1-8禁忌違反
「ーー言った通りにやったら本当にできちゃいました!?」
「ほらね~」
本を片手に、〈擬態〉を詠唱省略を行う。すると魔導書が淡く光ると同時にスコルの短な茶色い髪とひらひらとした服がふわりと浮き、もふもふでふわふわな尻尾と耳が、ぽんと音を立てそこに生えていなかったかのようにスコルから消えた。
耳や尻尾の付け根の部分も一応確認するが、やはり存在せずどう見ても『人』にしか捉えられなくなっている。
「あ、私も唱えていい~?」
「良いですよ」
「やったぁ」
自身が言っていたように見えなくさせたいものを想像し、スコルもまた〈擬態〉を詠唱省略を行う。しかし不思議とハティの狼の耳や尻尾は消えることはなかった。
否、見えなくさせたいものを想像してなかったからである。
最初は〈擬態〉で見えなくさせるため、消えるイメージを練っていたのだが、途中からあっさりと大好きなハティの耳や尻尾を消したくないと思ってしまった。それ故に〈擬態〉の省略詠唱は失敗した。
ーーいや、それも否だ。
耳と尻尾が見えなくなる想像をしても、スコルが唱える〈擬態〉は発動しない。というのも少女は知らないが、自身の身体に未だ魔力が備わっていなく、どっちみち魔導書の〈擬態〉は詠唱不可能だったのだ。
勿論何度も唱えようとしても魔導書は光ることなく、魔法の発動はしない。結局スコルは詠唱を諦めハティの耳や尻尾の〈擬態〉は本人がやる事となる。
「……〈擬態〉!!」
「おぉ~もう詠唱省略マスターしたんだ~」
「今のところ〈擬態〉だけですけどね」
魔導書を閉じ〈擬態〉の詠唱省略を行えば、ふわりと優しい風に包まれたかのように、少女のしなやかな髪や服が浮く。その直後、スコルと同じようにぽんと音が鳴ると、少女の狼を主張する耳や尻尾がきれいさっぱり消えてなくなる。
スコルが再び感動の声を上げていると、目に見えている人の街の入口付近から大きな土煙が発生してるのが見える。
それも少女達の方へ地鳴りを起こしつつ、かなりの速さで向かってくる。
更には障害物やトンネルにいるわけではないのに、遠くからーー巨大な土埃の方から野太い男性の声が響き始めた。
「どらぁぁぁぁぁぁ!!!どこのどいつだァ!!魔法禁区の人里で魔導書を使ったやつはぁぁぁぁぁ!!!」
その言葉がはっきりくっきりと少女達の耳に言葉が届いた。
声色から察するに怒っては……いない。逆に身体を動かせることに喜びを感じた元気の良い大声だった。
約三十キロ先から少女達を目で捉えた何かは、さらに速度を増し、地鳴りが地震のようになるのではと思うほど力強く地面を踏む。
しかしその事は知る由もない少女達は、土埃がこちらに向かっていることと、声が聞こえたことに驚きかなり戸惑っていた。
「な、なんか来てますよ!?」
「どうしよう~」
「スコルさんは相変わらず落ち着いてますね!?」
「え~だって焦るハティが見れるから~」
「はぁ……呑気なこと言ってると逃げる時間無くなるわよ?」
「あわわっ!!本当にどうしましょう!!」
解決策を練る間にも土埃は接近している。というよりもはや目と鼻の先だ。今から猛ダッシュで来た道を引き返しても、土埃の速さには勝てないだろう。
ーー結局どうする事も出来ないまま、その時は来る。
「きぃぃぃさぁぁぁまぁぁぁらぁぁぁかぁぁぁ!!!」
土埃が急接近した直後、叫び声と共に一人の男が少女達の目の前に現れた。
が、少女達の前に止まる時もワイルドに、かつ前方に土を舞い上がらせるようにして止まる。
故にせっかく着替えたというのに少女達の顔や服は泥だらけ、ネバネバの次は全身土色に染められる。と、どうやら少女達は今現在不幸らしい。
「貴様らか!魔法禁区のミズガルズで魔法を使ったのは!よし、禁忌違反のためお前達を捕縛させてもらう!」
「「え!?」」
砂埃が収まり目に映ったのは、重そうな鋼鉄の鎧に、背中には首から腰まで続く重そうな鋼の大剣。兜は被っていなく、熱く強い黄色い眼差しとワイルドに流れた獣を彷彿とさせる短な金髪が顕となっていた。
そんなワイルドな男がガシッと少女達の腕を掴むと、筋肉質な身体に反して素早く、身動きが取れないように腕を縄でキツく縛る。
「あ、あの!?私達魔法が禁忌なんてーー」
「言い訳は取調室で聞いてやる!さあこい!」
「「えええええ!?」」
「はぁ……言わんこっちゃないわね。って魔導書ぐらいちゃんと持ってなさいよ……全く」
泥まみれの少女達だが、問答無用と言わんばかりに縄を引っ張り猛烈なスピードで人の街へと連れてかれてしまう。
そしてその場に取り残された妖精、〈誘導の妖精〉は、少女達に呆れ溜息を吐くとその場から姿を消した。いや、正確には連れて行かれる際に落とし、荷物と同様にその場に放置された魔導書に帰るのだった。