第9話 クーリャ7:農業改革、領地を肥やすの!
「先生! 今日は、農園を見たいですの。戦うのに食料は大事ですよね? それに税金を払った後に残る作物が沢山あれば、皆お腹を空かさないですし」
「つまり、姫様は作物の収穫量を増やしたいのですね」
「そうとも言うの!」
今日も、わたしは絶好調。
バージョヴァ先生と専属メイドのカティを連れて、屋敷の外へ行く。
先生は、わたしの様子に苦笑しながらでも、楽しそうに付いてきてくれる。
カティは、3人分のお昼ご飯のお弁当を持って、これまたピクニック気分っぽい。
大きな尻尾がぴょんぴょんと撥ねている。
「良い天気ですわ。まさにピクニック日和、いえ、農園見学日和ですの!」
春の暖かい光の中、周囲には緑が溢れている。
「ここ数日は、ずっとお屋敷の中でしたものね、姫様」
くすくす笑う先生。
それには理由がある。
◆ ◇ ◆ ◇
先日わたしは、植物紙の製造に成功した。
そして複数回の製造実験をこなして、わたし用のノートもどきを作る事にも成功した。
インクも、古くからの没食子インクでは酸性が高く植物紙との相性が悪いので、墨もどき、煤と膠と少々の香料を混ぜて固めたものを作り、それを水に溶いて使っている。
とまあ、クラフトパルプだ、膠だと悪臭が出る作業を農園内とはいえ屋敷の近所でやっていたのが、ハウスキーパー経由でお母様にバレた。
「いくら縁談が壊れたとはいえ、淑女たる貴方が悪臭をするような作業をするのは、どうかしてますわ!」
「あら、お母様も当家の農園のお手伝いをなさっていらっしゃるのでは? わたくしの実験は、領内産業の開発ですのよ!」
「そ、それでも貴方には、やるべき事が他にありますのよ!!」
売り言葉に買い言葉、わたしはお母様にこっぴどく怒られた。
幸いな事に産業になるというわたしの言葉と、出来上がった紙を見たお父様が場を取り成してくださり、植物紙生産はお抱え農園の方々が続行してくれる事になった。
そして、わたしは数日間の自宅謹慎&倒れて以降しばらく行っていなかったダンスの練習をみっちりする事になった。
「社交界に必要なのは重々理解していますが、ダンスは苦手ですの」
「姫様。今後、姫様が戦うのは貴族社交界です。そこで、付け入れられる隙を見せるのは、悪手ですわ。もちろん得意になれとまでは、わたくしも言いません。必要最低限度、周囲に大きく見劣りしないくらいは頑張ってくださいませ」
「アタシ、姫様のダンス好きです! くるくる廻るのがとっても可愛いです!」
わたしを慰め、叱咤してくれる2人。
先生もカティも、お母様やハウスキーパーのデボラにわたしの管理不行で怒られているはずなのに。
本当にありがたい存在だ。
「ありがとう存じます、2人とも。では、お礼にわたくしから、この国の国土について語りますね。この国は北の国境に大きな山脈を持ち、そこには今も氷河が残っていますの。大昔は氷河期というとても寒い時期があって氷河が更に成長していて、今わたくし達が歩いている場所も氷河が地面を削っていきました」
アタシの住んでいた地球でも、ヨーロッパは氷河期には大量の氷河で大地が削られた。
地形がその為に変形してスカンジナビア半島でのフィヨルドや圏谷、U字谷などが作られている。
「それで山に削られた跡が残っているのですね」
「はい。その時に地面の表土、栄養が多い土地が削られて痩せた土地が多くなってしまったのです。でも幸いにも、ウチの領地には川が複数流れていて、時々洪水を起こしては山からの栄養がある山土を領地へばら撒いてくれたのですわ」
わたしは、以前から狭いウチの領地が他所より収穫量が多いのを不思議に思っていたけど、「アタシ」の知識で納得した。
ナイル川流域が古代エジプト文明を生み出したのも、黄河文明もすべては川の恵み。
洪水は、悪い事だけでも無いのだ。
「それで、ウチの野菜は美味しいんですね、姫様」
「そうなの、カティ。でも、これにも限界がありますし、連作を続けていたら、土の力は無くなります。今回の視察は実際の農作業を見て、改善点を見つけたいの!」
◆ ◇ ◆ ◇
「青空の下のご飯は、美味しいの!」
今はお昼、カティに飲み物や敷布を準備してもらって野原で昼食を食べている。
「さて、姫様。何か改善点は見えましたか?」
先生も気持ち良さそうに、当家コックが作ったバケット・サンドを食べる。
「まず土地の力を増す方法が積極的に行われていません。例えばクローバーを春先に増やして牧草にしつつ、残りを梳き込んでみるとか、牛馬や人の排泄物を発酵させた肥えを使ったり、麦だけでなく芋や豆、カブなどを間に挟んで二期、三期作するのも良いです」
