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アリーのトイレー23

 意識をなくしてから、どのくらいの時間がたったのか。僕にはあまり認識がなかった。

 ただ、ふと我に返ったというか、意識が一気に現実に戻された瞬間は、ある日突然やってきた。

 それは、アキちゃんとシマちゃんの二人組が声をあげて、うわぁ、キレイになった、さらに魅力的になったわぁと朝からきゃあきゃあ黄色い声で叫んでいたからだ。

「やっぱり床が新しくなったから、こんな風に見えるんだね」

「おしゃれよね」

 二人に言われて、僕は自分自身がいつの間にか改築されていたとう事実に気が付いた。

 柏木さんと別れたその日の夜、工事業者が入ってきて、僕の周りに工事の準備をほどこしていったのが、そもそもはじまりのようだった。

 意図的なのかどうかは知らないが、壁を塗り替えるのか、塗料を持ち込んだのか、その独特の材料の臭いが僕の記憶を飛ばした原因の一つかもしれない。

僕の中身で何が変わったのか、自分の体を点検してみると、なんとなく、ああ、そうだった、前と違うかもしれないという部分がいくつか見当たる。

まず床に張られていたタイルがキレイな近代的な色使いになった。明るいピカピカの磨かれた石のような明るいグレーの床に代わっていた。

つづいて洗面台。

今度は蛇口にセンサーがついて、手をかざすと自然に水が出てくるようになった。これは大きな進歩だ。お湯と水の切り替えも蛇口の横にあるボタンを押すだけで良いようになっている。

「でも、別に個室に大きな変化はない気がするけど」

 アキちゃんがそう言って、トイレのドアを開けた。

「ウォシュレットが入ってる!!」

「ホントだ、すごい、すごい」

「あれ?便器のふたがない」

「ホントだ」

 そう、個室の中には、ウォシュレットが導入されていた。その代りに便器についていたフタが取り外されてなくなっていたのだ。

 どうやら僕の心配は杞憂に終わったようだった。

 何やらアリーのトイレにはたくさんの自動化設備が導入されたようだった。

 センサーが付いたのは洗面台だけではなかった。今まで手動だったトイレの個室の電気も扉を開けると自動で点灯し、ある程度時間がたつと消えるようになっていた。

 そしてその日からまるで僕が意識をなくしていた間、何もなかったかのように、皆が出入りし始めた。

 山口さんは首を振って鏡を見つめ、黒王子は変わらずトイレで皆を笑わせたりする日常が戻ってきたのだ。

 一つ大きく変わったことは、朝掃除が終わる合図が聞こえなくなったことだ。トイレのふたを閉める音が響かなくなったことだ。そして、支店長と柏木さんの姿を見かけなくなったのは言うまでもない事実だ。

 そして、最近皆の会話から分かったことは、呉さんもいなくなったという事実だった。

 僕が記憶をなくしていたのは実はほんの二週間の間の出来事だったようで、その間に僕の改修工事が行われた。どうやら元々、男女別のトイレの構想もあったようだったが、それはトイレ全体の全体を増やさない限り難しいということが分かったようで、かなり最初の時点でその話はなくなったということを、黒王子と山口さんがしゃべっていた。実はトイレの改修工事自体はずいぶん前から決まっていたようで、そこへやってきた監査役がいまどき、男女一緒のトイレなんてありえないから、それも考慮するようにアドバイスして帰っただけのようだった。

 そして実はあの騒動のあと、山口さんが従業員全員から署名を集めていたことが分かった。その署名した紙には、こう書かれていた。

《当営業所の化粧室は男女兼用スペースであることは了承しており、この点においては当社の就労規定並びに社内コンプライアンスに反しないことを了解します》と。支店長が去ったあと、トイレの改修をするにあたって、山口さんが従業員を集めて今回のトイレの改修の趣旨と期間を簡単に説明して、署名を集めたのだそうだ。そして、山口さんが集めた署名の文面が、実はトイレの入り口の掃除点検シートの横に貼りだされていることにも、ようやく気が付いた。

 そんなことが、実はあのパーティの後に起きていたのだということを、今更ながら、僕は知ることになったのだ。

 僕はみんなに、アリーのトイレとして残り続けることを認めてもらえたのだ。少なくともこのオフィスで働いている人、それぞれにとっては。

 皆にとってのアリーのトイレは、どんな場所なのか、それぞれに質問したことはないけれど、一度は聞いてみたいと思うのだ。ここは唯一心休める場所か、それとも秘密の場所なのか。

 ある日のこと、僕は新しくなったトイレでこんな光景を目にしたのだ。

 アキちゃんが鏡に向かっているところに、ジョンが勢いよくドアを開けて入ってきたのだ。そしていつもと変わらない感じのまま、鏡の前のアキちゃんに小さな白い封筒を手渡したのだ。

「家帰って、読んで欲しいんだけど」

 ジョンの不思議な、あまりの突然の行動にアキちゃんは、その手紙の意味を理解できずに、ジョンを凝視した。

「あんま、こっち見ないでください」

 そしてジョンは黒い王子の表情で続けた。

「誰か他に人が入ってくる前に、化粧も手紙も片付けた方がいいっすよ」

 そして、個室には向かわず、僕のところから出て行った。

 アキちゃんは、ジョンが一瞬でトイレから出て行った様子にあっけにとられていたけれど、即座に化粧ポーチと手紙を持って太田部屋へと入っていった。

 そして、アキちゃんが個室に入っている間に、山本さんとシマちゃんが他愛もないことを話しながらトイレにやってきて、それぞれ個室に入っていく。

 そして僕はその様子をただ見守っているのだ。

 今日も明日も、明後日も。


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