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干天の慈雨  作者: ゆうま
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プロローグ

階段の多いスラム街っぽい町

この町に階層はない

だから脅威は少なくても、守ってくれるものはない


法律なんてこの町では大した意味を持たない

この町に住む人以外はこの町を通ることすら避ける

この町に住む人はこの町から滅多に出ない

この町に住む人は本名を名乗らない

流れ者が多いことが理由の一つだと思っている


この町に住む人は皆大なり小なり各々の事情がある

それに首を突っ込むことは死を意味することだってある

この町で生まれ育った俺は幼い頃、誰もが知っているそんなことも知らなかった


ある雨の日

そんな町で、俺は少女を拾った




                        ***




「ケーン」


待て

そう言う間もなく開け放たれた扉


「わぁー。むっちゃボク好みの子だねー。ボクのために用意してくれたのー?優しいねー」

「違う。この子は店の子じゃない」

「この子は「まだ」店の子じゃない。の間違いじゃなくてー?」


やはり着ていた服が乾くまでの間とはいえ店の服を着せたのはまずかった

話しを聞かないこいつにはいつも手を焼く


「雇うつもりはない」

「じゃあなんで店の服着てるのー?」

「酷く雨で濡れているから乾くまでの間着せただけだ。ここにこれ以外の服はない」

「…働けとおっしゃるのなら、助けていただいた恩もありますし、働きます」


ろくに質問にも答えなかったのに何故こんなときだけ発言する

ここがなんの店か知っているのか


「本人もこう言ってるよー?」

「駄目だ」


立ち振る舞いで思ってはいたが、今の発言を聞いて確信した

この子はある程度の教養がある

捨てられたにしても、ここより良い職場は山ほどある


「じゃあさ、今からボクの相手してよー。ここがどんな店か知ってる?」

「…春」


なに?


「…春を、売るお店です」


少しの静寂


「あはははっ」


その静寂を破ったのは3人の内誰でもなかった


「良いね。この子は俺が買う」

「ヤス」


神出鬼没で困る

恐らく話しは全て聞いていただろう

もしかしたら俺がこの子を拾ったことも知っていたかもしれない

そういうヤツだ


てっきりすぐ「分かりました」とでも言うと思ったが身動きする気配すら感じない

見ると、少女は茫然と立ち尽くしていた


「…ごめんなさい」


小さく言って駆け出す

店の服を着たまま、荷物も着ていた服も持たずに駆け出した


「ヤースー。ボクが買おうとしてたのになにしてくれんの」

「カー君は黙ってて」


妙に真剣な声色だ

俺を見る目も真剣


「なに、あの子」

「どういう意味だ」

「どうせ雨に打たれてるのを見過ごせずに拾ったんでしょ」


間違いはない

…が、知らなかったとは意外だ


「その通りだ。それでなにが聞きたい」

「名前は」

「聞いていない」

「どうしてここへ」

「聞いていない」


この町はそういう町だ

こいつは俺よりもそれを知っているはずだ


「なにか知ってることは」

「なにもない」

「これ、あの子の荷物?」

「そうだが漁るなよ」


一体どうしたんだ


「あの子、少しの教養はあるようだったね」


やはりこいつも感じたか


「決めた」


下げていた視線を上げて俺を見る

その目と表情はいつもより狂気に満ちている

その目はいつもより悲しそうだ

その表情はいつもより生き生きとしている


「あの子は俺が絶対に買う。どんな手を使ってでも買う」


その声色はいつもより、狂っていた

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