第34話 ダンス・紅茶
6日後。
グリーンパーティーまであと5日となった。
俺はいつも通り執務室にて紅茶を飲みながら政務に励んでいた。
「陛下。バルマです」
「サラです」
「入っていいよ」
バルマとサラが扉をノックすると入室の許可を打診したので、俺は2人を部屋に入れた。
「どうしたの?」
俺は閉めた扉の前に立つ2人に問いかけた。
「はい。陛下の戴冠に反対する者の動きについての調査の報告に参りました」
バルマが俺の問いかけに答えた。
「わかった。2人ともソファーにかけて」
「「失礼いたします」」
俺はデスクから立ち上がり、2人の向かい側のソファーに腰を掛けた。
「それで、何かわかったことはある?」
俺は2人が腰を掛けたところで問いかけた。
「はい。調べたところ、王都内で少なくとも2つの勢力が陛下の御命を狙っているそうです」
「2つか……俺、そんなに嫌われているんだ……」
わかっていたことではあるが、事実を突きつけられると凹むものだ。
「そ、そのようなことありません。私どもは陛下を慕っております」
「そうです。城で働く者は皆陛下を慕っております」
「バルマもサラもありがとう」
バルマとサラが早口になりながらフォローしてくれた。
「それで、俺の命を狙っている組織に見当はついたの?」
「それについては、何もわかりませんでした……」
「そうか……正面から来て、話し合いの場に持っていくことができたらいいんだけど、そうはいかないか……」
俺の命を狙うとなると近衛兵が黙ってはいられないだろう。
「ありがとう。本当なら王国兵が調べるべきことだけど、軍務大臣から何も話が無いからね。唯報告を受けていなかっただけならいいけど、軍務大臣が敵に回っていたら大変だなぁ」
「そうですね。軍務大臣が知らなかっただけならいいのですが……懸念事項が増えてしまいました」
サラの言う通りだ。
「それと、陛下の御命を狙う勢力が近々行動を起こすようです」
「えっ?! 本当なの?」
バルマの発言に驚きを禁じ得なかった。
「はい……」
そんなことまで分かったんだ。そこまで分かって、どうして敵の正体が分からなかったのか疑問だ。
「どうやってその情報を手に入れたの?」
「昨日、城から自宅への帰り道で『決起の準備は整っているのか?』などと囁く人がいました。その人の後を付けたかったのですが、夕方の混雑した市場だったので途中で見失ってしまいました」
「そうか……知らせてくれてありがとう」
それにしても、賑わっている市場でそれほど重要なことを話すなんて、「挙兵するので、その時は対処してくださいね」と言っているようなものだ。
それより、近々挙兵するのか。となると、いつだろうか……?
「近々って言うと、グリーンパーティーと戴冠パーティーがあるな。挙兵するなら、2つのうちどっちかになるだろう」
「はい。当日は近衛騎士による警備を厳重に敷く所存です」
「私たち近衛魔法師による警備も厳重にするつもりです」
パーティーが開かれる離宮の警備は、例年王国兵ではなく近衛兵に任せている。
「2人とも宜しくね。最悪、襲撃者の近くにいる貴族や子供が人質に取られてしまうからね。そうなったら、簡単には相手に手出しできなくなるから、その状況だけは避けたいな……」
「そうですね……その状況だけは何としてでも避けたいです」
バルマが深刻そうな面持ちで同意した。
犠牲者が出てしまうことだけは何としてでも避けたい。犠牲者が出てしまえば、来年以降、王族主催のパーティーに貴族が参加を渋りかねない。そうなってしまえば、パーティーに参加してもらう為に、貴族相手に下手に出なければならなくなる。いざとなれば貴族相手に下手に出ることを厭わないが、このようなことで下手に出たくない。
「折角だし、当日の警備を見直してもいいかな?」
「「わかりました」」
その後、3人で当日の警備を見直したのだった。
