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満開には少し早い桜を見上げ、私は、巡る季節に思いを馳せていた。
不思議なものだ。
毎年毎年、忘れもせずに春は来る。
誰に教えられなくとも、花は咲く。
主なしとて、春な忘れそ
と詠まれた梅の花にしたって、菅公がおわさずともしっかりちゃっかり花をつけたに違いない。
主を慕って太宰府まで飛んでいったという『飛梅伝説』を聞いた中学生の時も、どうせ流された先で、似た木を見つけたとか、そんなオチだろうと思ってしまった私は、少々夢の無い少女だった。
春が過ぎれば夏がくる。地中に7年、もぐもぐと生息していた蝉の幼虫は地上に出て、一週間程、じゃぁじゃぁじゃわじゃわと鳴き散らかし、ポトリと落ちる。
不思議なものだ。誰が教えるわけでもないのに、あ、やべ、出なきゃ出なきゃ、と、地上という運命の終焉を目指す蝉の心境やいかに。
季節だけではない。欠けるところのない望月に、一斉に産卵する珊瑚など(映像でしか見たことはないが)感動に値する。
人類が小賢しい知恵を振りかざさずとも、地球は回るし、星々の運行は、すべての動植物に影響を与えている。
だから。
だから、私がこうして、石段の途中に座り込み、アゴを出しているのも、宇宙の意志に相違ないのだ。
百段を数えたところで、日頃の運動不足が祟ってへたり込んでしまったというのが、実際のところだが。
登り切らねば、明日は無いというのに。
というわけで、逃避終了。
現実に向き合うべく、よっこいしょと立ち上がり、私は、スカートの尻をはたいた。
この3月、東京の高校を卒業し、12年お世話になった施設を出て、めでたく独立の運びとなった。せめて成人迄は、居ればいいではないかと言われたが、これ以上負担をかけたくないと巣立ちを申し出た。
ならば、と紹介されたのが、『精進寮』という、この上にある下宿だ。
なんと、家賃は無料。掃除や雑用などをすれば、暮らしてゆくには足りる報酬があるという。
施設では、里親代わりの同居人から、『世俗の垢にまみれてはいけない』と、アルバイトは禁止されていた。そんな貯金も乏しい身では、いきなりのアパート暮らしも厳しいので、先ずは妥当であったろう。
寮とはいえ、一人部屋を与えられるとも聞いて、決心した。
いずれは、完全独立を目指す。
そして、里親にかけた経済的負担は返す。必ず返す。まずその足がかりだ。
今朝、家を出る前に、水道の水を詰めておいたペットボトルをあおって、石段を登り始めた。
けぶるような桜の色が覆い、頂上は見えない。階段の先を見上げれば、先でカーブしていて、あと何段昇れば良いのかはわからない。
不安はあるし、階段はキツいが、負けてはならじと、一段一段足を進めながら、私は偉大なる先人の残したという、金言をつぶやいた。
「これでいいのだ」
これでいいのだ。これでいいのだ。と繰りながら、前進する。雑念を振り払いながら。
曲がった先に程なく頂上が見えた。
「鳥居?」
段の切れたところに見えたのは、そう。木の鳥居だった。
これから住む『精進寮』は、寺の境内にあると聞いたけれど。
そう言えば、登り口でも石の鳥居をくぐったような気がする。
でも、『正信寺』と掘られた石碑も確かに見たのだが。
そして。
登り切った目の前に奇妙な景色が広がっていた。
山の中腹を丸く抉ったように拓かれた土地だ。
正面に、長方形の建物。いや、ビルのように上に向かってではない。横長だ。
しかも、奥に向かって縦向きに。
最も目を疑ったのは、その建物の最奥が山肌にめり込んでいることだ。
建築法とか大丈夫なんだろうか。
それとも、ずっと昔に土砂崩れで埋まったまま、とか。なんとも不可解だ。
改めて、現状を認識するために、視線を引いて全体を見回すことにした。
今、立っている鳥居の左手には鐘楼。
うん、寺だ。
その奥に、内向きの本堂。
うん、寺だね。
そのまた奥に庫裡とおぼしき小さな家屋。
そうそう、お坊さんの住む所だね。
そのまたまた奥に白壁の蔵。
うん、寺にあっても不思議じゃないヤツ。
視線を巡らせ、次は右奥から。
奥の岩肌に備え付けたような小さな祠。
藤棚の東屋。畑に井戸。手前に軽自動車とトラックが各一台。
「車?」
山の中腹に?
駆け寄ってみると、車の向こう側に、山の周囲に沿うように舗装された車道があった。
「道、あったんかーい!」
そう言えば、駅からタクシーで「精進寮まで」と言えばいいと、親代わりのあの人は言っていた。
ケチってバスを使ったばっかりに、石段を昇る羽目になってしまった。
……まぁ、いい運動になったし。
それはともかく。
やはり、不自然な配置だ。
普通、山門(鳥居だが)を潜れば、正面に堂の表があるものではないのか?
しかも、こちらを向いているのは、建物の狭い面である。
「まぁ、これなんだろうな。寮ってくらいだから」
他にそれらしい建物は見あたらないし。
とりあえず、行ってみるしかないでしょう。
近づいてみれば、尚、奇妙な、いや、奇っ怪と言っても良い風貌を持つ建物だった。
二階建て洋風石造りの上に唐破風の屋根。
「明治時代の学校みたい」
正面玄関、観音開きのガラス戸の上部には、鉄製の板のようなものが渡してある。しかも2枚。平行に。
よく見れば両脇にも縦に同じ物が填め込まれていた。
なにはともあれ。
ガラス戸に、顔を映してみる。汗をかいたため別れてしまった前髪を、慌てて直す。OK、隠れた。
眉間の少し上に、大きめのホクロがあって、小学校の頃のあだ名が、『ブツゾウ』だった。それが嫌で、前髪で隠していたら、常に目にかかるくらいになってしまった。
そっと、戸を開けて中に入った。