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干天の慈雨  作者: ゆうま
27/57

ロイと2人の悪魔②

「金目の物は持って行かなくても良いのか」


声にびくりとして振り向く

父がひっそりと、しかし堂々と、立っていた


「いりません」

「一文無しで目的地が本当にあるのかも分からない。どうやって生きていく」

「幸いにも私は女です。売れるものならあります」

「そうか。その覚悟があるなら持って行きなさい」


投げたのは小さな袋

開けると現金が入っていた


「わたしのへそくりの一部だ」

「どうして」

「この家の女は怖いからな」


滅多に笑わない父が少し照れたように笑っている


「助けてやれなくてすまなかった」


そして真剣な顔で頭を下げた


「私も諦めていたから良いんです」


発言してから自分の声だと気付く

私こんな風に優しい話し方が出来たんだ

優しい声が出せたんだ

そう驚いた


「どこかから情報が知れているようなので急ぎます」

「ああ、そうした方が良い」


窓から出ようと踏み込んだ瞬間


「本当の悪魔はあの女だ」


そう小さな声が聞こえた

どういう意味


「なんでもう少し引き留めておいてくれなかったんですか」


聞き覚えのない声色

でも誰の声かすぐに分かった

それと同時に父の言葉の意味が分かった


「あーあ。全てを知って絶望するあの子の顔が見たかったのに」

「今出て行ったばかりだ。聞こえているだろう。窓から覗いたらどうだ」

「すぐ近くじゃなくちゃ意味がないんです」


裏切られた


「あの子は頭が良い。初等教育が終わる少し前に必ず逃げる。そこまでは同意見だ」

「分かってます」


――いや、違う

父が家の状態を良く思っていないことを知っている風な感じ

まさかあの時間は嘘

優しい笑顔も優しい声も優しい言葉も全て嘘


「だから監視が必要だ。そう言ったな。だが逃げられた。良いのか」


今逃げたばかり

それは父の言う通りで、連れ戻そうと思えばそれは可能

それなのにしない理由を聞いているのだろうか


「それは建前だから良いんです」

「建前?」

「はい。逃げるあの子に種明かしをして、絶望する顔が見たかったんです」


今まで聞いた中で一番生き生きした声

艶やかな声


「ただそれだけなんです。あの子が逃げることに成功しようと失敗しようとどうでも良いんですよ」

「悪魔というよりも狂っている」

「人の不幸は蜜の味。自分で作った蜜はより美味しいと思いませんか?」

「…何故それをわたしに明かす」

「あなたが誰にも言わないことを分かっているからですよ」


―――?

誰にも知られたくないならどうして父に言う?


「そうだな。わたしは保身の為に実の娘すら庇わなかった」

「ええ。それに、良い家の良い子である私の言うことの方が正しいんです」

「分かっているよ」


大きなため息を吐く


「そうか。ただ自慢話をしたかっただけか」


――え?

それだけの為に私は…


「密かに娘を思うあなたが苦しむ姿も見たかったので今日にさせてもらいました」


楽しそうな、弾む声


「満足したのか」

「70点ってところですね。今のところ最高記録ですよ」

「他にもこんなことをしているのか」

「はい」


見てはいないけれど、とびきりの笑顔なのだと分かった

一発殴ってやりたかった

でも今戻っても意味がない

騒ぎになって逃げる機会を失うだけ


私は足音を殺して生まれた町を出た

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