第5話・助けて
長いです
行かない。
私は行かないわよ。
なんであんなやつのために休日を潰さなきゃいけないの。
もう、時間は10時。
きっと奏太は今頃駅前にいるはずだ。
そして、私が来るのを待ってるはずだ。
……待ってるのかな。
「……はっ!!いかんいかん!!」
行かない。
私は行かない。
2人きりなんて、怖すぎる。
男なんて、簡単に信じれない。
――行けない。
〜♪〜♪〜♪
いきなりのうるさい着信音に体がビクッと反応した。
この着信音は…電話だ。
ディスプレイには
“奏太”の文字。
「……出るもんか」
私はパタンとケータイを閉じた。
――男なんて信じないって決めたから…。
しかもあんな何考えてるかもわからないような男、余計に危ない。
――――……。
しばらくすると、電話が切れた。
私は安心感からふぅ、っとため息をもらした。
「……あれ」
ふと窓に目をやると、雨が小降りだった。
もう、いないよね。
流石に家に帰ったはず。
雨ふって良かった…。
私は安心して、リビングに向かった。
リビングにはお母さんだけがいた。
「雛姫、おはよ」
「はよ」
私は軽く挨拶をすると、ソファーに座った。
「ご飯食べる?パンでいい?」
「うん。食べる」
私はソファーからゆっくり立って、テーブルに行った。
パンにジャムをつけて、テレビを見ながら食べていた。
でも気にかけていたのは奏太のことだった。
「……ごちそうさま」
「はあい」
私は急いで自分の部屋に向かった。
ケータイを即座に開いた。
不在着信:6件
新着メール:8件
「……まだ、いるの?」
私はメールを開いた。
【姫?遅刻?】
【遅刻だよ〜( ̄∀ ̄)】
【……遅刻だといいな】
【姫、返信して】
【雨降ってきたぁ〜…】
【事故じゃないよね?】
【電話出てよ】
【姫,寂しい】
……最後のメールは、今から10分弱前だ。
まだ、いるの?
「っ……ばかじゃないの?!」
私は家を飛び出した。
駅までは走ったって20分はかかる。
――…流石にもういないかもしれない。
――なんでこんなに心配してんだろ。
信じてないのに。
嫌いなのに。
「はぁ…は…、」
「……姫っ?!」
まだ…いた…。
「あんたばかじゃないの!?」
バカだろう。
こないなら帰ればいいじゃないか。
「…良かった。姫、事故にでもあったかと思った……」
「……え?」
事故にあったかと思ったの?
「…良かった…」
奏太は地面に座り込んだ。
初めて聞く弱々しい声が、その心配を本気だと思わせる。
「…びしょびしょじゃん」
雨はもう、本降りだった。
私だってもちろん傘をさしていない。
「大丈夫…。あーもう…良かった。良かった…」
手で覆われた顔からちらりと見えた眉毛が下がった、泣きそうな顔。
「…バカかて…」
なんで私ごときにそんな顔してんのよ。
なんで私がこないだけでそんな泣きそうな顔してんのよ。
「…ごめん」
私はなんだか申し訳なくなって、謝った。
「……ふー…」
奏太はため息をつきながら私を見た。
「行こっ!!」
「は…?!」
この状態でまだ、そんなのんきなことを…。
「…無理でしょ」
こんな雨じゃ、遊園地なんてやっていないはず。
「遊園地じゃないよ♪」
「…じゃぁどこよ」
遊園地行きたかったんでしょ?
「ン〜…ケーキのバイキング♪」
「……!!!」
ケーキっ…!!!
