始まりと死⑦
「メイの遺体を触った理由を聞かせてもらおうか」
「好きな人にはどんなときでも可愛いって思われたいのが普通だって教えてくれた人がいました」
「メイがカイを好きなことに気付いたのか」
「気付くもなにも、机の上のメモにそう書いてありましたけど」
机の上のなんて遺体を通り過ぎないと見えない
あの状態のメイを放置して一度通り過ぎたって言うのか
「『カイ好きよ』って書いてあったので急いで整えました」
無表情の中に少し笑顔が見える
ヤスはああ言ったが、俺にはそうは思えない
自分で店まで来てくれていたらメイにあの男の接客を頼むことなんてなかった
――ああ、そうか
俺もメイを殺した内の一人なのか
ナギを拾わなければ、こんなことには…
2人のやり取りは分からない
だがもしメイに頼まなければ、誰も死ななかったかもしれない
俺が殺したのか
「はは、そうか、そうか。やはり俺には殺人は向かないな」
「はい」
「お前は後悔しないのか」
「しないはずないでしょう」
勢い良く言われた
当然かもしれない
でも聞かずにはいられなかった
それはナギの態度がさせたことだ
「でもどんなに後悔しても願っても夢を見ても、過去は変わらないし時間は戻らない」
「まるで経験のあるような言い方だな」
「言ったじゃないですか。間接的に人を殺してしまったことがあるって」
それをそんな風に後悔出来るならどうしてメイを放置出来る
昨日のことだぞ
どうして普通に笑えるんだ
「もうすぐ10年経ちます。それでもまだ、夢を見ます」
「それならお前にも人は殺せないだろ」
「耐えられるかどうか、ということを言っただけです」
イラつきが言葉に出て来ている
「あなたは10年間ほぼ毎日悪夢を見ることを耐えられますか。中には悪夢を見ない人もいるでしょうけど」
「――死にたいのか」
「それ聞いてどうーすんの。ケンが殺してあげるの」
カー坊が不貞腐れた顔で扉の枠にもたれかかっている
「人を殺すとか死ぬとか、ぶっそーな話ししてるねー」
「カー坊、茶化すつもりなら止めてくれ」
「しんけんに話してることくらい分かってるよー。だから止めてんのー」
ナギがくすりと笑う
「優しい人の周りには優しい人が集まるんですね」
「どーかなー。ボクってほんとに優しーのかなー」
俺には茶化しているようにしか思えない
「ねぇケン、ここに流れ着いた人たちがどーしてなにをしてでも必死にお金をかせいでると思う?」
「生活するために必要だからだろ」
「そう。生活したいんだよ。みんな」
ナギがへぇと声を漏らす
俺にはカー坊がなにを言いたいのか全く分からない
「分かんないかぁ」
カー坊がため息を吐く
「ここは生きたい人が流れ着く町でもあるんだよ?」
だからなんだ
「だから私が死にたいと思っているはずがない、と」
「そー」
極論だな
暴君か
「残念。私は死にたがりです」
カー坊のテンションに合わせてなのか、少し跳ねた声で言う
「でもある人が死なないでと泣いたので自ら死ぬという選択をしないだけです」
ある人、とは紅茶の話に登場した人物だろうか
「殺してくれるなら殺してほしいですよ」
にこやかに微笑む
「そー?ボクのカンちがいだったみたいだねー」
「あなたが私になにを望んでいるのか知りません」
ナギにゆっくりと近づく
半歩後退してからはじっとカー坊を待っている
「ケンを助けてよ」