第42話(累計・第123話) クーリャ115:説得するわたし。誰も不幸にはなって欲しくないの!
「ど、どうして死なないの! どうしてキュルヴィが死ななきゃならなかったのぉ!」
ニーニエルさんは、毒短剣を持ちながら泣き叫んだ。
……えっとぉ、多分ニーニエルさんの名前を呟いた闇エルフの男性がキュルヴィさんかな? 雰囲気からしてニーニエルさんと恋人同士だったっぽいの。
わたしは、身体強化魔法による「瞬動地」で危うくニーニエルさんに刺されそうになったところから飛び去り逃げた。
わたしが着地したのは、ニーニエルさんからは5メートルは離れた玉座付近。
隠し扉周辺だったので、そこから飛び出したゴブリンや闇エルフの方々が、ゲッツの機関銃で撃ち殺された中に着地している。
……血まみれのゴブリンさん達の中に居るのは、臭いもあって気持ち悪いの。でも、今はそれどころではないわ。
わたしは、一呼吸してから叫んだ。
「皆、待って! マスカー撃っちゃ駄目! 少しわたくしにニーニエルさんとお話しさせて欲しいのです!」
今にもニーニエルさんを撃ち殺しそうだったマスカーやアデーレさんを、わたしは制した。
……殺しちゃうのは簡単だけど、死体は情報吐かないの。スパイとして潜入していたのなら、敵のボスを知っているはずだもん。
わたしがニーニエルさんに事情を聴こうと思った時、壁にもたれて座り込み胸から血を流していたキュルヴィさんが身じろぎをしたのを視野の端で見た。
……え! まだ息があるの! なら、これで彼を助けてニーニエルさんを説得できるかも!
「先生! 学院長先生、それにエル君! 彼の救命をお願いしますの! まだ生きてます、急いで!!」
わたしは視線で、皆にキュルヴィさんの方を指示した。
「は、はい!」
「そういう事じゃな。了解したのじゃ。説得は任せたぞ!」
「うん、ボクにお任せ!」
わたしの意図を察してくれた先生達は、キュルヴィさんの元へ駆けつける。
「い、一体何が??」
「大公様、我々は……」
大公様や周囲の警備兵のお兄さん達は状況がコロコロ変わるので、付いていけない状況。
「エルウェや。大公のお前が慌ててもしょうがないぞ。ここはクーリャ嬢ちゃんに任せておけば良い。こら、エフゲニー。弾丸を今摘出したら、血圧低下で即死するぞ。止血と血圧維持、あとは出血で溺れぬように注意をしつつ弾丸摘出後に、治癒魔法で治療するぞ」
大公様に苦言を言いつつ、わたしにウインクしながら処置を行っている学院長先生の方へ向かうシルヴァリオ様。
「い、一体、何をしているのよ! わたしを無視しないでよぉ!!」
自分を無視された形になったニーニエルさんは、周囲を槍や銃を持った兵士やマスカー達に囲まれながら叫ぶ。
「申し訳ありませんでしたわ。だって一秒も惜しい状況でしたものね。さて、ニーニエルさんにはお聞きしたいことがありますの」
……よし! ニーニエルさんの視線をわたしに集められたの。これで説得と時間稼ぎも出来るよね。
内心ドキドキして足が震えているけど、そんな様子を見せない様に踏ん張るわたし。
……女は度胸! ここはニーニエルさんを生かして捕らえるのがベストなの!
「何よぉ! 裕福に暮らして幸せいっぱいですって顔のガキの話なんて聞けないわ! どうしてわたしやキュルヴィが不幸になって、アンタがのうのうと生きてるのよぉ!」
……よし! 食いついたの。まずは身の上とか事情を話させるの! 説得の第一歩は、相手の言い分を聞くことなの。それに敵の情報も欲しいしね。
「確かに、わたくしは今まで快適な生活をしてきましたの。ですので、世の不幸を全ては知りませんです。宜しかったら、ニーニエルさんの過去をお教え頂けませんでしょうか?」
「今更、わたしの過去を聞いてどうするつもりかしら。同情して泣いてくれるとでも? まあ、良いわ。わたしの過去を話してあげる」
そしてニーニエルさんは、己の過去を話し出した。
「……そしてわたしは、とある方の配下になったの。そのお方は暗黒神ラトフィス様を祭る教団の幹部。ラトフィス様は世界を一度破壊し、誰もが平等な新たなる世界を構築なさってくれるのよ!」
……身寄りを亡くし何の技能も職もない若い女の子が夜の街に流れちゃうのは、どの世界でも同じよね。そこから救われたのなら、救った相手を崇拝しちゃうのも分かるわ。でもね、そこから先は違うと思うの。
ニーニエルさんの不幸な生い立ちを聞き、複雑な表情を浮かべる大公様達。
過去の災害復旧が甘かったのを実例として指摘されちゃったのは、苦しい事だろう。
「なるほどですわ。キュルヴィさんとは、同じ配下として出会って恋仲になられたのですわね」
「ええ、その通りよ。キュルヴィも闇エルフとして、酷く差別されてきたわ。彼は何も悪い事をしていないのに、先祖が犯した罪とやらでずっとひどい目にあってきたのよ!」
わたしは、ニーニエルさんと会話しながら、横目でキュルヴィさんの状態を見る。
シルヴァリオ様が中心になって、処置の指示を出している。
まだ処置が続いているのなら、キュルヴィさんが死んでいないという事。
それなら、説得が成功する可能性も十分ある。
「闇エルフさん達の扱いについては、わたくしも大公様に苦言を申しましたわ。ハーフエルフさん達も色々と大変な思いを、これまでなされていたとも聞きましたの」
「でしょ? だから、こんな間違った世界は一度壊さなきゃならないのよ!」
まず相手の意見の一部に賛同する。
これが、聞き上手のコツ。
説得するのは、聞き上手から入るのが鉄則。
ニーニエルさんの言う種族間差別は、確かに良くない。
……でもね、そこから先の考えが大間違いなの!
「そこが間違いなのですわ、ニーニエルさん。世界を破壊すると言いましたよね。その際にどれだけの被害が起きるとお思いなのですか?」
「そんなの知らないわ。今まで何も知らずにのうのうと生きてきたヤツらがどうなろうと……」
「では、都から遠く離れた小さな村に住む子供達が、何の罪も無くご両親達と仲良く暮らしていた子達が破壊に巻き込まれても良いのですか?」
「え! そ、それは……」
わたしの指摘に狼狽するニーニエルさん。
彼女の過去と同じ無辜な子供達が、どうなるのかをわたしが彼女に提示したからだ。
「ニーニエルさんが言う様に世界を破滅させたら、何の罪もない幼い子達も巻き込まれ死んでしまったり、生き残ってもニーニエルさんみたいにご両親・家族を失う事になるでしょう。それでもニーニエルさんは破滅を望みますか? かつての貴方にような悲しい思いを幼子にさせるのですか!?」
「そ、そんなぁぁぁ……」
ニーニエルさんは、両手で頭を抱え苦悩した。
「視野が狭くなってしまった者が陥りがちな矛盾じゃな。今回は、そそのかした黒幕が悪いのじゃ。まったくアヤツには痛い目を見てもらわねば困るのじゃ!」
チエちゃん、そこは今後の展開をお楽しみに。
「うむ、では、明日の更新を待っておるのじゃ!」




