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社会的距離恋愛~~2020年4月

作者: 切羽未依

 涙は後から後からあふれ出して止まらなかった。やっべえ。俺はそっぽを向いてけてるマスクをフゴフゴさせて泣く。

 「ごめん。もう会えない。」

 さっき来たはるからのLINE。

 走馬灯をくるくる回して思い起こせば、2月の終わり、大学の二次試験の帰り道、

 「どっちかが新型コロナウイルスに感染しちゃって、もう会えるの最後になっちゃったりして~」

 って冗談で言ってたのに、マジで高校が休校になって会えなくなってしまった。晴には、俺がのろいをかけたせいだって言われた……

 突然、家に閉じこめられてニュースで、毎日、どんどん増えて行く感染者の数を眺めてた。感染が冗談じゃなく、誰にでもることになってしまった。「誰にでも」じゃない。「俺にでも」「晴にでも」「友だちにでも」「家族にでも」「近所の人にでも」――いつ俺が「東京都。十代。男性。」とか「濃厚接触者」とかに、なってもおかしくない。いつ、なるか、わからない。でも、今、ここで起きてることなのに、テレビの中の出来事って感じもした。

 休校になってから大学の合格発表の日と、卒業式の日に会っただけで(3年生だけ、全部の扉が開けっ放しの、すっげー寒い体育館でラジオ体操する時みたいに広がって、校長先生の、めっちゃ短い話聞いて、校歌のCD聴いて、その場で担任が卒業証書の入ってるつつ、みんなに配って、うちの担任は一人一人に一言、言ってたけど。そんで解散。)、晴に会うのはガマンしてたけど、人と人の間は2m以上空けるとか、いっしょにいるのは30分以下とか、換気をするとか、感染予防の方法を勉強して、マスク着けてジョギング行って来るって家を出て、晴のマンションまで走って行って、すぐそばの橋の欄干らんかんを持って来たメジャーで2m測って、欄干の柱、3本目まで行かないくらい。「2m()()」だから3本分、離れよう。大きい橋で、川から風も吹き抜けるから、換気かんき抜群バツグン。俺は晴に電話をかけた。会えなくなってLINEはしてたけど、電話はしてなかった。声聞いたら、会いたくなるに決まってるから。晴が下りて来なくっても、マンション見上げて、電話でちょっと話して、それで「晴に会った」ってことに俺の中ではカウントすることにする。

 「外の空気、吸いたいと思ってたから」って晴は言って、思わず俺が

 「空気中に新型コロナウイルス、ふよふよ、ただよってるかもよー」

 って言っちゃったら、

 「現時点、『空気感染はしない』と発表されている」

 って返された。ツンデレだからな~~~~、死んでも「俺に会いたい」って理由では下りて来ないぜ。あーあ、「死んでも」って俺、よく言っちゃうけど、自粛じしゅくしなきゃだよな。「死んでも」なんて絶ッ対に有り得ない前提ぜんていで言ってんのに、それが有り得ることになっちゃうなんて…やだやだ。死ぬことが有り得ることになんかなって欲しくない。「晴が死んじゃったら」なんて考えちゃいそうになって、俺は必死に考えないようにする。

 必死に考えないようにしても、晴が下りて来た頃には俺は涙目になってた。

 「そこでストップ!」

 涙をこらえて俺は、近付いて来る晴を両手を突き出して止める。

 「ちゃんと測ったから、2m以上。そこ」

 晴は立ち止まる。当たり前だけど、マスクしてて、俺が大好きな晴の顔、大学の合格発表の日、ごほうびに一瞬、外してもらえた時から見てない。合格発表もな!俺にとっては「不合格発表」の可能性はあったけど、もし!万が一!合格していたならば、「やったあああああっ!」って人前で晴に抱きつくことが許される生涯一度のチャンスがあったのにだ!(ツンデレに直接接触をこころみると、DVで倍返しどころか、百無量大数ひゃくむりょうたいすう倍返しされる。)新型コロナウイルスの影響でリアル合格発表は中止になってネット発表になっちゃって、晴といっしょに、この橋の上で、それぞれ自分のiPhoneで見た。くっ付いて、晴のiPhoneで見ようとしたら、蹴られた…世の中が社会的距離ソーシャル・ディスタンスとか言い出す以前に晴から俺は距離を空けられてたよ! iPhoneの画面に自分の受験番号を見ても実感はなくて――入学書類が俺の名前で郵送されて来て、やっと「マジだ…」と思った。

