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干天の慈雨  作者: ゆうま
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始まりと死⑥

昨日ヤスが入って行った部屋をノックする

もうすぐ昼になるというのに、いつまでも出て来ないのが心配だった


「はい」


返事をしたのはナギだった


「開けるぞ」

「どうぞ」


ヤスの姿がない

ナギは出窓の傍で蹲っている


「泣いているのか」


酷い抱き方でもされたのだろうか

昨日のあの様子でそれはないだろうと思っていた

しかし会話の流れによっては考えられないことではない

今になって思うなんてやはり俺は馬鹿だ


「違います。私が悪いんです」


小さな声で「ごめんなさい」と繰り返す

どうして良いかさっぱり分からなかった


「なにもないならそれで良いんだ」


しゃがんで目線を同じ高さに合わせる


「あんまり部屋から出てこないから心配しただけだ」


じっと見つめられる

取り敢えず微笑んでみた


「働くのは明日からにしよう。今日はゆっくりしていた方が良い」

「…こんなに不器用で良い人がどうしてこの町で生き残ってゆけるの」


良く言われる

だがこの町に来て数日の少女に言われるとは思わなかった


「それなりにルールをわきまえていればこの町は意外と優しい。それにヤスや店の子たちがいるからな」


もうすぐヤスと出会って10年くらいになるか

あの頃ヤスは一人の男の子を探していた

今も探しているのかは知らない

だけど探すなら定住はしないだろうし、するにしても時々遠くへ出かけてもおかしくない

というかそれが普通だ

それがないということはもう探していないのだろう

それか、もう見つけて用は済ませたか


「ヤスさんは優しいけれど、器用ですからね」


あいつを優しいと評価する人は少ない

自由人や遊び人や変人が多い

なにを考えているのか分からないと多くの人が言う


「昨日もずっと抱きしめていてくれたんです。なにもしませんでした」


それをこの町では優しさだと言わない

男が女を買っておいてなにもしないなんて、侮辱以外の何物でもない


「勿論それがこの町での優しさでないことは分かっています」

「ならどうして俺にそれを言ったんだ」

「あなたの優しさもそういう優しさです。だから、」

「だからって俺は生まれ育ったこの町を出て行くことはしない」


悲しげに俯く


「やはりそうでしたか」

「やはり?」

「はい、この町に来て数日ですが、分かります」


なにが分かるって言うんだ

俺はこの町に産まれたことを後悔なんてしない

この町がどんなに汚れていようとも

この町がどんなに厳しくても

この町がどんなに儚くても


「この町はあなたの様な人が流れ着く町ではありません」


大きく息を吸う


「それに、あなたからはこの町の匂いしかしないんです」


匂い?

町独特の体臭でもあるのだろうか


「比喩です」


呆れたようにため息を吐く


「馬鹿なんだから」


くすくすと笑う

メイとの会話をふと思い出した





「店主、この町の産まれですね」

「そうだがどうして分かった」

「あなたの様な方がこんな店を構えられるような甘い町ではありません」


確かに親から継いだ店だが酷い言われようだ


「それに、あなたからはこの町の匂いしかしませんから」


自分の身体の臭いを嗅ぐ俺をくすくすと笑う


「比喩です。馬鹿なんだから」





メイが笑ったのはこれが初めてで、滅多にないことだった

俺に敬語を使わなかったのは確か、これが最初で最後だ


「メイの遺体を触った理由を聞かせてもらおうか」


聞かなければならないことを思い出した

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