* * *
バルマ、サラと話を終えると、俺は政務が一段落したところで私室で読書しようと思い、私室へと向かった。
その道中、ある一室から手で一定の拍を打つ音と掛け声が聞こえてきた。
「イチ、ニ、サン、イチ、ニ、サン……」
部屋に近づくにつれ、乾いた手拍子とそれに合わせてステップを踏む足音が聞こえてくる。
すると、突然手拍子と足音が鳴り止んだ。
「ソフィア様。とても上手に踊れています」
部屋の中では、ソフィアがダンスの練習をしているようだ。
「ありがとう。けれど、まだまだ完璧に程遠いから、もっと練習しないと」
「ですが、ソフィアは頑張りすぎではないでしょうか?ソフィア様の踊りはとても上手ですし、何よりこれ以上の練習は御体に障るかと……」
「でも、もっと練習したいの。お願いします」
「……」
ソフィアが講師にお願いをするが、講師は迷っているようだ。
ダンスの練習が原因でソフィアの身に良からぬことが起きてはいけないのだ。講師はソフィアの練習を止めたくてならないだろう。
それに、ソフィアがオーバートレーニング症候群を発するやもしれない。肉体的疲労が原因でダンスの|パフォーマンス《performance》が落ちてしまえば本末転倒だ。
俺はそう考えたので、講師に助け舟を出す為に入室することにした。
「ソフィア。入ってもいいかな?」
俺はドアをノックして、中にいるソフィアに問いかけた。
「お、お兄様……どうぞ」
「失礼するよ」
ソフィアは動揺しながらも俺を部屋に通してくれた。
俺がソフィアと講師の2人に近づくとソフィアが尋ねてきた。
「どうかしたのですか? お兄様」
「部屋の前を歩いていると、ソフィアがダンスの練習をしていることがわかったから、お邪魔したんだ」
「そうでしたか……」
ソフィアの態度からは緊張と動揺が滲み出ている。恐らく、これまでにソフィアが授業を受けている最中に、俺が邪魔をすることが無かったからであろう。
「ソフィア。練習のし過ぎは良くないよ。講師もそう仰っているのだから、今日はこれで切り上げるべきだよ」
ソフィアは、俺が練習を中止させる為に来たということを悟ると抗議の目を向けた。
「ですが、お兄様! 私はまだまだ未熟です。未熟だというのに練習を怠けていいはずがありません!」
「一定の練習をこなしたところで切り上げることは怠けることにならないよ。翌日に同じ練習ができるよう、体を休めることは大切なことだよ」
「けれど、私はまだ練習したいです!」
今日のソフィアはいつになく頑なだ。どうしたら、ソフィアを説得できるだろう……?
そうだ!
「ソフィア。俺とダンスの練習をしないか?」
「えっ! お兄様とですか……?」
「うん。その代わり、俺との練習を今日最後の練習にすること」
「えっ、ですが……」
「それでいいですか?」
俺はソフィアから講師へと視線を移して、講師に尋ねた。
「はい。是非に」
「講師の許可を貰えたし、折角の機会だ」
俺はここまで言うと姿勢を正し、右手をソフィアに差し出した。
「踊ってくれませんか?」
「……はい。喜んで」
ソフィアは恥ずかしがりながら俺の右手を取り、はにかんだような笑みを浮かべた。その時には講師は俺とソフィアから離れたところに移動し、曲を流す準備をしてくれていた。
講師はバイオリンに似た楽器を手に取ると俺に目を合わせ、演奏を促されると弾き始めた。
曲が流れたところでお互いに適度な距離を取って一礼し、お互いの背中に手を回して踊る。
ソフィアのダンスはとても上手だった。
曲はスローテンポで、社交ダンスで言うところのスローワルツに近い。そして、ダンスもスローワルツにとても似ており、男女が体を接して回ることがこのダンスのメインだ。こういったところも前世の地球にとても似ている。
それはそうと、ソフィアは曲に合わせて大きく動き回ることができている。俺とソフィアでは歩幅が少し違う為、ソフィアが踊りやすいように歩幅をいつもより少し小さくして踊った。