 2m以上、橋の欄干の柱、3本分離れて、晴と話す。毎日、休み時間だけじゃ足りないくらいしゃべってたのに、俺ら毎日、何、話してたっけ?って思うほど、話すことがなかった。新型コロナウイルスの話なんかしたくなかった。大学の話は、できなかった。入学式は中止になった。講義もいつ始まるか、わからない。大学のホームページで発表されるのも、大学から来るメールも中止のお知らせばっかだった。それでも、ぽつぽつ、話してると、晴のiPhoneが鳴った。

 「タイムアウト」

 晴がiPhoneを出さずに言った。

 「お母さまに『30分だけ』って言って出て来たから」

 「ああ…」

 「じゃあね」

 晴は言って、鳴り続けるiPhoneをBGMに俺に背中を向ける。ちっちゃい背中がもっとちっちゃく見えるのは、離れてる遠近法のせいだよな?

 「バイバイ」

 俺は手を振る。次の約束なんかしなくたって、まちがいなく明日も会えたのに。今は。「また明日」って言うのもできない。ヤダ。このまんま、別れたくない。俺は前後左右を見回す。おし!誰もいねえ。

 「晴!」

 俺は大声で呼んだ。晴は振り返る。2m以上離れてるのに、マスクしてて目しか見えないのに、晴がすんげ~ヤな顔してるのが俺にはわかった。そんでも俺は叫んだ。

 「大好きだよ!」

 通常であれば、キックかパンチが飛んで来るところだが、晴は2m以上の社会的距離ソーシャル・ディスタンスを破ることはなかった。俺の愛の告白をかん無視むしして背中を向けて歩いて行った。ツンデレだからな~……

 会いに行ったのが水曜日だったから、次の週の水曜日、また次の週の水曜日に会いに行った。橋の上、欄干らんかんの柱、三本分離れて、話して、晴はお母さまにiPhoneで呼び戻される。元々、晴のお母さまは俺のことを嫌ってて、すんげ~アタマのいいエリートしか晴にはふさわしくないと思ってるんだぜ。それは、その通りだけど……

 「ごめん。もう会えない。」

 さっき来た、晴のLINE。今日は会いに行く日だった。

 「緊急事態宣言が解除されるまで家を出ないように言われた。」

 大学生にもなって(入学式もしてないのに「大学生」になってるかどうかは、おいとく)お母さんの言いなりかよ。バカ晴。――ううん。晴のお母さんは正しい。俺はずっと家にいて、会ってるのはお母さんと妹だけだけど、うちのお母さんはスーパーマーケットで働いてて、たくさんの人と接触してる。感染してお店に迷惑をかけないように、ウイルスを家に持ち込まないように、帰って来るとバスルームに直行して着てた物は全部、洗濯して、おフロに入ってから、リビングルームに入って来る。それでも外で「誰か」と接触してる以上は、その「誰か」が感染者って可能性はあって、感染の確率は(ゼロ)じゃない。家の中、みんなでマスクして、2m以上離れて、換気のために窓も開けてるけど、お母さんから俺へ、俺から晴へ、って可能性はある。晴のマンションへ行く途中でも、数は少ないけど、知らない人と何人か、すれ違う。すれ違うだけならだいじょうぶかもしれないけど、それだって確率(ゼロ)じゃない。

 ああうううううう………俺、バカだから、頭の中で考えて、何かすることなんかできなくて、いっつもひたすらがんばることしかできなくて、でも「今」の、この状態は俺ががんばったって何ひとつ変えることができない。

