始まりと死①
「ケン、あの子はまだ来ないの。見つからないの」
「見つからない。来ない。お前がいるから来れないんじゃないのか」
「そうかもね」
座っていた出窓から立ち上がり俺を振り返る
「じゃあ帰るよ。あの子が来たら絶対に呼んでね」
「…やけに素直だな」
「また会いたいんだ。ただそれだけだよ」
穏やかな笑みを浮かべる
「あの子が了承したら呼ぶ」
「してくれるかな」
「知らん」
「ケンのそういうところ、好きだよ」
そう言い残して部屋を出て行く
出窓を覗くと去って行くヤスの姿が見えた
奇妙なものでも見た気分だ
そのまま外を眺めていた
どのくらいそうしていたのか分からない
下の階が騒がしいことに気付き我に返る
「離して!」
何事かと降りて行くとあの子が腕を引かれて引きずられるように歩いていた
「おい!逃げた商品捕まえてやったぜ。だからこいつは今夜オレがタダでもらう」
この町にあるこういった類の店で働く子にはより複雑な事情があることが多い
大抵の場合逃げても無駄だということを分かっている
守ってくれるものがない以上こういったことになることもいた仕方ない
だから最低限守ってくれる店にいるのが安全だ
だけどこの子は違う
じゃあ誰が守る?
当然、拾った俺だ
「この者はこの店の者ではございませんのでその様なことは承知致しかねます」
「この店の服着てんじゃねぇか」
「ここには貸せる服がこれしかないもので。しかしこの娘を探していたのは事実です。感謝致します」
男がにやりと笑う
「じゃあどうしてくれんの」
「今夜は精一杯のサービスをさせていただきます」
「分かった」
乱暴に手を離すと上機嫌で店の奥へ入って行く
「メイ、悪いが頼めるか」
「分かりました」
申し訳なさそうに俯く少女を一瞥して奥へと消えて行く
「2階で話そう」
「ご迷惑ばかりおかけして申し訳ありません」
「大丈夫だ。ほら、立って」
恐怖で腰が抜けている
そういうわけではなさそうだが一向に立てそうな気配がない
しかしもうじき店を開ける時間だ
ここにこのまま蹲っていられても困る
抱えるしかないな
「怖がる必要なんてないよ。大丈夫」
その声に反応して振り返る
声の主を見た瞬間表情が変わる
「そんな顔しないでよ。無理に買おうなんて思ってないから」
数日前と言っていることが違うぞ
まぁ落とすための言葉だろう
弱っているときに付け込むなんて当たり前の手段だ
「ほら、立って」
ヤスが手を差し伸べる
なにか思案し、恐る恐るヤスの手を取った
俺が同じ台詞を言って手を差し出したときは見向きもしなかったじゃないか
「上へ行こう。大丈夫、ケンは怒ったりしないよ」
「――あなたは、怒らないの」
その問いの意味を知るのはまだ先のことだろう