に伯爵様や奥様も嬉しそうな顔をしていた。
「うーん、ならウチの自動車と凍結魔法があれば……」
「え! クーリャ様。詳しいお話を後でゆっくり聞かせてくださいませ!」
「は、はいですの、アナスタシヤ様」
わたしの呟きに大きく反応するアナスタシヤ様。
その頭の回転の良さに、わたしは恐怖した。
……しまったのぉ。また、失言しちゃった。アナスタシヤ様に冷凍トラック輸送ってヒント言っちゃったのぉ!
「クーリャ姫様。また、話し過ぎなのぉ」
なお、言うまでも無くデザートで出たオレンジに、トモエ様は悶絶した。
「美味しいですのぉ!」
「さて、とりあえずは伯爵様に対しては商談には入れたのじゃ。じゃが、この先味方になるかは不明なのが不安なのじゃ!」
損得を考えるのが人間、それも貴族なれば貴族社会内での立場を考えますからね。
今までの様に簡単に味方になる方が普通じゃないですものね、チエちゃん。
「今後の取引次第という事じゃな。エカテリーナ殿は味方でいてくれそうじゃが、親がどうなるかは不明。公爵や王族の動き次第では危ないのじゃ。特に第二王子がアヤツの息が掛かっているのが不安要素なのじゃ」
ということで、明日の更新をお楽しみに!




