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干天の慈雨  作者: ゆうま
12/57

始まりと死⑪

「ケンさんいつまでもじっとしているのは性に合いません。早く働かせて下さい」

「もう少し休んだ方が良いと思うが、聞かなそうだな」

「はい」

「それなら条件だ」


これならどちらに転んでも悪い結果にはならないだろう

…俺がきちんと見ていられれば、の話だがな

自信はない

でも進まなくちゃいけないのは俺もカイも同じだ


「なんですか」

「ナギの世話役をやれ」

「…分かりました」


すぐに背を向けて部屋を出て行こうとするカイの背中に投げかけた


「大丈夫か」

「大丈夫です」

「こっちを見て言え」


振り返ったカイの表情はなかった


「カイ、やっぱり休め」

「大丈夫ですよ。しっかり務めます。あの子はケンさんとヤスさんのお気に入りですからね」

「誰かを特別視したつもりはないが、そう見えたなら謝る」

「何故謝るんです」


俯いて俺に問う


「私たちはただの商品でしょう。表にいようが裏方だろうがそれは違わないはずです」

「俺はそんな風には思えない」


キッと視線を上げたが発言させなかった


「家族だとか仲間だとか青臭いことを言うつもりもない。俺はお前たちを雇っている。その関係はどこまで行っても変わらない。だがな」


癪だが、ナギの言葉を借りよう


「俺はお前たちのことを「大事」に思っている」

「じゃあどうして昨日、メイと私を置いてあの子とヤスさんを追いかけたんですか」


ドキッとした


「…ヤスが、心配だった。カイ、お前の気持ちを考えず自分を優先してしまった」

「そうですか。あくまでもあの子のことは考えていなかったと言うんですね」

「ああ」

「まぁケンさんはヤスさんに異常に弱いですから、納得いかないとは言いません」


大きなため息を吐いて言われた言葉に今度は俺がため息を吐く


「そりゃ最近の不安定なヤスを見ればナギがどうなるか、全く心配しなかったわけではない。だが、不安定なヤスがただ心配なだけなんだ」


全部ナギが現れてからだ

やっぱりナギを拾ったのが間違いだったんだ


「ケンさん、ヤスさんは一体誰を探してるんですか」

「!?」


唐突な質問に驚いた

10年前に町に来て2年くらいで探すのは止めている

カイがこの町に来たのは3年前だ

何故知っている


「まさかケンさん気付いてないんですか」

「昔…ヤスが町に来たばかりの頃、人を探していたのは知っている」

「同じ人かは知りませんが、今も探してますよ。3年前私がこの町に来たときには随分前から探してるんだって分かりました」


少し考える仕草をする


「探すっていうより、この町に来るのを待ってるって言う方が正しいかな…」


この町は誰かに殺されたい人が流れ着く町

ナギが殺されたい人は死んでいる

ヤスの第一印象は「今にも人を殺しそうな人」

時折交わすヤスとナギの不自然なやり取り


「まさかヤスが待っていたのは…!」


走り出した俺の手をカイが掴んで止める


「大丈夫ですよ。あの子がどんなに願ってもヤスさんはあの子を殺さない」

「何故分かる」

「嫌でも分かりますよ。同じだから」


少し前の責めるような口調ではなく穏やかな口調で静かに語る


「ヤスさんが殺したいのは「自分」だから」

「いつでも殺せる「自分」よりも大切ななにかがある。とでも言うのか」


カイは静かに頷いた


「私は死ぬ場所を探してこの町に流れ着きました。見つけた「大切」の傍にいたくてここで働くことを申し出ました」

「―――カイは死ぬのか?」

「はい。でも与えられた仕事は全うしますよ」

「そんなことはどうでも良い!」


なんなんだ!

死ぬとか殺されたいとか殺したいとか

俺には分からない

死ぬことより生きることの方が簡単なのに

なのにどうしてわざわざ茨の道を行く


「ケンさんは本当に優しいですね。そして本当に馬鹿ですね」

「みんなそればっかだ」

「だってそうじゃないですか。そして、私もそうなります」


どういう意味だ


「死のうと思っている人間が働かせてくれなんて言うと思いますか」

「それは、確かに…」

「明らかに平常心でなさそうな私になんて言うか、それで決めようって思ってたんです」


ヤスと同じく試されたということか


「「大切」がなくなってもすぐに死のうと思わなかった。私にとってそれほど、ここが「大事」なんです」

「ありがとう」

「そういうわけなので、これからはちゃんと生きます」


視線を逸らして早口で言う

照れ屋なのにここまできちんと言葉にして伝えてくれた

内容もそうだけど、それがなによりも嬉しい


「応援する」

「はい」


これまでにない優し気な笑顔に戸惑いを隠せなかった


「ナギは明日からなんですよね。それなら私もお言葉に甘えて今日はお休みさせてもらいます」


小さく笑ってそう告げると部屋を後にした

俺はしばらくひとり茫然と部屋に立ち尽くしていた

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