 晴に教えてもらいながら、一生懸命、受験勉強して、同じ大学に合格できたのに、入学式は中止で、講義はいつ始まるか、わからない。バイトしてお金貯めて、すぐはムリだろうけど、晴と二人暮らししようと思ってた。晴には、まだ言ってないけど。大学で一生懸命、勉強して、晴は数学の先生、俺は体育の先生になる。同じ学校、ってゆーのはムリだろうけど、それぞれの学校でがんばって、いつかは晴と、ケケケケケケケッコンする。晴には、まだ言えないけど!ツンデレはプロポーズを断ったら、一生、意地んなって断り続けるに決まってるから、チャンスは一度と思ってるから、タイミングを探り続けている。――がんばれば、この手で掴み取れると思ってた。でも、今、この手は何にもできなくて、手を伸ばしたって晴に触ることも、抱き締めることもできない。2mの距離なんか大股おおまた二歩で近付けるのに、近付くことも

 「え?ヤダ。マジ泣き?」

 開けた窓際に置いたイスをテーブルにして、クレヨンでスケッチブックにアマビエ様を描いてる、手作りマスク着けた妹がドン引きしてる。

 「玉ネギ切ってたら涙出て来て止まんなくて、悲しくなって来ちゃったんだよっ!」

 マスクの中、フゴフゴ、叫ぶと、

 「大声出すと飛沫ひまつが飛ぶからやめて。あと、涙にもウイルス入ってるらしいから入っちゃったなら、もったいないけど、玉ネギ捨てて」

 って、まともなこと言われる。そっぽ向いたから涙は混入してねえっつの。俺はトレーナーの肩で涙を拭って、刻んだ玉ネギを包丁でまな板のはしによけて、にんじんをみじん切りにする。それから、冷蔵庫の中から、残りごはんのタッパー出して、レンジでチンして、フライパンあっためて、油ひいて、玉ネギとにんじんをいためる。炒めても玉ネギはツンとした匂いがする。嗅覚きゅうかく異常なし。涙もしょっぱいから、味覚にも異常なし。妹はスケッチブックに描いたアマビエ様をスマホで撮って、インスタにでも上げてんだろ。玉ねぎとにんじんを炒めつつ、俺は卵を二つ割って、かしゃかしゃ、かき混ぜる。カラザは、取って捨てる。卵、かき混ぜる音、好き。幸せな音だと思う。レンジからあっためたごはんを出して~、フライパンに、じゃあああって卵を流し込み、すかさずごはん投入。ぐわわあっと混ぜまくる。混ざったらフライパンを振る。

 今、窓辺にいるのが晴で、本なんか読んでたら、最高なのに。どうして妹なんだ!アマビエ様なんだ!すげえな、クレヨンでハデハデなアマビエ様。マジで新型コロナウイルスをやっつけちゃって下さい。心の中で両手を合わせて、すりすりする。あとでチャーハン、おそなえします。俺は冷蔵庫から、じゃこを出す。かりかりに炒めて、かつおぶし、ごま、しょうゆであえたヤツ。チャーハンに入れて、フライパンを振り振り。スプーンで一口、味見して、んんん、ちょっとだけ、しょうゆ足して、フライパン振って、できあがり。

 チャーハンをお皿に盛り始めると、妹は立ち上がり、お母さんがハイターで作った消毒液をふきんにしみ込ませて、テーブルを下から上へ一方向に規則正しく拭く。それからリビングルームを出て行く。換気のために開けっ放しのドアの向こうから、ハッピーバースデーを歌う声が聞こえて来る。ハピバを二回歌いながら、手洗い20秒で感染予防になるって聞いて以来、妹は毎日、アニメやマンガの登場人物の生誕を祝ってる。こいつの悩みはアニメやドラマの放送延期と、毎週、無事にジャンプが発売されることだけだからな。ジャンプ、俺に金出させて、パート帰りのお母さんに買わせて来やがって。毎日、だらだらテレビとスマホ見て、落描きしてるだけで。お兄ちゃんは毎日、炊事洗濯掃除をやってるというのに!テーブルの同じがわの端と端にチャーハン置いて、スプーンを添える。お母さんは働いてるのに、家で何もしてない俺らがピーチクパーチク、メシ喰わせてもらうのを悪いと思わないのか!ゼンゼン思ってない妹はイスに座る。