3年前のパーティーでのフレアのダンスには劣るが、ソフィアのダンスは5歳児のそれではなかった。
「とても上手だよ、ソフィア」
「ありがとうございます。お兄様」
ソフィアは足元へ視線を下げることなく、応えてくれた。初めは恥ずかしがる様子を見せていたが、次第に落ち着きを取り戻し、今となっては微笑みながら踊っている。
俺もソフィアもミスをすることなく踊りきることができた。
「楽しかったよ、ソフィア。当日はソフィアと踊ることはないだろうから、今日踊ることができて嬉しいよ」
「はい。私もお兄様と踊ることができてとても嬉しいです!」
ソフィアがとても嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、今日の練習は終わりね」
「もう少し練習したいのですが、お兄様の言う通りにします」
「うん。そうしてちょうだい」
俺とソフィアは講師に挨拶をすると部屋から出て行った。
* * *
「ソフィアはこの後何をする?」
「そうですね……急に予定が空いてしまいましたから……久しぶりにピアノを弾きたいと思います」
「そうか。俺は私室でやりたいことがあるから、ここで別れようか」
「はい。お兄様」
「それじゃあ、夕食の席で」
「はい」
そう言って、俺はソフィアと反対の方向に歩いていった。
ちなみに、この世界にはピアノがあるのだ。それも、地球にあったグランドピアノと全く同じ弦楽器だ。俺と同じように異世界から転生してきた者が過去にいたのであろうか?
そういったことを考えていると私室に着いた。
「マリア。お湯を用意してくれる?」
「畏まりました」
マリアに紅茶用のお湯を準備させ、俺は私室で椅子に座って一息ついた。
転生者については情報が何もないので考えないことにした。いたとしても何かが変わるわけではないからだ。
それはそうと、バルマとサラの報告によるとパーティー当日に挙兵されるとのことだ。突然の戦闘に備えてスクロールを大量に作っておかなければならない。魔方陣なら既に十分な数を作っているのだが、それでも心許ない。スクロールを用意しておくと、当日の魔法の使用回数が増えるので、準備しておくに限る。
俺は何の魔方陣を描くか考えた。火魔術や氷魔術など戦闘用の魔術より、回復魔術を用意しておいた方がいいだろう。戦闘後に負傷者を回復する際「戦闘で魔力を使い果たして回復魔法を使えない」なんてことは最悪の事態だからな。
俺が何の魔方陣を描くか決めた頃。突然、ドアがノックされた。
「ランス。入ってもいいかしら?」
お母様の来訪だ。
「はい。どうぞ」
「失礼するね」
扉が開くと、そこにはいつものように美しく微笑むお母様がいた。
「お母様。何かありましたか?」
「特に何かあるわけではないけれど、偶々時間が空いてしまってね。ランスが忙しくなければ、お茶でもどうかしら?」
「それはいいですね。数日前、お母様の為にお茶を淹れると約束しましたので、今日は俺がお茶の準備をしますね」
「楽しみにしているわ」
すると、マリアがお湯を持ってきてくれた。そこで、俺はマリアに人払いをお願いして、紅茶の準備を始めた。
先ず、お湯をポットとティーカップに注ぎ、温めた。ポットとティーカップが温まるまでの間、茶葉を選ぶ。
茶葉にはダージリンのようなストレートティーに適したものを選んだ。といっても、一般的なダージリンよりは渋味が弱く、こくのあることが特徴的な茶葉だ。
ポットとティーカップが十分に温まると中のお湯を捨て、ポットに茶葉を入れると改めてお湯を注いだ。
「もう少し待ってくださいね」
「はい。それにしても、ランスはお茶を淹れる為に結構時間がかかるのね」
「そうですね。拘りがあるので……」
