行方と死③
「安成さん」
震えた声で小さく誰かを呼んだ
やすなり?男か?
「なに、なぎさくん」
隣のヤスがやっと口を開く
もしかしてヤスってやすなりのやすか?
元々知り合いだったのか?
というか「なぎさくん」ってどういうことだ
「…きみが生きている夢を見るのは久しぶりだ」
口調がいつもと違う
「流れ着いた町できみのお兄さんに会った」
「うん」
「殺されるのかと思ったのに優しいんだ」
「そう」
「きみは似ていないと言っていたけれど、とても良く似ていると僕は思う」
「そうかな」
「そうさ。優しさが似ている」
「俺を優しいと言う人はあまりいないよ」
「そうだろうね。でも僕はきみと同じくらい強くて優しい人だと思う」
なにか違和感が…
「きみが死んだことに意味なんてなかった」
「そうかもね」
「世界や社会にとって代わりの利かない人物なんていない」
「そうだね」
「でも個人では違うだろう」
「うん」
「僕にとってきみはそれだった。きみと過ごす放課後の1時間が僕にとって大事だったんだ。きみを大切にしたかった」
ナギが言う「きみ」はナギにとって特別だった
でもそれとヤスになんの関係が?
ただ似ているというだけじゃないって言うのか
「きみ」と「きみ」の兄が似ていると言っていたが…
分からない
「かくれんぼは終わりにしよう」
「…かくれんぼ」
「そう。かくれんぼ。やっと見つけた。「なぎさくん」、ずっと待ってたよ」
ナギを優しく抱きしめる
「駄目だ。駄目なんだ。僕はまだ、なにも証明出来ていない」
「無理しなくたって良いんだよ」
「分からない…」
分からないの意味が分からない
無理しなくて良いの返答が分からないってなんだ
「もう10年も経つのに僕はまだなにひとつ、きみが教えてくれたことを証明出来ていない」
さっきと同じことを言っているように思える
だが俺には引っかかることがあった
10年という歳月だ
ヤスがこの町に来たのも10年前
「大層なことを教えたようには思えないけど」
「円の面積求めるとき」
いきなりなんの話だ
俺がそう思ってもヤスは抱きしめたまま優しい顔つきで話を聞いている
「円周率に3.14かπを使うって知らなければ求められません」
「そうだね」
「楽しいと嬉しいが似てるって言われたって、それぞれが分からなければ証明出来ません」
「そりゃそうだ。でもなぎさくんはずっと考えてくれてたんだよね」
ナギが頷く
「でも分からないんです。無理しなくて良いって言われても自分が無理をしているのか分からないんです」
それで「分からない」か
「ごめん、難しいことを言ったね」
「違います。分からない私が悪いんです」
あれ、敬語…
口調も戻っている
いつからだ?
「そんなことはないよ。得手不得手があるのは当たり前だ。なぎさくんは感情を読み解くのが苦手なだけだよ」
「それじゃ駄目なんです」
「どうして?ずっと考えてくれてたんだよね。それはとても強くて優しい人じゃないと出来ないと思うけどな」
首をブンブンと振る
「僕はきみを堂々と助けなかった。恨んでほしい。憎んでほしい。殺してほしい」
ナギがヤスの身体に手を回す
「僕はきみに殺されたい」