 「いただきます」

 って手を合わせて、手作りマスクをあごに下げ、食べ始める。妹が座るイスと逆の端のイスに座ろうとして――あ、アマビエ様におそなえ、忘れてた。小皿持って来て、自分のチャーハンから一口、スプーンですくって、窓際のイスの前に正座して、置かれたスケッチブックのアマビエ様の三本足の足元にお供えする。手を合わせて目を閉じて拝む。マジで本当に一分一秒でも早く新型コロナウイルスをやっつけて下さい。お願いします。目を開ける。アニメーターを目指して、高校で美術部に入ってる妹は絵が上手い。(漫研じゃねえのかよって聞いたら、デッサンとパースをきちんと叩き込んでおきたいのって言われた。イミは全くわからなかったが、「そうか。がんばれ」とお兄ちゃんは応援した。)落描きとか言って悪かったよ。

 「何やってんの?」

 「アマビエ様にお供え。――これ、写真、撮っていい?」

 「『鬼滅の刃』20巻」

 「それ、ポストカードセット付き特装版、すでに俺が予約して全額前金、払ってますけど!」

 「本屋さんもお休みしてるのに買えるのかなあ…あ、その頃には緊急事態宣言、終わってる?」

 「……わかんない」

 俺は自分のiPhone持って来て、アマビエ様を撮る。晴に写真を送る。小皿とiPhoneを持って、テーブルに戻って、イスに座る。

 「いただきます」

 手を合わせて、小皿の方を食べてから、お皿の方を食べ始める。晴、ちゃんとごはん食べてるかな?お母さんに反抗してるくせに炊事洗濯掃除やらせてるダメダメなヤツだからな~。お母さんとくちかなくても、メシはきちんと三食、喰ってるような気がする…。どうせ二人暮らししたって、家事しないに決まってるから、今、俺が炊事洗濯掃除してるのはその練習って意味もある。――そうだ。これはいつか晴に俺が食べさせてやるためのごはん。

 俺はチャーハンをすくったスプーンを持つ自分の手を見る。この手にできることはある。毎日、ごはんを作る、洗濯をする、掃除をする。いつか晴の面倒を見る時に全部、役に立つことだ。ムダな「今日」なんかない。そうだ。試合に勝つために毎日、一生懸命、練習するのとおんなじだ。

 「一回戦も勝てないのに毎日練習できるヤツ」って晴に嘲笑あざわらわれたことを思い出す。バスケ部で高校三年間、公式試合でも練習試合でも一勝もできなかった俺だぜ。ムダな努力は得意だ。俺、がんばる。俺、それしかできねーもん。

 iPhoneが鳴る。ちょっとびくびくしながら、俺は手を伸ばす。あいつ、俺の心をへし折るの得意技だからな~。ツンデレ・ドSが大好きなんて、俺もつくづくドMだなあ…LINEを見る。

 と思ったら、飛んで来た妹にiPhoneをさらわれた。いつもなら引っ掴んで、取り返すところだが、直接接触をためらう瞬間に、すいすい、妹はお兄ちゃんのiPhoneを見やがる。

 「な~んだ。晴さんに『会えない』LINEもらって、めそめそ泣いてたの。ダサ」

 「うっせーよ!」

 「もおおおお、晴さんが新型コロナ、かかっちゃったんじゃないかって、あせっちゃったじゃないかよう」

 妹はiPhoneをテーブルに滑らせて返して来る。俺は受け取る。

 「アマビエ様にお供えしてお祈りして、さっき泣いてたから。わたしの心臓、ムダにキュウウウウってさせないで!」

 そっか。そういう誤解もありだよな。俺は謝る。

 「ごめん」

 妹も晴に勉強を教えてもらってて、何度も俺らのデートに付いて来やがったこともある。妹は俺が座ってるのとは逆のテーブルのはしっこで、もしょもしょ、チャーハンを食べる。こいつだって不安なんだよな。

 「ごめんな。不安にさせて」

 「いい。晴さんにアマビエ様、ホメられたから」

 なぬ?!俺はiPhoneを見る。

 「アマビエ、キレイだね。待ち受けにする。ありがとう。」

 …これ、俺に言ってるんだよね?妹にじゃなく。でも、妹に言ってるようにしか見えない。えええええええ~。送ったの、俺なのに。でも、描いたのは妹か。

 「俺もアマビエ様、描く」

 「やめとけ。お兄ちゃんが描いたアマビエ様は死にかけたこの世界にトドメを刺してしまうから」

 「……そんなに俺、絵、ヘタ?」


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