前世では紅茶を淹れることにかなりの拘りを持っていた。茶葉の専門店に足を運んだり、紅茶を淹れる直前にポットとティーカップをお湯で温めたりしていた。両親が亡くなってからはスーパーで売っているティーパックで紅茶を飲んでいたが、こうして時間と気持ちにゆとりができると好きなように紅茶を淹れたくなる。
2~3分経ったところでポットの蓋を開け、ポット内をスプーンで軽く混ぜると、茶こしを使ってティーカップに紅茶を注いだ。
「お待たせしました」
お盆にティーカップと茶菓子を載せ、テーブルに運び、お母様に紅茶を差し出した。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺が腰を下ろしたところでお母様が紅茶を啜った。
「まぁ。とてもおいしいわ」
「ありがとうございます」
お母様からお褒めの言葉を与ると俺も紅茶を啜った。
「それにしても、とても茶を飲みやすいわよ。紅茶を淹れる前にティーカップをお湯で温めていたからかしら?」
「はい」
「それに、ティーカップに紅茶を注ぐとき、何か使っていたわね」
茶こしのことであろう。
「はい。あれを使ってティーカップに茶葉が入らないようにしています」
「あれって、ポットの中についているものではなかったかしら?」
「はい。ですが、ポットにあれがついていないものを用意してもらいました」
「どうしてそのようなことをしたの?」
「ポットの中にあれがついていると、茶葉が上手く広がらないことがあり、そうなると茶の成分がお湯全体に広がりません。ですので、あれを取り付ける前のポットを用意してもらいました」
「なるほど……とても美味しいわ」
お母様が満足そうにお茶を啜った。
「それで、ランスは私が来るまで何をしていたのかしら?」
「魔方陣を描いていました」
「邪魔しちゃったかしら?」
「いいえ。そんなことありません」
そういえば、俺はパーティーの準備で魔方陣を描いていたのだった。
「お母様。お茶を飲んでいる最中で悪いのですが、1つ仕事の話をしてもいいでしょうか?」
「いいわよ。人払いをしないといけないほど重要なことなのでしょう? 何かしら?」
「バルマとサラに、俺の戴冠を快く思わない人たちについて調べてもらいました。すると、少なくとも2つの勢力が俺の命を狙っていることがわかりました」
すると、お母様が驚いて見せた。
「そうなのね……今までのことを考えると、複数の勢力がランスの命を狙っているだろうとは考えていたけれど、まさかその通りになってしまうなんてね……」
「はい。それに加え、近々何かしらの行動を起こすそうです」
「そうなのね……」
「はい。武力行使と決まったわけではありませんが、武力行使をするとなると、5日後と6日後に控えているパーティーが予想されます」
「そうね……パーティーには王族と国中の貴族が集まるのだから、襲撃者にとっては格好の的よね……」
お母様は戸惑いながら考え事をし始めた。
「それで、ランスは魔方陣を描いていたのね」
「はい。既に魔方陣は多く準備してあるのですが、万が一俺の魔力が尽きたときの為に魔方陣を準備しています」
「そうだったのね……」
お母様は未だ考え事をしているようだ。
「先ほど、バルマ、サラと当日の警備について再度話し合いました。俺たちにできることはこれだけだと思います」
「そうね……パーティーを中止するとなると外聞が悪いものね……最悪、次回以降王族が主催するパーティーに出席してもらえなくなるかもしれないわね……」
「はい」
お母様は再び悩み始めた。
「これについては公爵たちに話をしておいた方がいいでしょうね。カナート公爵、アウルム公爵、それとフィーベル公爵にも話をしておきましょう。明日、家族を連れないで登城してもらうよう手紙を出しておきますね」
「お願いします」
襲撃の話で茶の雰囲気が少し悪くなってしまったが、その後も2人で茶話をした。