「姫簡単につれる♪」
「う、うっさい……って、私手ぶらなんだけど」
簡単につれて悪かったですね。
甘いもの大好きなんですよ。
「手ぶらぁ?」
「家にお財布取りに行ってくるから待ってて」
私は家に向かった。
「おいっ!!ちょ…別にいいから!!」
奏太は私を止めた。
「俺がおごるから大丈夫♪」
ニコニコ笑顔で私に言った奏太。
――なんかあんま頼りたくないけど……。
「……お言葉に甘えて」
私は奏太におごってもらうことにした。
まぁ家まで距離あるし。いいかな…。
「そこのコンビニで傘買ってくるから♪ちょっと雨宿りして待ってて」
「ん」
私は大人しく座っていた。
……帰りたい。
ここで勝手に逃げちゃえばすむことだけど
なんだか私にはそれができなかった。
「姫ー♪はいっ」
奏太が買ってきた傘は一つだった。それを私に渡した。
「あ、ありがとう…」
……奏太が濡れてしまう。
いいのかな…。使っちゃって。
「…ン?俺は大丈夫だよ?雨好きだからっ♪」
私の心を察したのか、奏太は言った。
「で…でも…」
悪いじゃんか。
私が傘をさすのにためらっていると、奏太は私に笑った。
「いいってば〜!!俺大丈夫だって。ね?」
「…うん、」
本当は、私だけが入るのは嫌なんだ。
だって風邪ひかれて、私のせいにされたりしたら困るし…。
「姫、優しいんだね」
「え!?ち…違うよ」
いつもと違う表情で笑った奏太。
……びっくりした。
なんか…調子が狂う。
「優しいよ。ほら、さしてさしてっ!!」
そう言うと、奏太は勝手に傘を開いた。
あんたの方が、全然優しいよ……。
◇ ◆ ◇
「ど?おいしっ?」
「おいしい〜」
ケーキバイキングって初めてきたけど…
こんなにいいものなんだ…!!
知らなかった〜…♪♪
「あはっ、姫今日素直だね〜」
「…だっておいしいものはおいしいもん」
特にこの甘いミルフィーユなんてたまらない♪
ケーキと言ったらショートケーキだけど私にとってのケーキと言ったらミルフィーユしかない!!
「甘っ…」
奏太が呟いた。
……そういえば。
あんまり手が進んでないな。
もしかして……。
「甘いの、嫌い?」
「………あはっ♪」
あぁ、嫌いなんだ…。
また、無理してるんだ。
どこまで優しいんだ。コイツは…。
「……無理しなくていいのに」
私はケーキを食べながら奏太に言った。
「えー?別に嫌いってわけじゃないけど…苦手」
苦手=無理してる
んだっての!!!
「…どうしてそこまで私によくしてくれんの?」
いつもそうだ。
自分のことより私のことを考えてくれることが多い。
「姫が好きだからぁ♪」
軽々しい口調で言った。
なんか…あきれるわ。
「…………あっそ」
好きっ…てなんだよ。
本気に聞こえないっての。
「冷たっ!!本気だよ?」
「はいはいありがとう」
「思い切り棒読みだし!!」
本気になんて考えられるわけないでしょ。
こんな軽々しいヤツ。
「…もう。信じてよ!!」
――信じて?
そんなの…。
無理に決まってるじゃん。
「…男なんて信じない」
――――信じない。
誰も。絶対に。
「俺も?」
「…あたりまえ」
信じたら負けなんだ。
「…なんで?」
ドクン……、
私の頭に一瞬にして昔の記憶が蘇ってきた。
あの日
あの腕が私をつかみ
私を傷つけ
私を――――……
「……っ、う…!!」
涙が無意識に出てくる。
吐き気がする。
助けて。助けて。
私の記憶を消して。
「…ちょ、姫っ?!」
奏太が
奏太……男、…。
男………、
私を
キズツケ
ナグリ
コラシメタ
ワタシ……ガ……
――――悪いの……?
「ごっ…ごめんなさ…っ…ごめんなさいっ…!!」
ガタガタと体が震えた。
私はただ意味もなく涙を流していた。
「雛姫っ…!!」
私は奏太の声でハッとした。
「…ぁ…かな…た……」
奏太……。
奏太も…同じ…?
