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干天の慈雨  作者: ゆうま
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始まりと死②

「ほら、立って」


ヤスが手を差し伸べる

なにか思案し、恐る恐るヤスの手を取った

俺が同じ台詞を言って手を差し出したときは見向きもしなかったじゃないか


「上へ行こう。大丈夫、ケンは怒ったりしないよ」

「――あなたは、怒らないの」

「どうして俺が?」


俯いて小さく首を振る


「もうすぐ店が開く時間だ。上へ行こう」


小さく頷いて歩き出す

手は取ったまま


「さ、先ずは温かい飲み物でも飲んで落ち着こうか」


手慣れた様子で麦茶を淹れる

ここには客からの頂き物が沢山ある

中には高価な紅茶や茶もある

その中からどうして麦茶を選んだのか


「麦茶、嫌い?」


俺の視線を感じ取ったのか、振り返って問う


「…もう、飲めます」

「じゃあ他のにしよう」


答えに少し悲しそうに笑うと手招きした


「こっちにおいで。実は選びたい放題なんだ」


少女はやはりなにか思案した

それでもやはり、ヤスの方へと向かった


「なにが良い?」


いくら少しの教養がありそうだと言っても読み書き出来るかは分からん

この町に流れ着く者の識字率はあまり良くない


説明してやらんと分からんだろう

そう言おうとした


「…これを」

「良いセンスしてるね」

「…いつか飲んでみたいと語った者がありまして」


読むことは出来るようだ

しかし高級と言えば高級の部類に入るがそう高級ではない紅茶だ

女子で勉学をさせてもらえる家庭に育って飲んだことがないのか


「あなたは飲んだことがおありですか」

「ないよ」

「一緒に飲んでいただけますか」

「うん」


その紅茶を淹れるヤスを横で見て待っている


「良い香りがしてきたね」

「…はい。その語った者はいつもこの香りだけを楽しんでいたそうです」

「きみはどうなの。自分のことはなにも話さないね」


サッと俯く


「今までの町でも親切にしていただきました。しかし皆根掘り葉掘り私の過去を聞こうとするのです」


それが普通なのだろう

現在の素行がどれだけ良かろうとも、素性の知れぬ者の世話をずっと出来はしない


「でもここは誰も、拾って下さった方ですら聞きませんでした。なのでそういう町なのかと思っておりました」

「そういう町だよ。ごめん、俺が間違ってるんだ」

「いいえ、お気持ち、お察し致します」


どういう意味だ

さっきから気になる表現が多すぎる

ヤスが普段より穏やかなのも気になる


「じゃあひとつだけ簡単な質問だけするよ。答えられるなら答えて」

「はい」


俯いていた視線を上げ、ヤスをしっかりと見る


「なんて呼んでほしい?」


「…ナギと呼んで下さい」

「分かった。ナギ」

「はい、ヤスさん」


見つめあう2人がいるだけでいつもの風景ではない気がした

やかんがぴゅーと音を立ててお湯が沸いたことを知らせてくれた

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