第11話 クーリャ9:鉄作りの開始! 姫様、暴走する。
「姫様は、鋼作りをどこまで知っていらっしゃるのですか? 俺の仕事くらいしか、鍛冶仕事を見たことは無いですよね?」
今日は当家の鍛冶屋ゲッツに冶金について聞きに来ている。
わたしが真面目な態度なので、ゲッツも今日は真面目に答えてくれている。
「確かにわたくしは、実際には製鉄を見たことはありませんが、どうやれば出来るかは知っていますの。まずは、鉄鉱石を探すところからです。確か、この辺りではドワーフ王国との国境になる山岳地帯で取れますわよね。次に必要なのは炭、木炭でも石炭でもいいですの。石炭ならより純粋な炭素に近い骸炭の方が良いですね。後は石灰石が欲しいかな。不純物をスラグの形で取り出したいですし……」
わたしは、「アタシ」の記憶を使って一気に話す。
もしもの事があって記憶が思い出せなくなる前に、この間作ったノートに色々今後役に立てそうな事を書き写している。
……それにしても、『わたし』の頭はすっごいの。『アタシ』よりも高性能かも! 若いっていうのもあるけど、知識がガッチリはまっている感じなの。
「ちょ、姫様。待ってくれ! そ、それは俺も知らない事だぞ? 姫様は一体、何処からそんな知識を得たんだよぉ!」
「ゲッツさん、すいません。姫様がこーなったら暫くは止まりません。悪いクセなんですけど」
「姫様、一気にお話しますと喉に悪いですぅ。お飲み物をどうぞです!」
わたしは、眼の前に差し出されたコップを受け取って、ごくりと飲んだ。
「ふぅ。カティ、ありがとう存じます。さて、今度は銑鉄から鋳鉄への転換方法のお話しに入りますわ。銑鉄は炭素やリンが多くて脆いので、鋳造に向く程度まで炭素やリン等の不純物を減らします。とことん炭素等を減らせば硬い鋼鉄になりますけど。それに使うのが転炉。溶かした銑鉄を入れた容器、これを作るのに鋳鉄と鋳型と対火レンガが必要ですわ。転炉の上から空気やら酸素を吹き込めば……」
「姫様、もう参った! 頼むからストップしてくれぇ。俺の頭じゃパンクしちまうよぉ」
「姫様、ここまででございます!」
わたしは、先生が肩に手を置いたので、話すのを中断した。
「えー、せっかく調子が上がってきました処なのにぃ。ここから古代の転換方法、反射炉や攪拌精錬法、そして鋼鉄の作り方に参りますのですけど?」
「それは、また今度に。ゲッツさんが知恵熱でダウン寸前です」
「あ、ごめんなさい、ゲッツ。つい、バージョヴァ先生に話すペースでお話してしまいましたの」
わたしの悪いクセ、科学ウンチクが出てしまったらしい。
「アタシ」時代からも、それで何人からもヒかれていた。
最近は、先生がよく話を聞いてくれるので、あまり気にしていなかったが、科学に理解が無い人、特にファンタジー世界のココでは謎の呪文言っているのと同じ。
「姫様、少しは考えて物をお話しくださいませ。わたくしやゲッツになら問題はありませんが、当家の外でお話するのは危険でございます」
「はい、反省しますぅ」
「アタシはよく分かんないけど、お話ししている時の姫様ってとても楽しそうで、見ててアタシも楽しいですぅ」
先生の助言、家の外で同じような事を話せば、よくて悪魔つき扱い、最悪の場合は知識だけ引き抜かれて使い捨てってのもありうる。
そしてカティは分からないなりに、わたしを慰めてくれている。
幼い主のわたしに仕えてくれている、この2、いやゲッツを含めて3人の忠臣の言葉は大事にしなくてはなるまい。
「姫様がどこでそんな冶金の秘密を知ったかは、俺はあえて聞かないぞ。色々事情がありそうだからな。でも、その知識は俺も欲しい。特に鉄を硬くする方法は、昔から秘伝で俺も師匠から教えてもらう前に、流れてここに来ちまったからな」