「ごめん…ごめんな。聞かなきゃ良かったな…本当にごめん」
私の瞳に映ったのは、いつもの奏太じゃなかった。
いつものニコニコ笑顔じゃない。
泣きそうな顔で私に必死で謝っている。
奏太が私に手を伸ばした。
「ごっ…ごめんなさいっ!!ごめんなさい…!!」
その瞬間、私は勢いよく謝った。
「……姫?なんで謝るの…?」
わかんない。
私にもわかんない。
わかんないけど
怖いの。
――――私に触れたあの手が。
「…姫、でよう?」
奏太はそう言うと、私の手を引っ張った。
「…ゃ…っだ…!!触らないでよ……!!!」
私は必死に抵抗した。
だけど奏太はそれを聞かなかった。
「…黙って」
「……っ…、」
◇ ◆ ◇
「…落ち着いた…?」
「……うん」
奏太が私をつれてやってきたのは、学校の屋上だった。
基本的に、鍵は貸してもらえないけど適当にピンどめでいじれば簡単に開くのだ。
「触って…ごめんな?」
切なそうな顔で私を見た、奏太。
「だぃ…じょぶ……」
大丈夫じゃない。
大丈夫なわけがないじゃない。
「…やっぱ話せない?」
私は考えた。
話してなにになるの?
「…あんたに話して…得なことなんてなにもない」
私を助けてでもくれるの?
記憶を消してでもくれるの?
――そんなの無理でしょ
誰にも絶対言わなかった。
友達にも。
……凛にも。
それをなんでこいつに話さなきゃいけないの?
「……軽蔑するよ。絶対。だから言わない」
軽蔑なんてされたくない。
「…しないよ?」
「な…んで言い切れるの?!意味わかんない…!!」
コイツは私をいらだたせることしかできないの?
“しない”
なんて
言葉だけのくせに
「しない。絶対」
――その目。
なに?
その私の心を見透かすような目は。
なんで
こういうときに笑顔じゃないのよ。
笑顔使うとこ間違ってる
――――ふざけるな。
「ば…っかじゃないの?!そう言われたよ!!まえに友達に。だけど……」
だ け ど
[そっか…へー……]
その子は苦笑いしてたよ。
その話しをしてから私と目もあわせなくなった。
なんで?
“軽蔑しない”
言ったじゃない。
してんじゃん。
してんじゃん。
……私が悪いの?
話してって言ったのは向こうなのに。
[…もう誰も…]
「結局はみんな軽蔑する…!!軽蔑されるくらいなら私は誰にも言わない」
[……誰も]
「それに…思い出したくないっ…!!」
[心から信じれない]
私には
隠すことしかできない。
言ったら軽蔑される。
言いたくない。
思い出したくない。
思い出したくない。
「…みんながみんな…そうじゃぁないよ?姫」
奏太は私を見て言う。
奏太は?
あんただってそうでしょう?
「……私の心の傷は…誰かに言ったって……消えないから……」
「んーじゃぁわかった!!姫。俺のこと信用できるようになったら話して」
――――……は?
なんでこんなときまでコイツはこんなこと言えるんだろう。
あきれる。
「…話さない!!」
私は屋上を出た。
「……っ…」
言わない。
言えない。
言いたくない。
これ以上私を苦しめないで。
私は学校を出て、家へ向かっていた。
――ドンッ!!
下を向いて歩いていたら人にぶつかってしまった。
「あ…すみませ」
私は顔を上げて謝ろうとした。
「…雛姫?」
――ドクンッ
「………っ!!!」
その顔を見た瞬間、私は青ざめた。
この顔。この声。
間違えない。
――ドクン、ドクン、
心臓の音が壊れるほどに鳴り響く。
私はそいつから逃れようと、走り出した。
「おい!?」
やだ
やだ
やだ
なんであんたが私の名前を呼ぶの?
やめてよ。
やめてよ。
――――パシッ
うでをつかまれた。
うでを。
私を傷つけたあの手で。
「いやぁっ…誰かっ…誰かぁーっ……!!!」
あの日の記憶が蘇る。
私は必死に抵抗した。
だがまったくコイツにはきかない。
やだ。やだ。やだ。
「黙れよ」
「……っ!!!」
私に向かって、はかれた言葉。
「うっせーんだよ。騒ぎやがって」
「ご…ごめ…んなさ、」
手足の震えが止まらなかった。
誰か助けて。
誰か
誰 か
「…か…なた…ぁ…」
――――助けて