「姫様は土地の力と言いますが、具体的には何ですか? それと何故クローバーや排泄物を?」
先生は、気になることは直ぐにわたしに聞いてくる。
わたしは、アタシの知識ですぐに答えるし、逆もそう。
お互いに知識を補完しあうのが、とても楽しい。
「植物の栄養素で大事なのは3つ。窒素、これは私たちが息をしている空気中の7割くらいで動物の身体や排泄物にも含まれます。次がリン、これも動物が多く持っていて、排泄物が化石になった鉱石が肥料に使えます。最後がカリウム。塩の一種で、これも古代の海水からの塩、岩塩等から集めたりします。これらが多い土は植物を増やす力が強いのですね」
「植物は水と土、光だけあれば良いのでは無いのですね、姫様」
「はい。光合成、光と水と二酸化炭素でデンプンを作りますが、その助けをしたり、植物の形を作るのに3大栄養素が必要なんです」
わたしを含めて、この世界で科学と農業をあわせて考えている人は少ないだろう。
でも、農業は科学、文明でもある。
農業という言葉は英語でAgriculture、後半のCultureは文明を意味する。
「あと、クローバーや豆類が良いのは、根っこに窒素固定菌を同居させて、土に窒素成分を増やしますからですの。それと、違う種類の農作物を作るのは、病気や不作防止にもなりますわ。特に最近増えましたジャガイモは連作に向かないですし、病気になれば全滅になりますの」
アタシの世界ではアイルランドでジャガイモの病気が原因のジャガイモ飢饉が発生、多数の餓死者を出しアメリカ大陸への移民が増える原因にもなった。
「これはココだけの話ですが、数年以内に寒い夏とジャガイモの病気で大飢饉が発生します。その時に少なくとも領内は守りたいのです」
「それも『フラグ』の一つなのですか?」
「はい、先生。それをきっかけに王国内で貴族間の内乱が発生します」
気候は、わたしには変える事が出来ない。
しかし、それを予見して農作物の種類変更や農作業の効率化が出来れば、飢饉を防げるかもしれない。
何もしないまま、待っているのは「アタシ」の流儀にあわないのだ。
「アタシ、ひもじいのは嫌なのぉ! 昔、ご主人様に拾ってもらわなきゃ、アタシも弟妹達も飢え死にしていたんだもん!」
カティは、南方遠くにある獣族国家での戦乱から逃れてきた難民の末裔。
王国内でも種族差別を受けて、最後の逃げ場所としてウチの領地に流れて来て、お父様に見つけられた。
お人好しのお父様は、難民達を温かく迎え入れ、農園や屋敷の労働力として力強い彼らを雇い入れた。
また、数名はお父様を護衛し、領内を守る兵士にもなった。
獣族は、元より誇り高い戦士の一族、お父様の恩を決して忘れずにいて、わたしも大事にしてもらっている。
「だいじょーぶ。カティにも皆にもヒモジイ思いは、ぜーったいさせないんだから!」
わたしは、皆を守る思いを更に強くした。
「なるほど、まずは腹ごしらえじゃな。食糧生産は大事なのじゃ。古来より東洋の方が西洋よりも兵の動員数が多いのは、米が主食じゃからとも言われておる」
水田を使う水稲であれば連作障害も無いのも大きいし、必須アミノ酸量からして麦よりも米の方が優秀とも言います。
「ヨーロッパではクーリャ殿が言ったように氷河で表土が抉られたので痩せた土地が多く、酪農が精一杯じゃったのじゃ。小麦も中世初期で植えた3倍の収穫、17世紀くらいで7倍の収穫がやっと。じゃが、米は奈良時代で既に10倍から20倍の収穫量が期待できたのじゃ!」
でもチエちゃん。
ヨーロッパ、特に北部の気候では米、稲作は難しいです。
稲作には大量の降雨、夏の高温と、灌漑などの手間がすごく掛かりますし。
そうやって人員を使うからこそ、アジアでは数万クラスの兵士の運用も古代より可能になったとも言いますが。
なお、ヨーロッパで小麦ですら難しい地域ではライムギやエンバクとかになるそうです。
米作も陸稲なら地中海沿いで可能なんですけどね。
アジアでも米の品種改良以前は、北方ではヒエやアワが主農作物だったようです。
「そこで、アメリカ大陸から持ち込んだジャガイモが庶民を救ったのじゃ。まあ、頼りすぎてアイルランドではジャガイモ飢饉を起こしたのじゃがな。後、麦も麦角菌による病気は怖いのじゃ! 魔女も麦角菌由来の幻覚物質が原因とも聞くのじゃ」
農業も勉強していると面白いです。
よくファンタジー世界でジャガイモ警察で突っ込み入りますしね。
「それに肥え作り、硝石丘は、火薬作りにも繋がるのじゃ! では、明日の更新を楽しみにするのじゃ!」
ではでは!