なんとなくわたしの事情を察してくれたゲッツには、感謝である。
「それでしたら沢山お教えできますの。既にある銑鉄や鋳鉄を硬い鋼鉄に仕上げるのは、溶かした鉄に空気、風を吹き込んで混ぜてやれば、余分な炭素、炭が燃えて硬くなりますの」
わたしやアタシが見ていた鉄は、大抵は鉄と炭素の合金、鋼。
フェライト、セメンタイト、マルテンサイト、オーステナイト、黒鉛。
これらの混合体が鋼。
用途に応じてニッケルやクロム、ケイ素等を加えることで特殊用途用の鉄が生まれる。
鉄は、炭素量が多くなるほどに解けやすく、しかし脆くなる。
鉄の中に炭素の結晶、黒鉛が出来て、それが構造上の欠陥、応力に弱い弱点になるからだ。
なんでもセリウムやマグネシウムを微量に加えることで鋳鉄内の黒鉛結晶を不定形ではなくて球体にするダクタイル鋳鉄という特殊なものもあり配管に用いられると、アタシ時代にプラントの配管を専門業者に注文している時に聞いた。
「そういえば、昔に師匠が溶かした鉄を棒でかき混ぜているのを見たけど、それだったのか!」
「おそらく経験から、攪拌精錬法にたどり着いたのでしょうね」」
アタシの世界では紀元前3世紀の中国、前漢時代に同じ事をやっていたらしいけど、ヨーロッパではだいぶ後になって、反射炉を作ってからが主らしい。
「それで、師匠の作った剣は固くて折れにくかったのかな?」
「おそらくですが鋳鉄と鋼の混在合金で、表面だけ焼いて鋼鉄にしていたのでしょうね。ここでは、反射炉が無いので、作業は難しいですけど」
わたしの答えに残念そうな顔をするゲッツ。
「じゃ、今の俺に師匠の剣を越えたものを作るのは不可能かよぉ」
「そうでもありませんわ。ここにある資材と砂鉄、木炭があれば、もうひとつの方法で、おそらく世界最高の剣、いえ刀が作れますの」
「なんだって! それを教えてくれよ、姫様!」
すっかり乗り気になったゲッツ。
反射炉は、今後の鋳造による大砲生産には必要だけど、今すぐには無理だ。
対火レンガやしっくい、コンクリートなどが別途必要。
何事も順番がある。
ここで、ゲッツのやる気を増やす意味で、新たな方法を示すのは良い手だろう。
……それに武器のパワーアップには違いないもん!
「それは、『たたら製鉄』という方法ですの!」
「はあ、姫様の暴走再びですね。旦那様にどう説明したら良いのやら」
「アタシ、楽しみですぅ!」
「作者殿、貴方もウンチク癖が出ておるのじゃ! こういうネタは見てはもらえないのじゃぞ。読者が望むのはウンチクや知識では無く、物語が面白く進む事なのじゃ!」
はい、耳が痛いでございます、チエちゃん。
また暴走してしまいました。
「全く困ったモノじゃな。しかしだいぶ勉強したのじゃな。銑鉄。鋳鉄、鋼の違いは普通分からぬのじゃ!」
色々頑張りました。
鋳鉄は、表の仕事での配管に使うので、元々知っていましたが。
「ネズミ鋳鉄とダクタイル鋳鉄じゃな。大砲に向くのはどっちじゃろ? 配管はダグタイルが主流らしいのじゃが?」
大昔、鉄で無かった時代は、大砲鋳造には銅と錫の合金、青銅、またの名を砲金、を使っていたようですね。
コレが銅と亜鉛の合金なら、真鍮。
青銅は水道関係でも、モーターのインペラとか蛇口、水道メーターに使いますね。
微量に鉛を含ませて加工しやすくしてますが、その分鉛が溶出するので、問題になって最近は表面の鉛を取り除いたり、ビスマスを代わりに使ったりしているとか。
「また暴走しておるぞ? まったくウンチク癖は困ったモノなのじゃ! まあ、ワシもやりたくなるのじゃがな」
すいませんですぅ。
では、続きの日本刀つくりは明日以降をお待ちくださいませ!