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アリーのトイレー2

 パタン。

 僕の入口のドアを開けて入ってきたのは、久しぶりに見るアキちゃんだった。

 アキちゃん、なんか今日は化粧が違うなぁ。

 いつもより明るい色のアイメイクだね。

 アキちゃんを観察している間に、シマちゃんがドアを開けて入ってきた。

「お。アキちゃん。なんか、今日はイメージ違うね」

「うん。どう??ピンクにしてみたんだけど」

 アキちゃんはそう言って自分のまぶたを指さしてみた。

 まぁ、アキちゃんは何をつけても可愛いと思うけど、と思っているとすかさずシマちゃんが僕の気持ちを代弁してくれた。

「アキちゃん、何つけても可愛いからなぁ。ピンク、似合ってると思うよ」

「ありがと」

 アキちゃんが鏡に向けていた顔を、シマちゃんの方に向けた。

「立ち直った?」

「うん。立ち直った」

「そっか」

「うん。もう、大丈夫」

「あとくされ、なし?」

「・・・ゼロじゃないけど。なし。大丈夫」

 アキちゃんはそう言って、鏡の自分に向かってピースサインをしてみた。

 可愛いなぁ。アキちゃん。

 彼女はピースサインのあと、一番奥のトイレの個室へ入っていった。

 そうか。

 彼女がこの前泣いていたのは、彼氏と別れたからだったんだなぁ、と改めてシマちゃんとの会話から状況を理解しようとする。

 そうだな。

 アキちゃんはしばらくショックで会社を休んでいたのだろう。

 ぱたん、と音がして、僕の便器のふたが閉めてからアキちゃんが洗面台に戻ってきた。

「今度は失恋しに、じゃなくて普通にタイに行きたいわ」

「そうだねー。添乗、入れてもらったら?」

「・・・アジア方面行ったことないしなぁ」

「じゃ、今から営業してくればいいじゃない?」

「そうね。ま、ちょっと考えるわ」

 アキちゃんはタイにいる彼氏と遠距離恋愛を続けていたのだけれど、結局別れてしまったようだった。僕の想像は当たっていたようだ。

 ちょうど先週、彼氏から別れてほしいと連絡があって、トイレで泣いていたのだ。それでいてもたってもいられなくなって、彼氏に会いにタイまで行ってきたのだ。

 で、結果、別れてきたということだった。

「さ。今日から、がんばりまーす!」

 アキちゃんはそういって、僕の入口の扉を元気よく出て行った。

 あまりにアキちゃんがドアを勢いよく開けたものだから、入口に立っていた二人の人たちが少し驚きながら、僕のところへやってきた。

「あいつ、元気になってよかったなぁ」

「本当ですね」

 お。これはこれは。経理課長の山口さんと入社三年目の細貝君ではないですか。

「先週はどうなることかと思ったよ」

 山口さんはそういいながら、二番目の個室に入って行った。

「おはようございますー」

 細貝君は手を洗っていたシマちゃんに挨拶をしながら奥の個室へ入って行った。

「おはよう、細貝君」

 シマちゃんは挨拶をして、僕のところから出て行った。

 彼女は毎朝、出社して最初に僕のところへやってくる。

 シマちゃんは毎朝保育園に自分の子どもを送り届けてからやってくる。保育園のママ仲間たちの前では多少崩れた化粧でもいいけれど、仕事中、お客様の前では美人なシマさんでいたいのだそうだ。

 女性が綺麗でいたいという気持ちは、男の人には理解されないことだという人もいるけれど、僕は少しわかる気がする。

 彼女たちは自分に自信を持つために化粧という道具を使っているのではないかと思う。シマちゃんは朝、化粧直しが終わった最後に、今日も私、いけてる、と小さくつぶやいてから出ていくことが多い。トイレの中に誰もいないことを確かめてから、そう言って出ていくのが彼女の習慣だったりするのだ。シマちゃんはいつだっていけてると僕は思っているのだけれど、彼女は自分のことをそんな風に思っていないのはちょっとだけ残念だなぁ。

 シマちゃんのことを考えているうちに、山口さんがトイレの個室から出てきた。

 山口さんは手を洗いながら、首をなぜか左右にかしげる癖がある。

 たぶん、本人は気付いていないんだろうなぁ。この前、細貝君が、山口さんはどうして手を洗うときに首を動かしているんですかと聞いていたけれど、当の本人は驚きのあまり理由どころか、そんな癖があるということさえ知らなかったらしい。

 お。噂をすれば、細貝君が個室から出てきた。

 細貝君は山口さんの背中をながめながら、ぷぷっと笑った。

「山口さん、やっぱり、首をかしげてますよ」

「いやぁ。そんな自覚はまったくないんだけどね」

 本当ですよ、山口さん。と、言ってあげたい。

 ちょっとだけ自分に酔いしれている人みたいにも見えるんだけど、まぁ、山口さん、そんなに格好悪い人じゃないし、それはよしとしよう。

「なんか、子どものおもちゃみたいに、とてもリズミカルなんですよ」

 細貝君がそういって、山口さんのまねをしてみせた。

 上手だなぁ。やっぱりよく見ているだけあるねぇ、細貝君。

「へぇ」

 山口さんはその動きを自分がしているのかどうか、というのが本当に気になるようだった。

「今度、ビデオカメラでもつけましょうか?」

 細貝君はそういいながら、お先に、とトイレから出て行った。

 山口さんは鏡の前で、本当かなぁと一人、たたずんだままだった。そして、ぎこちなく、首を振って見せた。うーん、そんなに固い動きじゃないんだよなぁ。本人は無意識なんだろうけれど、その姿は確かに何かのおもちゃみたいで面白い。まだ信じられない顔をしているけれど、本当は僕が一番の証人なんだけどなぁ。

 山口さんはしばらくして、あきらめたようにトイレから出て行った。

 こんな風に、僕の朝は始まる。

 あーあ、一番奥の個室、せっかくアキちゃんが便器のふたを閉めてくれたのに、細貝君は開けっ放しなんだよなぁ。



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